『すばらしい医学』シリーズ累計23万部

アンナチュラルでは描かれなかった大切な法医学の知識とは?

昨日で最終回を迎えたドラマ「アンナチュラル」。

私が見ていて面白かったのは、まるで法医学の講義内容を項目別に紹介するような構造になっていたことでした。

最終回は例外として、第9話までを振り返ってみると、教科書の目次のように並べることができます。

第1話:法医学総論(我が国の死体解剖の実態)

第2話:凍死

第3話:(鋭器)損傷による死亡

第4話:交通事故損傷による死亡

第5話:溺死

第6話:感電死

第7話:死体現象(と鋭器損傷)

第8話:焼死

第9話:中毒死

(リンクはこのブログで私が書いた各話解説記事)

他にも、熱中症や、飢餓死虐待など、学ぶべき小さな項目はありますが、大きな項目はほぼ全て網羅されています。

ただ、一つだけかなり大きめの項目が抜けているのですが、何だか分かりますか?

 

答えは「窒息死」です。

「首吊り」「首絞め」こそ、実は法医学が活躍すべき死因で、興味深いポイントがたくさんあります

せっかくのタイミングですので、今回は窒息死に関わる法医学の知識を簡単に紹介してみたいと思います。

 

窒息死の種類

法医学の世界では、「窒息死」を3つに分けます。

「縊頚(いっけい)」、「絞頚(こうけい)」、「扼頚(やくけい)」です。

言葉は難しいですが、中身を知ると全くもって分かりやすい分類です。

 

まず一つ目の「縊頚」とは、「首吊り」のことです。

つまり、縄を首にまき、自分の体重をかけて首を絞めることです。

二つ目の「絞頚」は、縄などにより自分の体重以外の力で首が絞められることです。

「自分の体重以外の力」として多いのは「他人の力」、つまり他殺を指しますが、首に引っかかったロープが機械に巻き込まれる、などの事故死もあります。

そして三つ目の「扼頚」は、手や腕によって首を絞めて窒息させることです。

 

さて、これらによって亡くなった死体は、それぞれが全く違った姿になります

よって法医学的な知識で、死因を見抜くことができます。

どういう違いがあるのでしょうか?

 

縊頚

縊頚は、いわゆる「首吊り」です。

縊頚のポイントは、首に最も強い力がかかる死に方だということです。

首にかかる重みは、大人の体重で50キロ〜60キロというところです。

人の力でこれだけのパワーを出すことはできません。

これほど大きな力が首にかかると、首を走る血管と気道がともに完全に閉鎖して死亡します

 

首の左右には太い動脈と静脈が走っていて、動脈は深いところを、静脈は浅いところを通ります

縊頚では、強い圧力によって動脈と静脈が両方とも完全閉鎖するのが大きなポイントです。

顔面への血流が完全に途絶え、顔が真っ青(蒼白)になります。

体が垂直の状態で死亡するため、死斑第7話でミコトが見抜いた所見ですね)は、最も低いところ、つまり手の指先や足先に現れます。

首には巻いていた縄の跡が残りますが、これが顎の下から左右の後上方向へ斜めに走り、かつ左右対称であるのも特徴です。

 

これらを細かく検証しなくてはならないのは、自殺にみせかけた他殺を見抜く必要があるためです。

たとえば、他の場所で殺され、首を吊られて自殺に見せかけたケースを考えてみてください。

死斑が背中側に出ていたら、どこかで殺されて仰向けに寝かされていた可能性がある

首についた縄の跡が水平だったり、左右非対称であれば、他人によって首を絞められた可能性がある

といった分析が必要になるわけです。

 

また、縄と首の間に、髪の毛や服が巻き込まれていないかどうかも見るべき重要なポイントです。

自殺をしようとする人は、なるべく苦しまずに死ぬために、服や髪を巻き込まないよう注意します

しかし他殺なら、そういう注意をする余裕はありません。

これらも、自殺と他殺を見分けるポイントになりえます。

 

絞頚

縄状のもので、体重以外の力によって首が絞まる死に方です。

体重ほどの大きな力が首にはかからないため、気道は完全に閉鎖しません

よって死亡の原因は、首の血管が閉鎖したことによる脳への血流障害です。

 

縊頚(首吊り)との最大の違いは、首への圧力が弱いため、「首の深いところを走る動脈までは閉鎖しない」ということです。

静脈だけが閉鎖すると、顔から上の血液が心臓に戻れなくなります。

一方、閉鎖していない動脈からはどんどん血液が顔へ送られます。

よって顔は真っ赤に腫れ上がります(「うっ血」と呼びます)。

顔が真っ青になる縊頚とは対照的ですね。

 

また首についた縄の跡は水平で、縊頚より低い位置にあります。

縊頚なら縄は1周だけですが、絞頚では2周以上回さないと首が締まらないので、首の後ろまで何重にも重なった痕跡が残ります。

多くは他人の力によって絞められた「他殺」ですので、首に縄を外そうとした傷が残ります。

 

実は、自殺による絞頚も少なからずあります。

首に巻いた縄を自分で締めようとしても、途中で意識を失ってしまうため、自殺は簡単ではありません。

よって自殺による絞頚では、特殊な結び目を作り、引っ張らなくても力が加わり続けるような細工がしてあります。

また、自殺では「縄が丁寧に巻かれている」という特徴があります。

巻き方に乱れがなく、首に巻かれている部分から左右に伸びた縄の長さが等しく、そして服や髪の巻き込みもありません

こういう所見は他殺では見られにくいため、自殺と他殺を区別することができるのです。

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扼頚

手や腕で首を絞めることです。

もちろん全て他殺で、自殺では不可能です。

自分の力で首を絞めても、意識を失いかけた瞬間に力が弱まってしまうためです。

絞頚と同じく、死亡するのは血管の閉鎖が原因です。

 

首に特徴的な手形や爪の跡が残ります。

縄と違い、手や腕では首に加えられる力が弱いので、死亡までに時間がかかります

よって、首だけでなく全身に格闘した痕跡が残るのが普通です。

首にかかる力が弱いために静脈だけが閉鎖し、顔がうっ血するのは絞頚と同じです。

これは、比較的見抜くのは簡単と言えます。

 

以上、窒息死がもしドラマで扱われたとしたら、と想定して簡単に書いてみました。

ちなみに、ここまでオープンに書いてしまったら、犯罪に悪用されるのでは?と思った方がいるかもしれませんね。

私が今回ここに書いたのは、ネット上を含めどこにでも書いてあるような教科書的な内容だけですのでご心配なく・・・。