『すばらしい医学』シリーズ累計21万部

喫煙者150人に聞いた、タバコを吸うことのメリットとは?

嫌煙家が喫煙者にタバコをやめてほしいと思ったとき、

「タバコは百害あって一利なし」

のような言葉はあまり有効ではありません

当然ながら、

「確かに『一利』もないなぁ、じゃあやめよう」

と言う喫煙者はいないからです。

誰かを説得したいと思ったときは、「お互いがその正しさに共感できる論拠」を何とか探す努力から始めなければなりません。

 

私は医師という立場上、喫煙している患者さんに禁煙指導をする機会が数え切れないほどあります。

外科手術において、喫煙者は術後肺炎や感染症などを含む術後合併症のリスクが高いとされています(*)

喫煙者の中には、手術はうまくいったのに本来治療すべき病気とは全く別の合併症で亡くなる人もいるわけです。

 

他にも、喫煙が及ぼす手術リスクはここに書き切れないくらいほどたくさんあります(肺がんや頭頸部がん、食道がん、生活習慣病のリスクは言うまでもないですが)。

 

喫煙者は、手術リスクの点で非喫煙者に比べて圧倒的に不利なので、この状況をわずかでも改善するため、必ず禁煙するようお願いします。

病院によっては、1ヶ月以内の喫煙が発覚した時点で手術は延期、というルールを定めているところもあります。

がんの手術では、治療の遅れは何としても避けなくてはなりませんが、術後合併症の高いリスクを考えればやむを得ません。

 

喫煙者に禁煙指導をするときは、上述のようなリスクを丁寧に説明します。

ほとんどの喫煙者はこれを聞いて、

「そんなに危険だとは知りませんでした」

と恐れおののき、危険を回避するためタバコを頑張ってやめます。

喫煙者にとっては、タバコから得られるメリットよりは、「自分が受ける手術で良い結果を得たい」という思いの方がたいてい大きいということです。

 

では、彼らが感じている「タバコのメリット」とは一体何なのでしょうか?

私はタバコを吸ったことは一度もありません。

タバコのメリットを知らずに喫煙者に禁煙をすすめることは困難です

 

そこで私は今回、クラウドワーキングサービスを利用して、喫煙者150人にタバコのメリットについてアンケートを取ってみました(調査期間:2018年3月14日〜19日)。

今回はその結果を公表するとともに、私が医師としてどう考えるかを述べてみたいと思います。

 

喫煙者150人の内訳

アンケートの対象となった150名の方々は、男性80人、女性70人でした。

対象者の年齢の分布は以下の通り。

 

対象者の喫煙歴は以下の通りです。

 

この調査は、クラウドワーキングサービスに参加する年代の方を対象にしているため、我が国全体のサンプルとは言えません(当然、ネットを使う機会の少ない高齢の方は入りにくくなります)。

あくまでこれから述べる、タバコのメリットを語ってくれた方々の背景とお考えください。

 

タバコのメリットとは?

メリットについては、フリーコメント欄に自由に書いていただきました。

 

回答者が挙げたメリットとして多かったものは以下の3つでした。

気分転換、リラックス、ストレス解消:93人(62%)

コミュニケーションのツール:35人(23%)

休憩する口実 :7人(5%)

(その他として「生きていることを実感する」「時間つぶし」などの少数意見と、「メリットは何もない」と書いた人(後述)が複数いました)

多かった3点を順に見ていきたいと思います。

 

気分転換、リラックス、ストレス解消

最も多かったのはやはりこれでした。

そもそも驚いたのは、全体で「イライラ」という言葉を使った人が20人「ストレス」という言葉を使った人が34人もいたことでした。

 

いずれの回答も非常によく似ていて、

「イライラしていた気持ちがタバコを吸うとなくなり、ストレス解消になる」

「イライラしたときにタバコを吸うとスッキリした気持ちになり、そのあとの仕事がはかどる」

といったものでした。

ここに付け加えて、

「これはタバコを吸わない人には決して得られないメリットだ」

と書いてくれた人も多くいました。

「好きな理由」を問われて、これだけ多くのネガティブな言葉を使った回答があり、かつ内容がこれほどまで似通っていることに、少し驚きました。

 

医学的に考えると、この「イライラ」や「ストレス」は、ニコチン依存症の離脱症状(禁断症状)を見ている可能性が高いと考えられます。

重喫煙者は体がニコチンに依存しています。

ニコチンは、肺を通って血液中に入り、脳のニコチン受容体に結合します。

すると、快感を生じさせる物質が大量に放出され、スッキリした気持ちを味わうことができます。

しかしこの作用がなくなると「イライラ」といった落ち着かない離脱症状が現れます

タバコを再び吸って脳にニコチンを取り込まなければ、このイライラから解放されません

 

むろん、喫煙者に限らず誰しも仕事上のストレスや日常生活でのイライラはあるでしょう。

もしこのイライラをタバコで解消できるなら、タバコは有用な手段かもしれません。

しかし喫煙者のイライラは、そもそも「ニコチンが足りない」という余分な原因が加わっています。

その分、もともと喫煙者のイライラの頻度は非喫煙者より高く禁煙すればイライラの頻度は非喫煙者の水準まで下がる可能性があります

 

そう考えると、このイライラ解消効果は「喫煙によって得られるメリットだ」とは言えなくなります。

喫煙者であることによって増えたイライラを、その都度タバコを吸うことで解消しているだけだからです。

 

もちろん、「イライラ」や「ストレス」を挙げずに、単に「気分転換になる」と答えた方もいます。

これについては、「気分転換」のためだけに寿命を削るのは、さすがに「割に合わない」と感じます。

できれば、非喫煙者の行う、タバコより健康上のリスクの低い気分転換の方法を模索してほしいところです。

 

コミュニケーションのツール

これは実際、タバコの持つ非常に魅力的な利点だと私も思います。

「喫煙所で他の部署の人との交流が持てる」

「喫煙所で普段話さない上司と会話のチャンスがあったり、飲みに誘えたりできる」

「喫煙所で情報収集ができる」

「仕事場では言いにくいことも言いやすい」

確かにこれらは、非喫煙者にとっては羨ましいとも感じる、喫煙者だけが持つメリットです。

 

人間関係には、お金では買えない、何よりも貴重な価値があります。

特に上司や他の部署の人たちとの人間関係や、そこから得た情報は、職場での大きな武器になり得ます

この利点を否定することはできないでしょう。

 

ただ、このツールの最大の欠点は、「相手が喫煙者であるケースでしか使えない」ということです。

「この人と良好な人間関係を持ちたい」と思ったとき、その相手が非喫煙者ならタバコというコミュニケーションツールは無効です。

そして、喫煙者数は近年急カーブを描いて減っています(依然として諸外国よりは多いようですが)。

出典:JT全国喫煙者率調査

また、喫煙者を取り巻く条例や法規制も一段と厳しくなっています

このツールで築ける人間関係が、これからどんどん減っていくことが予想されます

 

医師の中にも喫煙者はいますが、喫煙者の総数は少なく、大きな病院でも喫煙所で同じ時間帯にいるのはせいぜい1〜2人です(病院にもよると思いますが)。

医師3873人を対象にした調査によれば、医師の喫煙者は7%とのことです。

このくらい喫煙者数が少ない職場にいると、喫煙者がタバコをコミュニケーションツールとして活かせているとはあまり感じません

実際、星野リゾートのように、「企業競争力に直結する」として喫煙者は採用しない方針の企業もあります

今後このツールの有用性はどんどん失われていく一方、健康上のリスクは変わりません。

リスクを上回るメリットがあるとは言いがたいでしょう。

 

一方で、これらをメリットと考える喫煙者が多いなら、喫煙に代わる「健康上のリスクを伴わない何らかの意見交換しやすい場」を職場は提供すべきだとも言えます。

でなければ喫煙者に禁煙を強くすすめることはできませんし、職場内のコミュニケーションの取りやすさという面で、非喫煙者にとって不公平な状況が存在していることになります。

広告

 

休憩する口実になる

これはやや妙な回答だと感じました。

「仕事中にタバコを吸いにいくと人より多く休憩が取れる」

「休憩を頻繁にとってもタバコと言うと怒られない」

「職場で忙しい状況でも周りに気を遣わず休憩に出られる」

 

果たして「タバコなら気兼ねなく休憩でき、怒られることもない」は真実でしょうか?

「休憩をとりやすいこと」がその人にとってプラスに働くかどうかは、その人が定められた仕事をきっちりこなしているかどうかによるのではないでしょうか。

 

頻繁に休憩を取ることが仕事のパフォーマンスを下げていたら、結果的にはマイナス評価につながりますから、必ずしもメリットとは言えません。

頻繁に休憩してもきっちり仕事を終えられる喫煙者だけが、「喫煙は休憩の良い口実でありメリットだ」と言えるはずです。

 

逆に非喫煙者が、「休憩をもっと入れても仕事をきっちりこなせるのに、喫煙という口実がないために休憩が取りづらい」という状況があるなら、職場環境に問題があることになります。

適切なタイミングで休憩をとれるルール作りが必要だと言えるかもしれません。

 

ちなみに外科医は、手術が始まったら終わるまで休憩はないのが普通です。

朝から晩まで何時間もの間立ちっぱなし、飲まず食わずで、トイレにも行きません。

手術は朝から翌日の朝まで続くこともあります。

私はこの体制には兼ねてから疑問を感じていて、途中で交互に休憩できるシステムを導入した方がいいのではないかと思っています。

(病院によっては実際、長い手術でこういうことを行っているところもあります)

 

適切なタイミングで休憩しないと集中力が落ちる危険性があり、手術中の外科医のパフォーマンスの低下は、患者さんに直接的に悪影響を与えます

これも、職場環境の一つの問題と言えると思います。

「休憩のとりやすさ」は、喫煙、非喫煙とは関係のないところで議論すべき問題です。

 

その他の回答

最後に、その他の回答を紹介しておきます。

アンケートには、「タバコを吸うことにメリットがあると感じている方が対象」と書いたにもかかわらず、

「メリットは全くない。やめたいけどやめられない」

「意思が弱いので、禁煙しようとしてもうまくいかない」

と答えた方が何人かいました。

メリットは何もないのにニコチン依存症という疾患でタバコをやめられない方には、ぜひその病気を医療機関で治療していただきたいと思います。

治療手段はちゃんとあります。

禁煙外来で、呼吸器内科医が専門的に治療してくれます。

 

禁煙できないのは「意思の弱さ」だけが原因ではありません

「何もメリットがないのにただタバコが吸いたい」は疾患による症状ですから、意思が強くても我慢できない可能性があります。

極端に言えば、尿路結石で激痛を感じていながら、自分の意思の力で痛みを我慢して仕事をしようとしているようなものでしょう。

 

最後に一件、

「家族にけむたがられる」

という短くて「深い」回答を紹介しておきます。

これはメリットなのでしょうか?

家族に疎まれて一人の時間が得られるという意味かもしれません。

しかも、「敬遠される」という意味で使う「けむたがられる」と、単純に「煙が目や鼻に不快」という「けむたい」がかかっているのも秀逸です。

なかなか興味深い回答をいただき、意味を考え込んでしまいました。

適当に回答しただけかもしれませんが・・・。

 

今回は、喫煙者が感じているタバコのメリットについて調べてみました。

私がこれから患者さんに禁煙をすすめるときには、大いに参考にできそうなデータが集まったのではないかと思っています。

(参考文献)
周術期禁煙ガイドライン/公益財団法人 日本麻酔科学会