ガムを噛みながら接客する受付の事務員がいた話

先日、所用でとある事務所の受付に行ったとき、驚いたことがあった。

対応してくれた受付の若い男性が、ガムを噛みながら接客していたのだ。

ガムを噛みながらデスクワークをする人を見ても不思議に思わないが、接客業の人がガムを噛みながら仕事をする姿は初めて見た。

客であるこちらとしては、あまり気持ちの良いものではない。

だが、なぜ不快に思うのかをふと考えた。

 

その人は手際は良く、仕事に関して何ら文句のつけようがなかった

そして当然、「ガムを噛む」という行為自体は、個人の自由である。

受付のマニュアルにも、おそらく「ガムを噛みながら接客してはいけない」とは書いていないだろう。

よって何のルールにも違反していないはずだ。

 

しかし客として自分が接する際に、相手がクチャクチャ口を動かしながら会話をする人であれば、やはりこちらとしては気持ちが悪い。

なぜだろうか。

 

似たような例を考えてみた。

仕事は完璧にこなす受付の人が、茶髪にパーマでピアスをしていたらどう思うか。

派手なTシャツに短パンだったらどう思うか。

 

いずれも非常識だから、といえばそれまでだが、なぜ非常識なのか、ときかれると返答に窮してしまう。

仕事が完璧にできるのなら、申し分ないのではないか。

誰にも迷惑をかけていないのではないか

 

いろいろ考えて答えがわかった。

 

多くの職種においては(美容師や芸術家、スポーツ選手などを除いて)、仕事でガムを噛みながら人と話すことや、茶髪にピアスやTシャツ・短パンという自由な身だしなみで人と接するということが、第一印象において信頼を損なうリスクがあると考える人の方が、少なくとも我が国ではマジョリティである

それは、その考えが「正しいかどうか」とは無関係のことである。

「大多数の人がそう考えている」ということが大事なだけだ。

 

ガムを噛むのも、派手な身だしなみにするのも、もちろん個人の自由である。

だが、周囲の人はその人に対してどうしても不快感を抱いてしまう。

それは、その行為自体に、ではない。

「自分がどういう風であれば『信頼に足る』と思われるか」

を考えることを怠り、

「第一印象において信頼に足る風であろうとするわずかの努力より、自分の欲求を満たすことを優先しても良い」

と考えたその鈍感さに、である。

 

社会に出ると、「他人から自分がどう見られるか」を意識し、他人から信頼される風であろうと努力をする、ということは大切なことだ。

外観より中身が大事でも、第一印象で信頼を獲得できなければ、そもそも中身を披露する土俵に上がれないからだ。

 

そのためには、自分が相対する人たちが、どういう考えを持っているのかを推測し、それに自分を合わせるバランス感覚が重要になる。

自分の価値観に固執することより、相手の価値観に合わせる柔軟性が重要だということである。

 

個人の印象や信頼は、その人がこれから話す内容や、やる仕事の信頼性を大いに左右する

何かをする、その前からもう勝負はついているということだ。

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