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アンナチュラル第8話 感想&解説|焼死体のレンガ色の血腫が意味するもの

アンナチュラルは、私たちが医学生の頃に学ぶ法医学の講義のテーマを順にたどるように進行する。

第8話は焼死

焼死は、凍死や感電死などと同時に、「異常環境による死」として学ぶことの多い重要な死因である。

今回も「分かるともっと面白い」ポイントが満載。

いつも通りミコト(石原さとみ)のセリフを振り返りつつ、第8話を詳しく解説しよう。

 

今回のあらすじ(ネタバレ)

UDIラボに、雑居ビルでの火災で亡くなった10人の遺体が搬入される。

全員が焼死と思われたが、解剖の結果9人目の遺体は腰にロープで縛った痕跡と頭蓋骨の骨折があることが判明

焼け死ぬ前にロープで縛られ、後頭部を殴られた可能性が浮上する。

一方この火災で唯一生き残った男性が入院していたのが、記録員の六郎(窪田正孝)の父が教授を勤める帝日大病院だった。

法医学に興味を持つ六郎を、医師の道を外れた愚息と罵る父。

しかしその父の協力により、この男性にもロープで縛られた痕跡があることが発覚する。

 

再度の現場検証の結果、9人目の男性の頭部の傷は殴られたものではなく、火災の中ビルに取り残された人たちを救出する際に起こった打撲であることが判明。

そしてロープの痕跡は縛られた跡ではなく、男性が何人もの人を救出しようと自らの体にロープで縛りつけて運び出した時についたものだった。

放火が疑われた一連の出来事は、全て事故による焼死

被害者と思われた男性の傷は、懸命の救出作業を最後まで諦めなかった痕跡だった。

 

焼死体と生活反応

焼死は、法医学において重要な項目の一つである。

火災現場で死体が見つかった時、

焼死した死体(焼け死んだもの)

別の死因で死亡した後に焼けた死体

のいずれかを識別するのが法医学の大切な役目だからだ。

もちろんこの識別は、事故死か犯罪死かを区別するのに重要なポイントになる。

今回ミコトが言った「生活反応に注意しつつ死因を調査します」というセリフ。

この「生活反応」という言葉は、これを識別する時に重要となる法医学用語である。

 

「生活反応」とは、体に起こる変化のうち、

「生きている時に起こり、死体には起こらない変化」

のことだ。

第5話の解説記事で書いた、溺死体の口のなかに残る泡状の水分も、溺れる際の激しい呼吸を示す生活反応の一つ。

別の場所で死亡したあと死体が水中に沈められれば起こらない変化である。

 

さて、焼死体での重要なポイントとして、ミコトが解剖時に説明した「レンガ色の燃焼血腫」がある。

焼死する際に、脳を包む硬膜という膜が熱により収縮、骨との間にできた空間に血液がたまる。

この血液がすぐに熱せられるとレンガ色になって固まるのが特徴だ。

これを燃焼血腫と呼び、これは生活反応ではない。

一方、生きている時に頭を強く打撲すると、同じように硬膜と頭蓋骨との間に出血し血液がたまる。

これは硬膜外血腫であり、生活反応だ。

これは通常の出血と同じ暗い赤色となり、燃焼血腫のレンガ色と区別することができる。

焼死する前に後頭部に打撲が起こったことを意味する重要な所見である

「血腫の色がレンガ色ではなく暗赤色。燃焼血腫でなく急性硬膜外血腫・・・」

というミコトのつぶやきは、こういう知識が背景にあるわけだ。

 

さて、焼死体で問題となるのは死因だけではない。

火災現場で起こる大きなもう一つの問題、それは「個人識別の難しさ」である。

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焼死体の個人識別

焼死体に起こる大きな問題として、「個人識別の難しさ」がある。

当然、全身は焼け焦げ、顔や体表面の特徴は全て失われ、指紋も失われている

「それが誰の死体であるか」を知ることが極端に難しくなっているわけだ。

この焼死体で個人識別を行うのに最も重要なものは何か?

それが、体の中で熱に最も強い、歯の所見である。

 

DNA鑑定は、照らし合わせることのできる資料がなくては行うことはできない。

身元が分からない死体では、そもそも比較対象となるDNAがどこにあるかもわからない

全国民のDNAのデータベースなどないからである

しかし、歯科に通ったことのない人はほとんどいない

どこかの歯科医院に必ず、歯型のレントゲンや治療歴が残っているわけだ。

実際、DNA鑑定など不可能な時代から今に至るまで、大規模災害現場での歯型による身元確認は重要な手段となっている。

1985年の御巣鷹山の日航機事故も一つの古い例である。

 

問題は、

歯科治療は複数の開業医で行われることが多いこと

ほとんどが紙カルテで検索が難しいこと(近年ほとんどの病院は電子カルテ)

歯科医院によって記録の方法に統一性がないこと

である。

 

アンナチュラルは、これまでドラマが触れることのなかった領域に批判的に切り込むシーンが多い。

今回の個人識別のくだりも、その点では「分かると面白い」ポイントの一つと言えるだろう。

 

というわけで、今回は焼死個人識別について詳しく解説した。

次回以後も、法医学の興味深い世界を紹介していきたいと思う。