ブラックペアンに対する批判が高まる中で、ある意味予想通り、
「ドラマに何ムキになってんの!?」
「他のドラマも一緒でしょ!?」
と、今回問題となった描写がこれまでのドラマでは見られないほど異質であったことを知らずに、不快感をあらわにしてしまう人たちが現れるのは残念なことです。
今回はあくまで「治験コーディネーターの描き方のどの部分に問題があったか」を明らかにしておくことが、今後ドラマを楽しむ上で非常に大切です。
学会からの抗議は、ドラマ全体を否定したわけではありません。
今回の問題についてはこちらで解説しています
まだ始まったばかりのドラマですし、今後の展開も楽しみですから、今日は明るい話題を。
ということで、今回は「ブラックペアンが実在する」という話をしたいと思います。
私は原作の解説記事「ブラックペアンは実在する手術器具か?」で、「ブラックペアンは実際には存在しない」と言い切ったのですが、実は存在することが判明しました。
中小製造業の海外販路開拓支援をされている方から情報提供をいただき、写真を送ってもらいました。
これが実物の写真です。
日進工業という会社が製作しており、昨年末発表されたばかりでまだほとんど知られていません。
(社名、写真の公開の許可は得ております)
ドラマ「ブラックペアン」では、その名の通り黒いペアンが出てきます。
佐伯教授(内野聖陽)の机の上に飾られている道具ですね。
(あれはオブジェであって、実際使うときは適切に滅菌されてオペ室で管理されたものを使うと思いますが)
ペアンとは、鉗子(何かをつかんだり剥離したりする手術道具)の一つで、フランスの外科医ペアン先生の名前からきています。
手術器具についてはこちらで詳しく解説しています。
手術器具は普通はこのように銀色です。
では佐伯のペアンはなぜ黒いのでしょうか?
それは原作を読んだ方ならお分かりでしょう。
ドラマは原作とストーリーを大きく変えていますが、おそらくこの「ブラックペアン」の意味は変えていないと私は予想しています。
第1話の最後で渡海(二宮和也)が、ペアンが写り込んだ胸のレントゲン写真をじっと見つめるシーンがありました。
あのシーンが非常に重要な意味を持つ伏線となるでしょう。
ブラックペアンの意味についてネタバレしても良い方はこちら
このブラックペアンはなかなかの優れ物ですので、紹介してみたいと思います(もちろん利益相反はありません)。
知って得する情報ではありませんが、興味がある方は読んでみてください。
原作を読んだことがない人には、わずかにネタバレになります(ストーリーの根幹には触れませんが)。
ブラックペアンの特徴
東城大病院外科教授の佐伯の秘密の道具「ブラックペアン」の最大の特徴は、カーボン製であることです。
なぜ佐伯がカーボン製のペアンを作ったかは、原作解説記事で分かりやすく解説しています。
普通はこうした手術器具は金属製で、これらを総称して「鋼製小物(こうせいこもの)」と私たちは呼んでいます。
私が「カーボン製のペアンはない」と言い切ったのは、調べる限り見つからなかったのもありますが、何より金属製でないと強度が足りなくて使い物にならないと思ったからです。
ところが今回紹介していただいたペアンは、金属製のものと強度は変わらないようです。
こうした革新的な商品は、医工連携により生み出されます。
医工連携とは、医学と工学が連携して行う学問や事業を指していう言葉です。
外科領域では、その進歩に工学系の知識が必須です。
外科医のトレーニング用シミュレーターや、術前の画像から臓器を3D映像化するソフト、術中に臓器にプロジェクションマッピングができる装置など、様々な製品が医工連携によって臨床の現場に送り出されています。
ドラマで出てくる「ブラックペアン」はカーボンのイメージで黒なのですが、実在する製品は、黒以外のカラーもあります。
この手術器具の特徴の中で私が有用と感じたのは、
金属製の同サイズの鉗子より73%の軽量化ができている
光の反射を防ぐ
意識がある患者さんの精神的な負担となっている金属音の削減
樹脂としてリサイクルおよび焼却などの処分可能
の4つです。
軽量化
鉗子は、小さいものなら重さは気になりませんが、特に深い部分で使う太くて長い道具は結構重量があります。
軽いと、より取り回しがしやすく、手術しやすくなる可能性はあると思います。
特に、災害現場に救急医が出向く際の救急セットに入れる道具は、軽量であればあるほど便利です。
そもそもドクターヘリは、積載できる重量制限がシビアですので、実はこういう場面でこそ軽量であることが有利かもしれません。
光の反射を防ぐ
手術中は、無影灯(むえいとう)というかなり明るい光が術野を照らし出しています。
「無影」という名の通り、たくさんのライトが異なる方向から光を当てるため、手の影ができないような仕組みになっています。
(無影灯ではない普通のライトで処置をすると分かりますが、手の影ができて処置がかなりやりにくくなります)
この光がないと手術はできない、と言っても良いくらい、明るさは大事です。
コードブルーで見られるように、救急医は災害現場などでこの光なしで複雑な処置をすることもありますが、私たちにとっては想像を絶します。
さて、手術中はそのくらい強い光が術野に当たるため、確かに金属製の器具の反射が気になることは時々あります。
こうした反射が全くないなら有用と言えるでしょう。
精神的な負担となる金属音
これは、局所麻酔手術で有利ですね。
私は局所麻酔で口腔内の手術を受けたことがありますが、カチャカチャと耳元で音が鳴っていることが確かに不安を誘いました。
同じような経験のある方は多いのではないでしょうか。
ただ、金属音が最も響くのは、主に「膿盆(のうぼん)」など金属製のトレイに鋼製小物を置くときなので、もしかするとトレイ側が金属製だと問題は解決しないかもしれません。
鉗子のような精巧な道具が作れるなら、トレイなど簡単に作れそうです。
リサイクルおよび焼却で処分可能
これは説明不要ですね。
鉗子は、そのうち接続部が壊れたり、先端がずれたりなどして定期的に入れ替えが必要です。
金属製の廃棄物が増えるよりは、焼却できてしまえるのは便利で、環境にも優しいと言えますね。
新しい手術器具は、現場のニーズの吸い上げがかなり大切です。
一見機能が素晴らしいと思える道具でも、意外に使いどころがない、という手術器具はこれまでにたくさんありました。
その中で有用と判断され、長い間使われるようになる器具はごく一部でしょう。
たとえば原作「ブラックペアン」で出てくる「スナイプAZ1988」は自動吻合器のことですが、現在も改良が加えられながら生き残っています。
(詳細は「ブラックペアン 感想&解説|高階権太のスナイプは実在するのか?」で解説)
私は医工連携には非常に興味があるので、こういった興味深い情報をいただけると、ブログをやっている甲斐があるというものですね。