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ブラックペアン最終話 感想|外科医の孤独を描いた人間ドラマの終着点

ドラマ「ブラックペアン」は、着地点こそ原作と同じであったが、これまで原作から大きく逸脱した分、着陸は「ソフトランディング」とは行かなかった

医学的観点からは、10秒に1回くらいのハイペースでツッコミを入れたくなる、前代未聞のトンデモ展開。

最終回だから仕方ないとは言え、相変わらずのジェットコースター状態である。

 

特に特別個室の患者の管理に関しては、残念ながら支離滅裂、と言わざるを得ない。

患者が突然急変しても、「体内で何が起こっているか」はなぜか瞬時に誰かが把握しており、ただちに行われるのは謎の「応急処置」

メンタル最強の男、高階に至っては、初めて出会った患者に関して、

「胸腔内出血を起こしている可能性があります」

と言うなど、もはや彼がいればあらゆる画像検査は不要かと思われる「透視力」を見せつける。

病室で何が行われたか分からないが、患者がすっかり安定しているところを見るに、高階こそ「神の手」を持つ男に違いない。

 

また、最後は佐伯教授が倒れて術中に心停止し、全員が大声で佐伯の名を叫びながらオペを行う。

だが、そもそも急変の原因は渡海が大動脈解離を治療せずに胸を閉じたことにあり、この「非倫理的な行為」を知っているだけに、オペ室の阿鼻叫喚は何となく空々しい

師長は「生きてくださーい!」ではなく、

「渡海先生、1回目の手術でなんでちゃんと治してあげなかったんですか!」

と言ってもらわなくては困る。

 

他にもツッコミ出すときりがないが、

ポータブルX線を防護服なしで照射され、医療者全員が病室で被曝したりすることはないということ

大量出血が起こっている時に、止血剤として「血を止めてくれる薬」が実際には存在しないということ

だけは、誤解のないよう強調しておきたいと思う(「止血剤」という名の薬は存在するが大量出血を止血できる能力はない)。

 

しかしブラックペアンが凄いのは、全編を通してこういうギャグを見せながら、

「真面目なところではきっちり視聴者を釘付けにしてくれるところ」

にある。

これはこれまで私が何度も書いてきたことだ。

 

父を佐伯に裏切られたと思い込んでいた渡海は、実は父が医療過誤の責任を全て背負って同僚の佐伯を守った、という真実を聞かされる。

これまで佐伯を貶めるために東城大で外科医を続けていた渡海は、そのぶつけどころない怒りを背負う。

こうした背景を経て生まれる、渡海と佐伯という、お互いの腕を認めた天才外科医たちのやりとりは、見るものの心を揺さぶってくれる

 

そして明かされる「ブラックペアン」の真の目的。

見事な伏線の回収と余韻の残るラストには、原作へのリスクペクトをもきっちり感じさせてくれた

過剰なハッピーエンドでもなく、「色々あったけど面白かった」という感想を多くの人が持っただろうと思う。

 

さて、今回ストーリーの中核となった「ペアンの置き忘れ」については「どこまでがリアルなのか?」と疑問に思った方が多いだろう。

ここに少し解説を加えた上で、ブラックペアンを通して私が感じたことを書いてみたいと思う。

 

そもそも「医療過誤」なのか?

かつて佐伯は、主治医として行なった緊急手術中に胸腔内の出血を止められず、止むを得ずペアンで出血部を挟んだまま閉胸していた。

この罪を背負わされたのは渡海の父、一郎。

しかし一郎は病気で自分の人生が長くないことを知り、自ら罪をかぶることを認めた。

それは佐伯との間で合意の上だった。

 

ところがこれを知らなかった渡海は、父に罪をなすりつけた佐伯への恨みから、佐伯が不在の間に無理やりペアンの摘出を敢行

術中に大量出血させてしまう。

ここで佐伯が手術室に登場し、ブラックペアンを使って止血する。

ブラックペアンはカーボン製であり、レントゲンには写らない。

死後は火葬場で灰になるため、一切の証拠は残らない、というわけだ。

 

この部分は全て原作の通りであり、この医学的整合性については「徹底ネタバレ解説!「ブラックペアン」は実在する手術器具か?」でかなり詳しく説明した。

未読の方はぜひそちらを参考にしていただきたい。

ただ原作との大きな違いは、原作では直腸手術が描かれるのに対し、ドラマでは心臓手術が描かれることである。

 

原作では、「仙骨前面静脈叢」と呼ばれる、直腸手術におけるリアルな「鬼門」が登場する。

フィクションとはいえ、外科医から見ても「なるほど」と思わせる設定である。

実際直腸の手術でここを大出血させると、止血に非常に難渋するからだ。

その点では、ドラマの方では出血部位の具体名が説明されなかったのは、やや残念なポイントと言えるかもしれない。

 

もう一点残念なのは、ペアンの置き忘れを「医療過誤」とするには少し無理がある筋書きになっていたことだ。

ドラマでは、患者さんが突然急変して大出血を起こし、佐伯が緊急手術を行なった、という展開になっていた。

こういう状況で、どうしても術中に止血が難しく、もし「ペアンを使うしかない」と判断されたなら、それは医療過誤ではない。

予期せぬ大出血に対して、応急処置として「一旦止血に徹した」のだから、むしろ適切な処置である。

 

しかも、当時病院の周辺で大型バスの事故があり、患者が大量に搬送されていてオペ室は満室、という状況だったのだ。

こんなギリギリの場面で佐伯はたった一人で患者を救命し、窮地を切り抜けたのである。

「うちではオペできない」と言って他の病院に転送すれば、きっと患者の命はなかった。

まさにペアンを使った止血は佐伯の「名案」であり、それはもう彼の「ファインプレー」に他ならない

 

このような手術を行ったなら、事実をそのまま術後に患者さんに説明すれば良い。

そして実際には、時間をおいて全身状態が落ち着いた時点で2度目の手術を行い、ペアンを取り出して改めて止血すれば良い。

ペアンのような小さな道具で止血できる程度の出血なら、出血部位はピンポイントで分かっているはず

ペアンで数時間しっかり押さえておけば、2回目の手術では出血も下火になっているのが普通である

 

こうした計画的な二段階手術は、外傷手術で行うこともよくある。

これを「ダメージコントロール手術」と呼ぶ。

緊急時に行う処置の流れとして不自然ではないし、医療過誤として大騒ぎするような事態ではない。

 

むろんこの部分は、同じく医療過誤の汚名を着せられた過去を持つ治験コーディネーター木下の過去がオーバーラップするからこそ面白いのであり、ストーリー上「医療過誤でなくてはならない」のだが、やや違和感の残るポイントだったと言えるだろう。

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ブラックペアンが描いた「孤独」

ブラックペアンが他の医療ドラマと比べて異質だったのは、登場する医師たちが皆、「孤独」であったことである。

医療ドラマでは、院内のカフェテリアで医師同士が談笑したり、病院の屋上で上司と部下が相談し合う場面が定番だ。

ところがブラックペアンでは、このような医療者同士の心の通い合いは一切描かれなかった

 

渡海はただ一人、腕一本で孤軍奮闘し、その心の奥底の闇を理解してくれる医師は周りにはいない

教授の佐伯もまた、周囲からの崇拝を受けながらも明るく後輩と交流することを立場が許さず、彼を理解し支える有能な右腕はいなかった

 

研修医の世良もそうだ。

キャラ立ちしそうな研修医がたくさんいるにも関わらず、彼らが仲良く話す様子は一切ない

世良は、渡海に近づこうとただ一人努力を続け、大学病院という巨大な組織に翻弄され続ける。

彼には、相談し合い、手を取り合える仲間はいない

 

常に所属があいまいな中で、もがき続けた高階に至っては、あえて説明するまでもないだろう。

 

それぞれが、孤独

「孤独」こそ、ブラックペアンのテーマだったと言えるだろう。

あれほど激しい展開にアップテンポなBGMを聞かされても、ラストに流れる物悲しいバラードに違和感がないのは、私たちがブラックペアンのストーリーに常に一抹の寂しさを感じるからである。

一見、水戸黄門のような勧善懲悪のストーリーに見えるのに、その実、毎回ハッピーエンドを手放しに喜べない、微妙なわだかまりが残っていたからである。

 

事実、私たち外科医は、孤独だと思う。

確かに治療方針をチームでディスカッションし、相談できる仲間もいる。

しかし、患者さんに対して主治医として主体的に関わるのは、自分一人だ。

患者さんに、手術によって満足できる結果を提供できなかった時、患者さんから厳しく批判された時、その重みを心に背負うのは主治医の自分である

 

そして外科医は、いつもそれぞれが別行動で動く。

食事は手が合いた時間に机に背中を丸めて各自でとるし、休憩はそれぞれのタイミングで取っている。

帰る時間もバラバラ。

家に帰ってから病院に呼び出されるのも、それぞれが自分一人だ。

 

私がブラックペアンに「あり得ないエンターテイメント」という印象を抱いても、不思議と登場人物たちに共鳴するのはこの部分にあった。

辛さを一人で抱え込まざるを得ない世界

そこで生きるために要求されるタフさを、改めて痛感させられたのだと思う。

 

私はきっと、ブラックペアンというドラマに「外科医の孤独な戦い」を見ていたのである。


本ブログでは、全編を通してブラックペアンを解説してきました。

ドラマには様々な批判もありましたが、俳優さんたちの素晴らしい演技と、医療サスペンスとして見事にまとめきった製作スタッフの皆さんには頭が上がりません。

 

今回私は、ドラマ視聴後に速筆し、すぐにブログ記事を更新する、ということにこだわりました。

毎週日曜には予定を入れないようにし、この日に照準を合わせてきました。

そのおかげか、毎日何万人という方が閲覧してくれ、書き手としてはこれまでにないほどプレッシャーを感じながらも、楽しい執筆でした

 

今後も引き続き、このブログ通して、多くの方に医療に興味を持っていただけるよう日々精進したいと思います。

今後とも、ぜひブログをお楽しみいただければ幸いです。