ここ数日、ネット上で大炎上を巻き起こした「ブラックペアン流治験コーディネーター」は第3話でも健在である。
厚労省事務次官候補のVIP、田村の息子は、なぜか治験コーディネーターによって「紹介」されてくる。
手術中は映像を見ながら手術の実況中継までしてくれる親切さ。
そして最後は医師個人に多額の謝礼。
毎度のことながら、一体何の職種をイメージしたのかと混乱状態にさせてくれるが、これは散々突っ込んだので今回はもう良いだろう。
念のためリンクを貼っておきます。
というわけでこれまで通り、第3話の感想を気ままに書いてみようと思う。
高階がポンコツでない理由
ドラマ版「ブラックペアン」での高階権太(小泉孝太郎)は、気の毒なほどにカッコ悪い役回りである。
「外科の未来を変える」とカンファレンスでは決まって勢いづくのに、毎度スナイプ手術は失敗。
渡海(二宮和也)より患者思いで誠実な性格のはずなのに、渡海を前にして、
「論文は医者の全てなんだ!」
とみっともないセリフを言わされるなど、キャラのブレは激しい。
おまけにこのセリフは、
「論文で人を救えるんだったら世話ないよ」
という渡海のカッコ良いセリフのトスとして機能する。
カンファレンスでは、
「(スナイプ使用は)無理なものは無理です」
ときちんと言ったにもかかわらず、渡海に途中で執刀を任されてしまい、
「自分の力量の限界は自分が一番分かってる」
と苦渋の表情を見せる、あまりに「イケてない外科医」という演出である。
原作ファンとしては、のちの東城大病院長になるはずの高階のポンコツぶりは、何とも辛くて見ていられない。
一方の渡海は、病院として丁寧に扱うべきとされているVIPの息子に対し、スナイプ手術がこれまで二度失敗していることを明かし、
「あなたが受けるのはそういう手術です」
「二度あることは三度あるという言葉もある、よくお考えください」
と説明して、
「二度もトラブルが起きたなんてどういうことですか!」
と患者を怒らせる。
ドラマではキャラ立ちが大事なので、渡海の怪物っぷりと、高階のダメっぷりは徹底しているべきだ。
だが、スナイプ手術の治験が進行中、という状況を考えれば、ここに医療者が持つ違和感は、念のため説明しておいた方が良いだろう。
治験(臨床試験)は、新薬であろうと新しい手術機器であろうと、試験参加が許容される患者の条件は「ものすごく厳しい」。
この条件のことを「適格基準」と呼ぶ。
たとえば私がよく関わる化学療法の臨床試験でも、年齢や各種検査結果、がんの進行度など、かなり細かい部分まで条件が定められている。
新しい薬を試したい
新しいレジメン(抗がん剤の組み合わせ)の試験に参加したい
と言いながら、適格基準を満たさずに涙を飲む人たちはたくさんいる。
(注:もちろん試験治療が既存の治療より良いかどうかは試験結果がでないとわからない)
むろん、適格基準が厳しいのは当たり前のことだ。
試験治療は、医学的に効果や安全性が十分証明されている既存の治療とは扱いが違う。
より安全に、かつより効果が期待される患者さんをいかに適切に選ぶかが、その新治療が未来を担うかを決めるからだ。
今回の男性は肥大型心筋症であり、スナイプ手術の適用は難しい、と当初判断されていた。
このようなリスクの高いイレギュラーな症例は、現実なら当然試験参加の適応外。
「スナイプ手術を行うのは無理です」
ときっちり言い切った高階の判断は、正論以外の何ものでもない。
これを及び腰などと非難するのは間違いだ。
一方、試験参加を検討する方には、その治療のメリット、デメリットを治療前に正確に、丁寧に伝える必要がある。
当然これまで二例トラブル(「有害事象」と呼ぶ)が起きたという事実は正確に伝えた上で、
「その有害事象は二例とも問題なくリカバリーできたこと」
「その有害事象が起きるリスク以上にメリットが期待できること」
を、十分に患者さんに説明した上で同意を取らなくてはならない。
これで同意が得られなければ、患者さんに参加してもらうことはできない。
さらには、
「治療前に同意書にサインをしても、試験中いつでも同意を撤回して良い」
とするのが一般的だ。
とにかく患者さんの意思が全てに優先され、この部分は現場では非常にデリケートに扱われている。
よって、患者さんに対してこれまで二度スナイプ手術が失敗したことを正直に伝えた渡海は、言い方はともかく、その行為自体は極めて正当だ。
これを隠して試験参加の同意を得るなど言語道断。
高階から、
「患者がスナイプ手術を取りやめたらどうするんです」
などと叱られる筋合いはもちろんない。
このくらい治験(臨床試験)というのは、患者さんが十分に理解できるまで丁寧に慎重に説明されるものなのである。
手術中に渡海の思いつきで突如スナイプ手術に変更された、日本外科ジャーナルの前編集長は、目覚めた時にさぞかし驚いたことだろう。
まだ論文にもなっていない、効果の明らかでない手術機器が、知らぬ間に自分の手術で使われたなどと知ったら、
「将来私の心臓は大丈夫なんだろうな!?」
とブチギレ、論文掲載どころではないに違いない。
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外科系ドラマのあるある決定版
東城大病院では、佐伯(内野聖陽)を始め、周囲の人間はとにかく渡海に甘い。
田村の息子の手術では、心尖部の筋肉が弱いためスナイプを使えないことが、あろうことか「手術開始後に」分かってしまう。
麻酔科医に全身麻酔をかけてもらったにもかかわらず、「やめた」などと言って外科医の都合で手術せずに麻酔を覚ます。
まさに「超異常事態」である。
さぞ麻酔科やオペ室看護師らからはクレームの嵐だっただろう。
他にも手術を待っている患者さんはたくさんいるのに、外科側の準備不足のせいで大事な手術枠に大穴をあけてしまったのだ。
誰が怒られるかといえば、もちろん執刀医の渡海である。
教授直々に執刀医を指名されながら、手術までに心臓の状態を確認せず、情報をチームで共有できなかった罪は大きい。
「できてねぇじゃん、準備。心尖部の筋肉、ちゃんと見たのかよ」
と高階は渡海に怒られて可哀想だったが、もちろん、
「お前が執刀医だろ!お前がちゃんと準備しろよ!」
と言い返して良いし、「なんてやつだ」などと感心している場合ではない。
もちろん渡海本人も、自分の準備不足で患者さんに無駄な全身麻酔をかけてしまったことや、各方面に多大な迷惑をかけたことは猛省した方が良いだろう。
実はこういう、手術が始まってから患者に思いもよらぬ異常があることがわかる、というパターンは、医療ドラマでは「あるある」である。
たとえばドクターXでは、手術が始まってから初めて、
「他の誰も知らなかった患者の新情報が明らかになり、実はそれを大門だけが知っていた」
となるパターンはよくある。
大門が手術中に予想もしない手を繰り出し、
「この人はね、◯◯なのよ、あんたたちこんなことも気づいてなかったの!」
というアレである。
ドラマとしては最高に面白い瞬間なのだが、もちろん現実にこんなことが起こり得ないのは言うまでもない。
実際には、チーム全員で患者さんの病状について事前にディスカッションし、その情報は100%共有しておく必要がある。
逆にこの情報を少しでも共有できていないメンバーは、手術に入る資格はない。
よって手術当日まで「一部の情報を知らない外科医」は決していないし、「一部の情報を隠し持っている外科医」ももちろんいない。
ドラマでは孤高の天才外科医が自力で患者を治す
現実ではチームの総力戦で患者を治す
多くの方はご存知のことだとは思うが、この現実とドラマの大きな違いは今回改めて強調しておきたいところである。
というわけで今回も「ウザいツッコミ」の乱れ打ちに終始したのだが、ブラックペアンはドラマとして普通に面白い。
今後も週末の一つの楽しみとなりそうである。
第4話の解説はこちら!