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コードブルー3 医師が解説|なぜ救急患者はいつも点滴をしているのか

コードブルー3に関して質問を募集したところ、多くのコメントをいただきました。

ありがとうございます。

中にはこちらがハッとさせられるような大切な質問もありました。

みなさんが医療に興味を持っていただける最大のチャンスと考え、できるかぎり回答していきたいと思います。

では今回は次の質問にお答えします。

ドラマを観ていて、毎回「輸液」と言う言葉と共に点滴が登場しますが、自ら調べてみても、外傷による大量出血の際に必要なのだと、ぼんやり分かりました。

しかし、専門用語での説明が多くピントこないのです。

大量出血なのに、なぜ輸血ではないの?あの透明な液体は何?と思っていました。

ご説明頂けたら幸いです。

by りこさん

非常に大切な質問です

確かにコードブルーでは毎回、患者さんが点滴をしていますね。

「毎回透明な液体をつないで、一体何をしているのだろう?」

と疑問に思う方は多いかと思います。

 

まず言葉の話ですが、「輸液=点滴」と考えて問題ありません。

正しい医学用語は「輸液」の方で、血管に針を刺して液体を血管内に直接注入することです。

点滴はその俗語のようなもので、ポタポタとしずくが落ちる様子からそう呼ばれています。

さて、「大量出血の際に輸液がなぜ必要なの?」というご質問ですが、そもそも救急の現場で輸液は何のために行うか、というところから説明しましょう。

全く難しい話ではありませんので、ご安心ください。

 

輸液って何が入ってるの?

まず大前提として、輸液製剤(点滴)の成分はほとんど水です。

「え?水だけ?」と思った方がいるかもしれません。

そうです、ほぼ水です。

薬が入っているわけでもありません。

余談ですが風邪は点滴では治りません。(詳しくは「風邪で熱が出た時の治療と対処法によくある4つの間違い」をご覧ください。)

ただの水ですから、当然です。

 

ただし、ただの水とは言え、水道水や蒸留水を直接血管内に入れるわけにはいきません。

浸透圧を血液と合わせなければならないからです。

そこで輸液製剤は、ナトリウムやカリウム、ブドウ糖などを入れて浸透圧を調整し、直接血管に入れても問題ない状態になっています

見た目はドラマで見る通り透明で、ただの水と見分けはつきません。

 

さて、コードブルーで、毎回患者さんが必ず輸液をする理由は2つあります。

順に説明します。

 

血液の適切な循環を維持するため

輸液をする目的の一つは、血管内を正常な量の血液が流れ、全身に十分に行き渡っている状態を保つことです。

たとえばコードブルーでは、よく患者さんの大量出血に遭遇します。

大量に出血すると、血管内の血液が失われ、心臓に戻ってくる血液が減ります。

心臓のポンプが空打ち状態になり、血圧が下がってきます

そうなると、脳など重要な臓器に血液が十分に送られなくなり、命の危機に瀕します

血圧を上げて、元のように全身を血液がしっかり巡ってもらわないといけない。

 

ここで重要なのは、失われると一番困るのは血液の大部分を構成している「水分」だということです。

血液の大半は水です。

その中に、白血球や赤血球などの成分が浮いています。

血液が赤く見えるのは、赤血球が赤い色だからです。

血圧を維持するためには、水分を大量に補う必要があるわけです。

そこで登場するのが、輸液です。

輸液では、一気に大量の水分を体に注入することが可能ですから、失われた分急速に輸液することで血圧をなんとか維持することができます。

 

もちろん、出血時は水分とともに、血液の成分である赤血球などの血球、凝固因子なども失われています(第3話解説記事のダメージコントロールのところで説明しましたね)。

ここに、ほぼ水である輸液製剤を注入すれば、血液は薄まってしまいます。

しかし、この血液の成分を補うのは二の次です。

まず血液の循環を維持して血圧を保たなければ、命が危ういからです

あとから血液の成分が足りないと分かれば、輸血など血液製剤を用いて補えば良いですし、自力で回復しそうだ、となれば輸血は不要です。

 

さてここで、りこさんのご質問のように

「最初から輸血で水分を補ってはダメなの?」

と思う方がいるでしょう。

 

輸血でも水分は補えますので、ダメではありません。

ただし、輸血は血液製剤ですので、投与する前に血液型検査やクロスマッチ試験で患者さんの血液と合う製剤かどうかの確認が必要です。

救急の現場でこれらの検査を行う余裕は普通ありません(注)。

しかし輸液であれば誰が相手でも簡単に使うことができます。

 

また、血液製剤(赤血球輸血)の水分量はせいぜい1パック200ml程度

水分を補うにはあまりにも少ない量です。

血液の循環が危ないときは、1リットルでも2リットルでも水分補給が必要です。

そのうえ血液製剤を使用するには特別な手続きも必要で煩雑です。

 

繰り返しますが、血液循環を安定させ、血圧を維持するために必要なのは急速な水分補給です。

したがって、誰が相手でも急速に大量の水分投与ができる「輸液」をまず選ぶのですね。

 

ちなみに、血管内から水分が失われ、血圧が下がって死の危機に瀕するのは出血だけではありません

たとえば、夏の暑い時期は熱中症で重度の脱水になって亡くなる方がいます。

血液循環が不十分になって血圧が下がって死亡する、という点では、大量出血と全く同じ状態です。

出血と違って赤血球などの血液の成分は失われないだけで、生命維持にまず第一に重要な水分が失われる点では全く同じなのです(「循環血液量減少性ショック」と呼びます)。

 

他にも、重度の肺炎や腹膜炎などの感染症敗血症という状態になると、血管内の水分が失われ、同じように血圧が低下して死亡します(詳細は複雑ですので割愛します)。

これらの場合でも同じように、生命を維持するには大量の輸液が必要になります

実際の救急の場では、大量出血よりむしろこちらの方が遭遇する頻度は圧倒的に高いです。

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末梢静脈ルート確保のため

ここまで読んで、今度は

「出血もないし水分が失われている状態でもなさそうな患者さんまで点滴をしているのはなぜ?」

と疑問に思った方がいるでしょう。

 

この目的は水分補給ではありません。

末梢静脈ルートを確保するためです。

「末梢静脈ルート確保」とは、主に腕などの末梢血管に針を刺して管をつないでおき、いつでも血管内に薬剤が投与できる状態にしておくことです。

コードブルーでは、「ライン確保」と言うこともあります。

「ルート」と「ライン」は同じ意味です。

 

救急の現場では、今患者さんが元気でもそのあと何が起こるかわかりません。

コードブルーでも、初期対応時は元気だった方が、そのあとで突然意識を失ったり、という場面が度々出てきますね。

第2話では、最初は元気だった患者さんが救急車内で倒れ、調べてみたら心タンポナーデ(心臓の周囲に大量出血)だったというシーンがありました。

末梢静脈ルートがあれば、こういう場面で即座に大量輸液で対応できます

さらに、血圧が下がった際に昇圧剤で急場をしのいだり、痛みが強い方に痛み止めを入れたり、とルートがあれば様々な薬剤投与も可能になります

そもそも意識がない方は口から薬も飲めませんからね。

 

そこで救急患者さんにはまず、「点滴をつなぐ」ということが多くなります。

この場合は、患者さんは大量の水分が必要な状態ではありません。

ドラマのシーンをよく見てみてください。

こういう方は、輸液製剤はつながっていても、ポタポタと少しずつ落ちているだけのはずです。

 

「水分がいらないなら、輸液製剤もつながなくて良いのでは?」

と思った方がいるでしょう。

血管に針を刺して管をつないだら、ゆっくりでも水分を流しておかないと血液が逆流して詰まってしまいます。

ですから、水分補給が不要でも、ポタポタ程度の点滴は必要なのですね。

 

救急の現場での輸液の意義は理解できましたでしょうか?

ちなみに「入院して1日中点滴をしていた」という時の点滴は、「維持輸液」といって、1日に必要な電解質(ナトリウムやカリウム)、糖分、水分を補給するために行うものです。

救急の現場とは意味合いが少し異なります。

今回は、「救急患者に対する輸液」に絞ってお話をしましたが、また機会があれば維持輸液についても書いてみたいと思います。

 

注)O型赤血球は理論上は溶血反応(いわゆる「拒絶反応」)のリスクが低いため、やむを得ず見切りでO型血液を輸血する手もありますが、これは「やらなければ患者さんが死ぬ」という超緊急事態でのみ許される、きわめてハイリスクな行為です。

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