医師の時間外労働は削減すべきなのか

働き方改革実現会議での時間外労働に対する法的規制—

こうした変革は、医療界にも大きな波紋を呼んでいる。

実際、複数地域の基幹病院に労基署の立ち入り調査が入った結果、医師の時間外労働削減と未払いの時間外賃金支給、救急車搬送の受け入れ抑制、外来枠の削減といった、著しい診療体制の縮小が行われている。

今後もこうした変化は加速し、全国的に医療体制が縮小の方向に向かう可能性が高い

これまで厳しい労働条件に耐えてきた勤務医らにとっては朗報かもしれないが、患者にとっては、少なくとも短期的には、多大な不利益となる

果たして、医師の時間外労働を一律に削減し、診療体制を縮小することは本当に得策なのだろうか。

 

私は、もっと根本的なところに問題があると考えている。

病院では「能率的な分業体制が成立し得ない」という構造的な問題である。

これは、「白い巨塔」の時代から変わらない、勤務医内での硬直した年功序列制が原因である。

 

上記のようなニュースがあると必ず、

「医師は患者の命を預かる仕事、若手医師は無給の時間外労働も、自己研鑽と思って喜んで引き受けるべき」

との反論が起こる。

若かりし頃に先輩に厳しくしごかれ、朝から晩まで薄給で働き、家に帰るのも週に1、2日という厳しい労働に耐えてきたベテラン医師たちは、「体力、気力のない奴は医師をやめてしまえ」と公言して憚らない。

勤務医の間には昔から、「自分が味わった苦労を同じだけ味わって成長しろ」という精神論が蔓延り、若手医師たちは厳しい年功序列制の中で、これまでその泥臭い労働で病院を支えてきたのである。

 

しかし時代は変わりつつある。医療界も変わらなければ、旧態依然との謗りを免れない。

 

 

確かに若手医師の精神を鍛えるのは大事なことである。上下関係をわきまえ、礼節を重んじることのできる医師を養成することも大切だ。

どの職場でも、若手の仕事は必然的に雑務が多くなるが、「下っ端」なのだから当然である。そういった仕事も丁寧にこなすのが若手の役目だ。

若手の仕事は野球部の球拾いと同じだ。球拾い自体で野球の技術が上達することはないが、先輩たちは、球拾いという雑務を黙々と誠実にこなす後輩に、バッターボックスに立つチャンスを与えたいと思うものだ。

私の周囲にも雑用が多すぎると不平ばかり言う若手医師がいるが、そういう姿勢では自らチャンスを捨てているようなものである。

「若手は文句ばかり言わず仕事に励め」

確かにその通りである。

 

だがその一方で、「自分が体験した辛い苦労を後輩にはさせたくない」と思う先輩が一定数いなければ、組織全体のパフォーマンスは上がらない

自分が苦労して何かをやり遂げて、歩いてきた道を振り返った時、「こうすればもっと効率的にできたのに」と思うことが必ずある。

先輩とは、後輩が困難を前に立ち尽くした時、それを乗り越える「近道」を知っている唯一の存在だ。

その道のベテランならなおさらそうだ。若手に対して、百戦錬磨の経験から他の誰も提示することのできない最適な解決策を伝えられるはずである。

こうして、同じ業務をより簡単に、より能率的に行うためのノウハウの蓄積によってこそ、組織のパフォーマンスは高まっていくのである。

病院において、目指すべき最大のゴールは「患者の利益」である。そして、病院全体が組織として、患者に最大の利益を提供するにはどうすれば良いかを考えなければならない。

果たして、一律に医師の時間外労働を削ることが、我が国の医療の利益に資する最適解だろうか。

年齢を問わず医師間で能率的な分業ができれば、ある程度解決できる部分があるのではないだろうか。

診療体制を一律に縮小する前に、まず院内の体制に改善の余地がないかどうか、一度見直したいところである。

 

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