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ブラックペアン第8話感想&解説|オペ看の姿に外科医が抱く違和感

「ブラックペアン」では、佐伯が過去に関わったと思われる何らかの医療過誤について、初回から伏線を張り続けている

しかし、「名探偵コナン」でいうところの「黒ずくめの組織」ばりに「ヒントが小出し」であり、ファンから苦情が出るほど伏線の回収が進んでいない

ようやく第8話となって、やや急とも思われる伏線の回収が始まっており、今回はその点でストーリーがやや散漫。

むろんクライマックス直前なので仕方なかろう。

 

それにしても、今回は患者の「もてあそび方」はいつも以上だ。

佐伯教授と懇意の、さくら病院院長の息子という超VIP患者に対し、手術中に外科医の布陣が4回変わるという恐ろしい展開

最後は、何と同じ東城大組織内でのメンバー入れ替えであり、この際なぜか器械出し看護師まで変更するという異例の事態が起こってしまう

 

しかも驚くべきは、東城大および帝華大の総勢何十人もの医師たちがこの日の手術に備えて他の業務を外していたということだ。

外科医にとっては、1年に1回の大切な日本外科学会総会の開催期間中

毎年多くの外科医が出席し、演題発表をしたり他の大学病院や民間病院の医師らの発表を聞いて勉強する貴重な機会であるにもかかわらず、誰一人出席を許されていない

私がこの病院の外科医なら、このマンパワーの無駄遣いっぷりに閉口するに違いない

 

・・・とまあ、こんな重箱の隅をつつくようなツッコミは、さすがにギャグのつもりである。

いつものように手術中に帝華大スタッフがトラブルを起こし、手術室に渡海や猫田看護師らスタッフがレクイエム風BGMとともに入ってくる映像がないと面白みがないというもの。

最高にエキサイティングな瞬間であり、毎度のことながら「ごちそうさまでした」という気持ちになるわけだ。

ただし、この一連の流れについては、この些細なツッコミとは別にきっちり解説しておくべきことがある。

それはオペ室看護師の姿についてである。

 

オペ室看護師の真の姿

医療ドラマでのオペ看の描写は、視聴者に分かりやすいようにかなり脚色していると思って良い。

たとえば今回のような、器械出しが猫田から藤原看護師長に変わる、というのは、若干脚色が過ぎる演出と言える。

渡海は猫田が器械出しをする時に、佐伯は藤原が器械出しをする時に最大のパフォーマンスを発揮できる、といういわば「黄金ペア」の描写だろう。

だが、現場の人間としては強烈な違和感を持ってしまう。

 

まず、オペ看の配置は実際にはもっと淡白でシステマティックなものである。

そもそも東城大病院クラスの大学病院では、この心臓手術が行われている時間帯に、呼吸器外科や消化器外科、整形外科、泌尿器科、産婦人科、眼科、形成外科などあらゆる外科系の科が何十件と同時進行で手術を行なっている

その日の日勤シフトで勤務するオペ看をどの部屋でどの順番につけるか、その布陣を師長が毎日決め、それに従って日々看護師は動くことになっている

看護師は途中で食事休憩に入るため、この間を誰がカバーするか、といったこともシフトで決まっている。

それはもう「淡々と」配置され、「今日は誰が器械出しか」は当日オペ室に入るまで私たちには分からない(特殊な例を除き)。

 

器械出し看護師に関しても、毎回違う人が付くのは当たり前

むしろ、渡海が猫田看護師を指名するように、私が誰かを指名したなら、

「まさか、奴は彼女に気があるのでは?」

と邪推され、一発レッドカード

なるべく私の手術にその看護師をつけないよう、以後のシフトに細かな配慮が入るだろう。

 

また、そもそも師長というのは「管理者」である。

外科医にとっての教授や部長のように、その職における技能レベルの頂点に君臨する人物ではない

むろんドラマでは、看護師としての力(器械出しの技術)が、

花房(ビギナー)<猫田(中堅)<藤原師長(女王)

となっている方が単純で分かりやすいが、これはドラマの中だけの考え方である。

たとえば少し極端な例を挙げると、私の以前の勤務先の師長は、師長になるまでオペ室勤務経験のない人物だった。

よって器械出しの技術はないため手術には入らないが、看護師の管理には優れており、多くの看護師から信頼されていた

もちろん、オペ室看護技術に優れた師長のいる病院もたくさんある。

だが、ドラマと現実の「師長のイメージの違い」はあまりに大きいということは強調しておきたいところだ

 

さらに言えば、オペ看は一般に「器械出し」より「外回り」の方が高度な技術を要求されることが多い。

外回り看護師は、患者さんを直接的に看護し、手術全体のマネージメントを行うためである。

オペ看は、まず手術の見学、次に器械出しとして先輩の横について入り、次は器械出しとして独り立ち。

その後、後輩が器械出しをする手術で、先輩として後輩をサポートしながら「外回り」をやる、という成長過程を経るパターンが多い。

むろんこれは病院によってルールは様々であり、それが原則というわけではない。

ただ、ブラックペアンを筆頭に、外科系ドラマのオペ看は「器械出し」という存在にのみ「異様にスポットが当たっている」という構図は知っておいて損はないだろう。

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ライブ手術は本当にあるのか?

ブラックペアンにおいては、「手術の生中継」は定番中の定番

あらゆる手術を医局(職員室)や大きなホールで中継し、その間外科医たちは業務の手を止めて見学に付き合うルールである。

実際には、手術を遠隔で見ることは可能だが、大勢でこのように見学することはない、というのは以前書いた通り。

ただし、今回の学会会場でのライブ手術は、というと話は別である。

一流外科医の手術を学会会場のスクリーンで中継し、他の病院の大勢の外科医が集まって観覧する、という描写は、実はリアルである。

これまでブラックペアンを「トンデモ(エンターテイメント重視)」だと思い、学会での生中継も「またまた大層な・・・」と思って見ていた方は驚くかもしれないが、ライブ手術は昔からよく行われている(日本に限らず諸外国でも)。

 

ただし、患者さんを、ある意味「見世物」にするようなイベントに若干の抵抗を覚える医師が増えてきたからか、少なくとも私の専門領域(消化器)ではライブ手術は減っている

特に消化器領域では、腹腔鏡、胸腔鏡手術の発展が目覚ましいことも理由の一つだろう。

腹腔鏡、胸腔鏡手術では、動画を撮影することで手術中と同じ映像を何度も見直すことができる

学びのある部分をピックアップして編集し、動画を流しながら学会発表する方が効率がいいし、タイムスケジュールも組みやすい

わざわざライブ手術にするメリットも大きくない、と言えるだろう。

 

というわけで今回も、いつものように「オッサンの細かすぎるツッコミ」に終始した。

もちろん私の意図は、ドラマを通して医療に興味を持っていただくこと。

今回も「現場からお送りする豆知識」的に見ていただけるとありがたく思う。

最終回まであと2回。

全話解説を最後までお楽しみに!