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グッドドクター第1話 感想&解説|湊の天才的診断力はリアルなのか?

7月12日より始まった「グッドドクター」は小児外科がテーマの医療ドラマ。

日本小児外科学会のホームページでは小児外科が扱う病気の一覧を見られますが、全身のあらゆる臓器に渡っているのが分かります。

成人を相手にする医師より広範囲の知識が必要である一方で、成人よりはるかに症例数が少ないため、限られた施設にしか小児外科はありません

 

小児外科医は全医師の0.3%で、「選ばれしものしかなれない」というドラマ中の説明がありましたね。

それも一理あると思いますが、成人の病気より圧倒的に疾患数が少ないことと、厳しい現場で希望者が少ないことも理由にあるだろうと考えます。

 

さて、グッドドクターの主人公、新堂湊(山﨑賢人)は、東郷記念病院の新レジデントです。

「レジデント」は、卒後1〜2年目の臨床研修医を指すこともあれば、卒後3年目以降の数年の医師を指すこともある、あいまいな定義の言葉です。

湊はすでに小児外科医として赴任していることから、東郷記念病院での「レジデント」はローテート中の研修医ではなく、卒後3年目以降の医師と考えてよいでしょう。

コードブルーでの「フェロー」、コウノドリでの「後期研修医」と同じ立場だということですね。

これについては、「若手医師の呼び方|フェローと研修医、レジデントの意味の違いとは?」でも詳しく説明した通りです。

 

湊は自閉症スペクトラム障がいを持ち、コミュニケーションが苦手な一方、類まれなる記憶力や技術を持つ医師です。

彼がその才能によって見せた診断力や治療については、ややコミカルな描写でありながら、医学的にはリアルでした。

専門用語が多くて分かりにくい、と感じた方のため、今回もこれまで通り医師の視点で解説してみたいと思います。

 

緊張性気胸の対応

湊の初めての出勤日、途中で事故が発生し、子供が建築資材の下敷きになってしまいます。

湊はすぐに駆け寄って診察するやいなや、「緊張性気胸」だと見抜きました。

 

「気胸」とは、気管支や肺に傷がついて胸の空間(胸腔)に空気が漏れ出す病気です。

中でも「緊張性気胸」では、傷がついた部位が弁状になり、空気が一方通行になってしまうため、息を吸えば吸うほど空気が一方的に胸腔内へ出て行って戻らなくなる病態です。

胸腔内の圧が高まって心臓を圧迫し、心臓の動きが妨げられ、放置すると数分で死に至ります

コードブルー3 第2話感想|医師が思う新人の医者が全然ダメな理由」の記事でも解説しましたね。

 

治療は緊急の脱気(ドレナージ)で、皮膚を切って胸に穴を開けて管(ドレーン)を通し、空気を外に追い出すことです。

ところが湊は歩道で偶然居合わせただけで、医療器具を何も持っていませんでした。

そこで彼はボールペンを管の代わりにして胸腔内に入れ、少年を救命したのです。

 

緊張性気胸は、今回の湊のように身体診察だけで見抜くのが理想的とされます。

精密検査に行く余裕がないほど一刻を争う外傷だからです。

よって「コードブルー」では、緊張性気胸に対して「ヘリ内で脱気」という描写があります。

 

私たちはよく、半ば冗談で、

「緊張性気胸のレントゲン写真が残っていると恥ずかしい」

と言われます。

レントゲンを撮りにいく時間も惜しいほどの緊急事態なので、

「緊張性気胸はレントゲンを撮らずに体の診察だけで見抜いて治せ」

という教訓です。

卒後3年目のレジデントレベルでこれができるというのは、トンデモ描写ではなく、彼の「リアルな能力の高さ」の証明と言えるでしょう。

 

さらに湊が素晴らしかったのは、水封式のドレーンバッグを工作してしまったことでした。

実際病院で気胸の患者さんに胸腔ドレーンを入れた後は、ドレーンの先をドレーンバッグに繋げます。

その際使うのが、以下のようなバッグです。

こちらより引用)

詳細は省略しますが、短い管でボトルを連結させ、水で封をすることで空気の逆流を防ぐのが目的です。

これは湊が説明した通りですね。

あのまますぐに病院に運んでも良かったのですが、より安全性を考慮して自分でバッグを工作し、これにボールペンを繋いで救急車に乗せた、というわけです。

 

心タンポナーデの診断

少年はその他に肝臓と脾臓にも損傷があり、手術室に搬送されます。

手術室に向かう前に湊は「心のう!心のう!」と訴えますが、まだ職員でなかった湊は追い出されてしまいました。

 

少年はショック状態でしたが、この原因を瀬戸(上野樹里)と高山(藤木直人)は肝損傷と脾損傷による出血性ショックと判断し、開腹手術を行っていました。

ところが手術室で少年が急変。

ショックの原因は腹腔内出血ではなく、心臓が損傷して心臓を包む袋(心のう)の中に出血して心臓の動きが妨げられる「心タンポナーデ」であったことが分かります。

湊が「心のう!」と言ったのは、これを搬送時に見抜いていたからでした。

実際にはかなり難しいですが、頸静脈怒張(血液が心臓に戻りにくくなって頸静脈が張る)などを見て、「腹腔内出血が主因ではない」ことをまず疑っていたのでしょう。

 

むろん、外傷患者の初期対応で大切なのはFAST(ファスト)

つまりエコーを使って体内の出血源を探すことです。

外傷患者に対してエコーを当てる位置は以下のように決まっています。

普通は病院に搬送時これを行いますし、湊が身体所見で見抜けるほどであったのなら、エコーで心タンポナーデは一目瞭然のはずです。

外傷でショックであれば、上図のように必ず心のうをエコーで見るからです。

今回はこれを行わずに手術室に直行してしまった他のスタッフに落ち度があり、「湊の能力が高い」で済ませるわけにはいかないでしょう。

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絞扼性イレウスの対応

知識や技術はあっても、コミュニケーション力が乏しいために患者さんの家族に誤解され、湊は最初の患者だった少年の担当を外されてしまいます。

ところが、その少年が突然腹痛を訴えます。

少年は横紋筋肉腫の再発に対する治療が予定されていた患者でした。

 

腹痛に対し手術の必要性を主張する湊を信用しない家族と周囲の医師は様子を見ようとしますが、湊は無理やりオペ室に運び込んでしまいます。

彼が疑ったのが、腫瘍による「絞扼性イレウス」でした。

 

「イレウス」とは「腸閉塞」を指す用語です(厳密にはイレウスと腸閉塞は区別して使用すべきですが、ここでは割愛します)

小腸や大腸が何らかの理由でつまってしまう病気です。

少年は横紋筋肉腫が再発しており、その腫瘍によって小腸が閉塞していたことが原因でした。

 

「絞扼性イレウス」「絞扼性」とは、閉塞した腸に血流障害が起きている時に使う言葉です。

重度のイレウスでは腸管の血流が悪くなり、腸管が壊死するリスクがあります。

まさに手術なしでは命の危険がある病態です。

湊が言った、

「手術しないと死にます」

「腸管が血行障害を起こして壊死してしまいます」

というのは、まさに正確です。

 

非常に簡単に言えば、「絞扼性」イレウスは一刻を争う緊急手術が必要な疾患、それ以外のイレウスは緊急手術までは不要な疾患です。

よってイレウスを疑えば、「絞扼性かどうか」の判断が重要になります。

 

通常これは、CTなどの画像検査でなくては正確に見抜くことは困難です。

湊は身体診察だけでこれを見抜いてしまいましたが、いかに彼が天才でもさすがに少し無理があるでしょう。

現実には、身体所見だけでは「絞扼性イレウスの疑い」に過ぎませんので、オペ室に無理やり運んでもオペ室看護師と麻酔科医から叱られてしまいます

もし開腹したら「絞扼性でないイレウス」だった、と判明するかもしれないからです。

(事前の精密検査をすっ飛ばしたせいで、必要のない全身麻酔をかけて開腹してしまったことになります)。

 

ちなみに、湊がイレウスを疑うきっかけとなったのは、「上腹部を痛がっていたこと」「胆汁性の嘔吐」でした。

おそらく、小腸の閉塞によってその上流の胃がパンパンに張り、上腹部(みぞおち)の痛みを生じていたのでしょう。

 

また、「胆汁」は肝臓で作られ、胆管を通って十二指腸に流れ込む消化液です。

胆汁が十二指腸に流れ込む位置より下流で詰まっていれば、嘔吐した液体に胆汁が含まれます

一方、それより上流で詰まっていれば、胆汁は含まれません

前者が胆汁性嘔吐ですから、閉塞しているのは十二指腸より下流だ、ということが分かります。

(嘔吐したのは、胃や、胃に近い十二指腸の閉塞が原因ではないということ)

 

これらはいずれもイレウスに共通して見られる症状ですので、「絞扼性」の決め手にはなりません

やはり画像診断が必要です。

この部分は、若干「湊の天才的能力が誇張されすぎた描写」だと言ってよいかもしれません。

 

小児外科領域は私にとっては専門外で、医師としてのあり方や患者さんとその家族への対応については語ることはできません。

しかし「湊の天才性」の描写は、どの科の医師から見てもなかなか興味深いポイントになりそうです。

 

初回から少し複雑でマニアックになってしまいましたが、今回の解説はここまでとしましょう。

来週もお楽しみに!