ブラックペアンが恐ろしいのは、筋書きは「トンデモ」(=エンターテイメント重視)なのに、妙なところは「本気のリアリティ」を突き詰めているところである。
第5話では、手術支援ロボット「ダーウィン」が登場するが、その手術シーンは本物さながらのリアリティ。
それもそのはず、世界的に使用されるインテュイティブサージカル社の手術支援ロボット「ダヴィンチ」の実物を使用しているのだ。
サージョンコンソールに座って操縦する術者の動き、アームの準備や鉗子の挿入動作、全てに置いて「ホンモノ」である。
ところが、トラブルの起こり方とその対応、全編を通したロボット手術の扱いが「トンデモ」であることはいつもと変わらない。
ドクターXの手術支援ロボット「コロンブス」のように、大スクリーンの前に座った世界的権威ジャイケル・マクソン教授が、アメリカから大陸横断テレサージェリーを行い、ひとたび出血したら、
「オー、カモーン!」
「グッドラック!(あとはよろしく)」
と言ってくれる方が、見ている医療者としては「嘘臭くて安心」である。
やはりこうなるといつものように、
私たちは実際にロボット手術をどのように行なっているのか?
どこまでがリアルで、どこからが虚構か?
ということは書いておきたいと思ってしまうもの。
むろん心臓外科領域に関して私は素人なので、手術の詳しい部分は解説できない。
ただ、ドラマを見た人は必ず「ロボット手術」として一元的に捉えるため、ロボット手術に参加経験のある外科医の視点から現状を説明しておきたいと思う。
ロボット手術はもはや一般的
第4話で新型スナイプによって僧帽弁手術を行った高階(小泉孝太郎)の患者、島野小春さんが心房中隔の感染を起こしてしまう。
もともと凝固異常があるため開胸手術は不可能であり、佐伯教授(内野聖陽)と渡海(二宮和也)は手術は難しいと判断する。
一方の高階は、
「小春ちゃんを救う方法が一つだけあります!」
といつものように人差し指で「1」を作り、
「ダーウィンです!」
とロボット手術を提案。
高階のこのポーズに何度も騙されてきた視聴者としては「もうええわ」と言いたいところだが、「帝華大からレンタルOK」というトンデモルールが適用され、東城大でのダーウィン手術が実現する。
スナイプ論文取り下げで高階に恨みのある西崎(市川猿之助)は、執刀医に帝華大の松岡を指名。
「さあショータイムの始まりだ!」
などとジャイケルマクソンばりにイキがっていた松岡だったが、手術中にトラブルが発生、アームの干渉によって出血し、収拾がつかなくなってしまう。
ここでいつものように天才外科医、渡海が登場し、見事にリカバリー。
無事、手術は終了し、松岡は帝華大での立場を失ってしまうのだった。
まだご存じない方も多いかもしれないが、ダヴィンチを用いたロボット手術はもはや「新しい手術」ではない。
昨年度までは泌尿器手術のみの保険収載だったが、2018年4月に保険適用が拡大。
消化器外科、呼吸器外科、婦人科など、12種類の手術に一気に保険適用されることになった。
すでに先月の時点で直腸がんに対するロボット手術はこれまでの3倍に増えており、今後さらに手術件数は増えていくと予想される。
心臓外科ではまだ少ないとはいえ、デモンストレーションでの、
「おー!あんな小さなお米に文字を!」
のような雰囲気は今では時代遅れ感は否めず、
「コメは食うもんだろうが」
という渡海のリアクションが普通である。
よってこの記事を読んでいる皆さんも、ダヴィンチが導入されている病院で普通にロボット手術を受ける可能性はあるということだ。
また、ロボット手術のエース松岡が起こしたトラブルは、あまりにもお粗末。
今回は、小児の小さな体に合わせた準備を行わなかったため、アーム同士がぶつかってしまったことが失敗の原因とされていた。
そもそも「アームの干渉」は、大人の手術でも日常的に起こる「トラブルとは呼べない程度の出来事」であることは強調しておきたい。
もし現実にああいうことが起こればどうするか?
助手「あ、先生、2番と3番、干渉してます」
術者「おーすまんすまん、一旦元に戻すわ。思ったより狭いねぇ」
で話は終わりである。
実際にはトラブルでも何でもないことで大騒ぎが始まるのは、少し奇妙に見えてしまう。
術者が座るコックピットのような部分を「サージョンコンソール」と呼ぶ。
サージョンコンソールに座った術者は、画面を両目で覗き込んで手術をする。
術野は3D映像でよく見えるが、体の外は見えないため、全アームの位置関係を常に把握しておくことが難しい。
よって必ずロボット手術を理解した助手が数人、患者さんのそばで手術に参加する。
アームの状態を確認したり、ロボット用の鉗子を付け替えたり、追加で一本鉗子を入れ、マニュアル操作で手術を手伝うこともある。
したがって、ロボット手術に入るためには助手もトレーニングコースを受け、資格取得が必要である。
むろん視聴者はロボット手術を知らない人が大半と思われ、「知らなければ十分楽しめる」内容ではあったと思う。
ただ、せっかく本物を使うなら「完全な虚構」にしてしまうより、時代背景も含めて本当に起こりうるリアルなトラブルを描いてほしいと思ってしまう。
やはり素直に楽しめない外科医の性である。
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「ロボット対人間」という嘘の構図
今回は、
「ロボットの技術は人を超えるのか?」
というテロップが入り、
「外科技術なんていらない時代がくるんじゃないか」
「ロボットなんかに負けるかよ」
というセリフで「ロボット対人間の対決」を全編にわたって表現した筋書きだった。
もちろんこの構図はドラマ的には面白いのだが、実際の臨床現場での手術支援ロボットの扱いとは随分違う。
実際の手術支援ロボットは、
アームに関節が付いているため、鉗子の動きの自由度が高い
手ブレ補正が効くため、細かい操作が安定しやすい
といった点で「手術を少し便利にする道具」という位置付けである。
あくまで手術を行うのは人間だ。
勝手に手術してくれるロボットがいるなら「ロボット対人間の対決」でしっくりくるが、そもそもロボットはそういうコンセプトでは作られていない。
「手術支援ロボット」という呼び名がそのコンセプトそのものであり、外科医の動きを「支援する」ツールに過ぎない。
現実的でない「ロボット技術のあおり方」は、ドラマ内で本物のダヴィンチを使っているだけにかえって違和感のあったポイントと言える。
心臓手術に対するロボット手術はまだ最先端なのだと思うが、前述の通り、多くの臓器で一般的な手術になりつつある。
また、心臓以外の胸部、腹部手術において、3D映像や小さな傷は、胸腔鏡、腹腔鏡でも普通に可能であり、ロボット特有のメリットではない。
我が国ではロボットのない病院でも外科医が安定した手術を提供している、ということは、みなさんが不安にならないよう強調しておきたいと思う。
毎度散々ツッコミを入れているが、渡海は、
「このぐらい当然だよ、医者だからな」
と人間的な一面も見せつつあるし、高階はついに本領発揮、その腕が確かであることを見せつけてくれ、腕のいい外科医たちがタッグを組んで患者を救う姿は、見ていて素直に気持ちいい。
来週の放送も楽しみである。
第6話の解説はこちら!