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置き忘れたペアンが写ったレントゲンを隠し通せるか真面目に分析

ブラックペアン最終回の謎解きに対して、

「体内にペアンを残したまま、何年も気づかれずに済むことは本当に可能なのか?」

という疑問を持った方が多いようです。

これはストーリーの根幹部分で、ここに「ありえない」などとツッコミを入れては身も蓋もないので、解説記事ではここには触れませんでした。

しかし、「どうすれば隠し通せるか」を真面目に考えることは、病院の仕組みを知っていただく上で重要でしょう。

今回はこうした観点で、ペアンを隠し通すためには「いつ」「誰を」「どのように」懐柔すべきかをマニアックに考えてみたいと思います。

「ドラマの余韻に浸りたい」「真面目に分析されては興ざめ」という方は読まない方が無難ですよ。

 

ペアンを隠し通すのはドラマの方が大変

結論から言えば、あらゆる部署に丁寧に根回しをすれば、ペアンを隠し通すことは理論的には可能です。

しかし、かなり大変なことは間違いありません。

まずその原因の一つとして、原作では直腸手術だったものを、ドラマでは心臓手術に術式を変えてしまった、ということが挙げられます。

原作では、直腸手術後の「腹部レントゲン写真」にペアンが写っていたのに対し、ドラマでは心臓手術後なので胸部レントゲン写真」にペアンが写っています

 

病院では、腹部レントゲンの撮影機会は、胸部レントゲンに比べると遥かに少ないです。

お腹の手術を行う予定の人ですら、腹部CTは撮影しても、腹部レントゲンを撮らないことはよくあります。

腹部レントゲンの使用目的は限定的だからです(いくつかの目的では必須の検査ですが)。

 

一方、胸部レントゲン検査は、入院時や手術時に原則全ての患者さんが受けます

お腹の手術でも、術前の胸部レントゲンの撮影は必須ですが、腹部レントゲンは必須ではありません。

ほとんどの病院はそういうルールになっています。

なぜでしょうか?

 

胸部レントゲンで入院前や手術前に確認しなければならないポイントがたくさんあるからです。

例えば、ブラックペアンで出てきたような緊急手術前の検査を例に挙げるなら、

・麻酔科医が人工呼吸管理をするために肺や気管の状態を知るため

・術後に何らかの呼吸器合併症が起こった際に、「術前の状態がどうだったか」を知るための比較対象にするため

・結核など、入院時に隔離が必要な呼吸器感染症がないかを確認するため

・前回の手術後、あるいは退院時のレントゲンと比較するため

など、挙げればきりがないくらい多くの目的があります。

 

また、みなさんは職場や学校の健康診断で、胸部レントゲンを何度も撮影された機会があるはずです。

胸部レントゲンは、健診目的でも得られる情報が多いからです。

 

では、腹部レントゲン写真を撮影されたことはあるでしょうか?

ほとんどの方はないはずです。

腹部レントゲンに比べると、胸部レントゲンの撮影回数は、それはもう圧倒的に多いのです

よって、「ペアンはお腹に残すより胸に残す方が遥かにレントゲン写真でバレやすい」という危険性があります。

これがまず大きな障壁です。

 

よって、胸部レントゲン写真(もちろん他の胸の画像検査も)を撮影される可能性をしらみつぶしに検討し、その撮影に関わる人員に秘密を共有しておく必要があります

具体的にはどうすべきか、順に見ていきましょう。

 

緊急手術前の隠蔽

まずは、ストーリーをもう一度振り返ってみましょう。

佐伯は、手術中に胸の中にペアンを残してそのまま閉胸し、患者さん(飯沼達次)にはそのことを黙っていました。

ところが、佐伯が海外出張中に、東城大病院に飯沼が急変して搬送されてしまいます

佐伯不在のため、飯沼の手術を渡海の父、一郎が行いました。

 

一郎は手術中に胸の中のペアンを見つけますが、手術が行われたことを聞きつけた佐伯は慌てて東城大病院に電報を送り、見て見ぬ振りをするよう一郎に指示。

一郎はこれを受け入れ、ペアンを残したままにします。

ところが、術後のレントゲン写真を一郎が見ているのを黒崎が目撃。

一郎のミスと誤解し、これを院内で表沙汰にしてしまいました。

一郎は罪を被って東城大を追われ、この医療過誤はうやむやになり、そのまま飯沼にも隠された状態で何年もの時間が経過することになります

 

さて、まず一つ目の関門となるのは、佐伯の海外出張中の手術前です。

前述の通り、必ず術前に胸のレントゲン写真を撮ります

そこで、レントゲンを撮影する放射線技師を懐柔する必要があります

 

レントゲン写真を撮るのは医師ではなく放射線技師ですが、撮影時に必ず目的の範囲が撮影されているか、画面を確認します。

ずれていたり、上下左右が欠けていたりすると撮り直しになるからです。

ここでペアンが写ってしまうので、これがスルーされなくてはなりません

予期せぬ救急搬送ですから、その日にどの技師がレントゲン撮影のシフトに入っているかは分かりません

院内の全放射線技師に、患者名とIDを申し送っておき、秘密を共有しておく必要があります。

 

次に、麻酔科医オペ室看護師を懐柔します。

手術時は、オペ室にレントゲン写真を提示して麻酔科医や看護師が写真を確認することが多いです。

その日に誰が緊急手術の当番になっているか分からないため、可能性のある麻酔科医と看護師全員に、レントゲン写真にペアンが写っていても知らぬ顔をするよう申し送る必要があります

 

ただしこの部分は、放射線技師に、体型が似た別の患者のレントゲン写真とすり替えるようお願いする、という方法で乗り切ることも可能です。

慣れた麻酔科医は別人のレントゲンであることを見抜く可能性があるため、体型や骨格だけでなく、肺活量など機能的な面でも酷似した人の画像を用意する必要があります

これはかなり大変かもしれません。

 

さらに、救急搬送であれば、通常救急部を経由するため、術前のレントゲン写真は救急医も見ることになります。

救急医もシフト制なので、全救急医が秘密を知っておく必要があるでしょう。

ただし、ここは特別ルールで「飯沼達次」がやってきたら救急搬送であっても直接外科に通すよう事務方に徹底しておく、という方法も可能です。

むろん、事務員全員がこのことを知っていないと、他の患者さんと同様に救急外来で受け入れてしまい、救急医や救急ナースにバレる可能性があります

 

飯沼本人が秘密を知っていれば、救急車を呼ばずに別の入り口から特別に受診してもらえますが、如何せん「本人にも隠されている」という難しさがあります。

本人が疑問を抱かない形で特別扱いする必要があるわけです。

 

これらの関門を乗り越えて初めて、「手術室で一郎が手術をするまで誰もペアンに気づかない」という状況を作り上げることができます。

さて、ここからはさらに大変です。

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手術後の数年間の隠蔽

この緊急手術を乗り切れたとしても、これ以後永久に気を抜くことはできません。

油断すると、飯沼は他の病院や健康診断で胸部レントゲンを撮られてしまうかもしれません

そこで、東城大病院以外の医療機関は一切受診しないよう本人に指示します

職場の健康診断も禁止です。

 

もちろん、飯沼が東城大病院の外科以外の科を受診する可能性もあります。

皮膚にブツブツができれば皮膚科に行くし、耳が痛くなれば耳鼻科に行くでしょう。

入院が必要な病状だった時、秘密を知らない他科の医師が胸部レントゲンを撮ってしまう可能性があります

かと言って、全科の医師で秘密を共有するのは事実上不可能です

大きな病院では、外来だけ担当する非常勤医が1度だけやってくることもあるし、年度内での人員の入れ換わりも激しいためです。

 

よって、外来受診時はどんな症状でも必ず最初に外科を受診する、というルールを本人に徹底するか、放射線技師のレントゲン写真すり替えで乗り切るしかありません。

現在は電子カルテなので、別人の写真をこっそりアップロードすることになります。

もちろん放射線部でも新しい放射線技師が次々入職してくるので、部署内でこの秘密を脈々と申し送り続ける必要があります

片時も油断はできません。

 

また、胸部レントゲンだけでなく、胸部CT撮影時も注意が必要です。

ほぼ全てのCTは放射線診断医が読影(画像を見て診断レポートを書くこと)します。

撮影する瞬間に、横で放射線診断医が見ていることもあるので、彼らにも秘密を共有しておく必要があるでしょう。

MRIに至っては、体内に金属が入っていると撮影できないため、本人に怪しまれない形で「MRIが撮れない理由」を捏造して本人に説明し、納得させる必要があります

 

あるいは、

「飯沼達次が来たら、画像検査は全て外科医が行う」

というルールを徹底し、検査時に放射線技師がタッチしないようにしても良いのですが、それを実現させるには、さすがにこの事実を知っている外科医が少なすぎます。

佐伯や黒崎が手術中や休暇中に飯沼がやってくるかもしれません。

少なくともフットワークの軽い雑用係の若手数人にこの秘密を知らせ、突然の画像検査に対応できるよう24時間常に誰かが待機しておく必要があるでしょう

 

これだけしっかり準備しなくては、術後長年にわたっての隠蔽は不可能です。

もちろん秘密を共有した人の中に正義感の強いスタッフがいて、内部告発でもされようものなら、積み上げて来た努力は水の泡。

秘密は広く共有されればされるほど守り続けるのが難しい、というのは世の常です。

なかなか難しいものです。

 

病院では、部署ごとに業務がかなり細かく専門分化しています。

一人の患者さんが病院を受診し、入院し、手術を受けて退院する間には、おびただしい数の部署のスタッフが関わります

これだけの人たちの協力が得られて初めて、一人の患者さんに適切な医療が提供されるということです。

何らかの過誤を隠蔽したいと思っても、その実現はあまりにも困難だということはお分かりいただけたかと思います。

 

この記事は、ドラマへのツッコミというより、単純に病院の仕組みをわかっていただく意図で書きました。

これからみなさんが病院に関わる上で、少しはお役に立てる情報をお届けできたのではないでしょうか?