「忙しい」自慢をする人は何を考えているか

「忙しい」シリーズ第三弾。

今回もこれまで2回と同様、実際によくある事例を紹介したい。

(その1はこちら、その2はこちら

 

余談だが、我々勤務医は一般的に転勤族である。

多くは大学医局に属し、大学病院の関連施設を数年ごとに転々とすることが多い。

つまり、新たな病院に入職して「初めまして」を繰り返す人生である。

 

今回は、その中でよく出会う医師の事例である。

 

初めて会う医師のなかに、妙に自分が忙しいことを私に主張する人がいる。

「毎日本当に忙しいんです!担当患者さんも多いのに、今度全国学会で発表をするように部長から指示を受けて、準備が大変です。しかも、来週うちの病院で開催するセミナーの司会を頼まれちゃいまして。もう目が回りそうなんですよ!」

というような具合である。

 

初めて会う私に、忙しさを主張する意味はどこにあるのだろうか。

 

これまで書いてきた「忙しい」水準の低い人たちと概ね同じように、「忙しい」=「仕事量が多い」と思っていて、「『忙しい』と伝えることで、自分の仕事量が多いことを伝えたい」という強い思いがあるのは同じである。

 

だが、このタイプはそれだけではない。

「仕事量が多い」=「多くのチャンスを与えられている」ことの主張であり、自慢である。

彼にとっては「自分が忙しい」と言うことは「自分はこんなにも多くのチャンスが与えてもらえるほど有能であり評価されている」と言うことに等しい。

さらに言うと、実は「そのチャンスをものにできず、良い結果が出せないかもしれない」という漠然とした不安があり、「結果が出るまでの過程では頑張っている」と事前に主張しておくことが、「もしも結果が出なかった時の一つの保険になる」と考えている。

 

だが残念ながら、実際に有能でチャンスを与えられている人は、自分が忙しいことを主張しない。

なぜなら、自分がチャンスを与えられていることをあえて公表することは、そのチャンスを奪われるリスクにつながると考えているからだ。

能力の高い人は、「組織の中でチャンスは有限なので、手に入れたチャンスは自分の中でこっそり仕上げ、業績を積み上げていけば良い」と考えている。

しかも、能力の高い人は、「自分は必ずチャンスをものにできる」という自信があるので、まだ結果が出ない段階から「頑張っていること」を公表する必要がない。

 

評価は結果に対して行われるもので、与えられた仕事量に対して行われるものではない。

最終的に表面に現れる結果を見れば、その人の能力も、どれだけ努力をしたかも一目瞭然である。

だから「忙しい」などと言わず、黙々と仕事をこなしている方が良い。

その方が格好良いからである。

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