『すばらしい医学』シリーズ累計21万部

外科医は腕が全てなのか?ブラックペアンとドクターXの共通点

ブラックペアンは、原作とは全く違い、主人公の描き方がドクターXによく似たドラマになっています。

腕は一流だがプライベートはだらしない。

努力はしない、天賦の才で患者を治す。

外科医は腕が全て。手術以外での患者との関わり方はぞんざい。

「心で患者を治す」のようなスピリチュアルな話は大嫌い。

ついでにお金が大好き。

 

むろんドクターXは、教授陣が底抜けに無能であり、彼らを出し抜いて反体制派がカタルシスを得るという左翼的な主張が魅力となっているようです。

一方ブラックペアンは、主人公の渡海(二宮和也)が、過去のある出来事(原作通りなら)を境に外科医としての魂を失った異端児として描かれ、「渡海の考え方が正しい」という表現はしません

人柄が良い研修医の世良(竹内涼真)はバランサーとして存在感が大きく、教授自身もオペの名手で無能ではありません。

 

しかし、

「人格的に問題があるのに技術は他の誰よりも優れているため、扱いが難しい外科医」

は、両ドラマで不思議なほどぴったり符合するテーマになっています。

そんな渡海や大門の存在はリアルなのでしょうか?

少し真面目に分析してみたいと思います。

 

才能がある人ほど努力する世界で働くこと

手術は、実際に患者さんを相手にしなければ質の高いトレーニングができません。

しかし患者さんを実験台にするわけにはいかないので、手術中以外でも自主学習は必須です。

たとえば、手術動画の振り返りです。

映像として保存された自分の手術を、何度も見直して反省点を次に生かせるようにします。

また腕の良い外科医の手術ビデオをかじりつくように見て、その技術をコピーすることに努めます。

 

「私が受けた手術で『反省点』なんてあっては困る!」

と思った方がいるかもしれませんが、外科医にとって「反省すべき点がなかった手術」など一件もありません

「完璧な手術だった。反省することは何もない」と思った瞬間、技術の成長は止まります。

常に高みを目指して自分の不足と真摯に向き合える姿勢がない人に、外科医の資質はありません。

もちろんこれは外科医に限った話ではありませんよね。

どんな仕事でも同じだと思います。

 

私も大量のポータブルハードディスクに動画を溜め込んであり、自宅でよく見ています。

私の場合は、「自分の腕を磨かなくてはならない」という使命感より、手術が大好きで手術映像を何度も見たいから、という感覚も大きいです。

おそらく、こういう外科医も多いだろうと思います。

病院の仮眠室でのんびり寝たり、自宅でだらだらテレビを見る時間があるなら、私は手術を見直したいと思います。

「のんびりブログを書く時間はあるのかよ」というツッコミが入りそうですが。

 

他にも手術トレーニングはたくさんあります。

結紮や縫合の練習

手術用シミュレーターを使った練習

ご遺体や豚を使った練習

 

そして、どの世界も同じだと思いますが、才能のある人ほど、他の人が真似できないほど努力もしています

私に才能があるという意味ではありません。

才能がある人ですら死ぬ気で努力しているのに、私ごときが努力しないでは、患者さんに顔向けできないと言いたいだけです。

 

また、後輩と手術に入ると、ビデオや手術書をちゃんと見てイメージトレーニングをしてきたか否かは一目瞭然で分かります

だから逆に自分が指導医と手術に入る時に、「こいつ勉強してねぇな」と思われて恥ずかしい思いをしたくはない、という思いもあります。

 

以上の理由から、「努力をしない一流外科医は現実にはいない」と私は思っています。

もちろん渡海や大門が必死に練習していたら全然面白くないので、ドラマの世界なら問題ありませんが。

 

腕が良い医者は何をやっても許されるか?

「外科医は手術の腕が全て」は、半分は真実です。

外科医は手術が本分ですから、確かに技術の劣った外科医は使い物になりません

しかし実際には腕が一流の外科医ほど「手術以外の仕事」が繊細です。

 

手術がうまくいくかどうかは、手術中の腕一本では決まりません。

手術前に患者さんにどのくらい丁寧に治療介入し、準備したか

術後の管理がどのくらい慎重で緻密なものだったか

といった術前術後の管理で手術の成否の半分は決まります

 

また、この術前術後の管理は、患者さんが自分で行わなくてはならないものもたくさんあります。

たとえば、肥満や喫煙、栄養管理に手術の成否は左右されます。

しっかり減量し、禁煙し、指示を守って栄養状態を整えるかどうかは患者さん次第です。

医師は患者さんの自宅まで行って個別に指導できません。

肺や食道など胸部の手術では、術後肺炎など呼吸器合併症のリスクが高いため、術前から呼吸訓練をしてもらいます。

これを自宅でおろそかにしているか、きっちりやっているかは私たち外科医には分かりません。

術後のリハビリもそうです。

熱心にやる人もいればサボりがちな人もいますが、手術がうまくいって予定通りの入院期間で自宅退院できるかどうかは、患者さん次第です。

 

では、この「患者さんの治療に対する意欲」を決めるのは何だと思いますか?

それは、「主治医が患者さんに対して、病気と治療についてしっかり理解してもらえるよう手を尽くしたかどうか」です。

「俺は腕は一流だから、手術は絶対成功します。これとこれ、ちゃんとやっといてね」

と言われただけで、治療行為の意義や必要性を理解できていない人は、治療に熱心に取り組むことは決してできません

 

術前、術後に、患者さんに対していかに丁寧に説明を尽くすかが外科医にとっては最も大事です。

そしてそのためには、患者さんからの信頼を勝ち取ることも大切です。

「この先生の言うことなら信用できる。手術がうまくいくよう精一杯頑張ろう」

と思わせることができるかどうかは、手術の技術とは直接関係ありません(全国的に著名な先生なら信用できる、という間接的な効果はあるかもしれませんが)。

自宅での取り組みは、家族の理解も必須です。

ご家族を病院に呼び、患者さんにとって必要な生活の仕方を丁寧に説明しなくてはなりません

手術は本人と家族の二人三脚です。

十分に治療の意義を理解してくれる家族の協力がなければ手術はうまくいきません

 

以上のことは、「手術の腕」とほぼ同じくらい手術の成否を左右します

「心で患者を治す」とまでは私も思いませんが、「患者さんに心を尽くし、信頼される」というスピリチュアルなやりとりは、外科医にとっては技術と両輪を成すと言って良いでしょう。

 

「手術は腕が全てではない」というのは、腕が一流で、自分の腕に絶対的な自信を持った外科医ほど実感している、というのが私の意見です。

そして、手術が終わった瞬間に「手術は成功しました!」などと言う外科医がいないことも、当たり前であることはお分かりいただけたかと思います。