ブラックペアン第7話が終わり、いよいよクライマックスに向けて盛り上がってきました。
様々な方面から批判があったり、色々な方が厳しいコメントをされていますが、平均視聴率は13%と堅調なようです。
ところで、ブラックペアンで毎週のように描かれる手術シーン。
あれはどのくらいリアルだと思いますか?
ブラックペアンの手術シーンに関して私は先日、こんなツイートをしました。
#ブラックペアン の手術シーン
渡海先生の手術する姿ってすごくリアルですよ
特にトーン落とした指示
「メッツェン用意してー」からの「はいメッツェン」とかすごい
「もっと奥ー」
「あんまり引っ張りすぎんなよー」
めっちゃリアル
なのに横で高階先生が血吸われて倒れそうになってるの見ると文字数 pic.twitter.com/zrZdhct7t8— 武矢けいゆう@外科医の視点 (@keiyou30) 2018年5月28日
俳優さんたちは皆さん実際に手術を見学され、手術中のリアルな空気感を丁寧に作り上げています。
「お前の退職金1000万でもみ消してやるよ」というあり得ない設定はともかく、「手術の雰囲気」という点では、かなりリアルに作り込まれています。
先日私が「ドラマ「ブラックペアン」はなぜ批判されてしまうのか?」の記事で書いたように、ブラックペアンは、高いリアリティと「ぶっ飛んだフィクション」が混在しています。
そのせいで、後者を「不謹慎」と捉える多くの人から批判的な意見が集まる仕組みになっています。
しかし、きっちりリアリティを作り上げた努力まで軽視されてしまうのはもったいないと感じます。
このブログの中でも、手術シーンについての解説記事は毎回非常に人気があります。
今回は、今まで以上にマニアックに、ブラックペアンの手術シーンを分析してみようと思います。
上のツイート内の写真をもう一度、じっくり見てみてください。
手術シーンを徹底分析
手術の適応や、手術中に起こるトラブルなどの医学的な整合性に関しては「支離滅裂」なこともあるくらいリアルではありません。
しかし、リアルなのは手術中の「雰囲気」です。
先ほどの写真は、本物の手術中と言っても疑わないくらい絶妙なワンシーンを捉えています。
どんなところが本物っぽいか、豆知識的に紹介してみます。
麻酔科医の姿
まず、写真の中の麻酔科医を見てみてください。
患者さんの頭側、写真の一番奥に立って、左側を向いている人です。
まさしく麻酔科医然とした立ち居振る舞いで、体の向きや立ち方、立つ位置を細かく指導されているのが私たちには分かります。
写真では、麻酔科医は立ち上がってやや斜め後ろにあるモニターを見ています。
患者さんの状態に何らかの変化が起きる可能性がある時は、麻酔科医はこのように立ち上がり、患者さんの頭に近づいて術野をのぞき込んだり、モニターを見たりを繰り返します。
ドラマ中は麻酔科医をほとんど気に留めないかもしれませんが、実は非常にリアルな動きをしています。
実際の麻酔科医の術中の動きをかなり丁寧に模倣しているのでしょう。
第二助手の姿
次に右手前の外科医を見てください。
この位置にいる外科医は第二助手です。
他の外科医に比べて、一段と顎を引いていますね。
なぜだと思いますか?
ここに写っている外科医は全員ルーペをかけていますが、ルーペは焦点の合う距離の範囲が狭いため、第二助手の位置からだとルーペを通して術野を見ることができません。
遠すぎてぼやけるからです。
そこで、この第二助手はこのように少し顎を引き、ルーペを通さずに上目づかいでルーペの上のグラスから肉眼で術野を見ています。
ルーペを通して見る時の視線はオレンジ色、ルーペを通さずに見る時は黄色です。
(ドラマではレンズ部分を上下できるタイプが使用されていますが、このようにレンズに固定されているタイプも多いです。普段メガネをかける人は、グラス部分に度を入れています)
これが第二助手のよくある姿です。
それならルーペをかける必要がないのでは?
と思う人がいるかもしれませんね。
この時点ではこの外科医は第二助手の位置にいるだけで、いつ第一助手の位置に移動することになるか分かりません。
渡海に「あとやっといて」と言われた後は、第一助手の位置で術野をルーペで見ながら手術をすることになるでしょう。
そこで、いつルーペが必要になるかわからない時は、全員がルーペをかけて手術に入るのが一般的です。
清潔な手袋、ガウンをつけた状態になってしまうと、途中でルーペをかけることができないからです。
ちなみに、執刀医や第一助手も、ルーペを通さずに周りを見なくてはならない場面はよくあります。
たとえば、手術中にエコーの画面を見たり、術前に撮影した画像を見たりする時です。
ルーペを通すと全く焦点が合わず、画面を確認することはできません。
こういう場面では外科医全員が顎を引いて上目遣いになる、という、まるでコントのような現象が起こるわけです。
執刀医と第一助手
執刀医の位置(向かって左)にいるのは渡海です。
第一助手は、研修医の世良です。
二宮和也さんの身長は168cm、竹内涼真さんの身長は185cmなので、二人の身長差は17cmもあります。
実はこのように、手術に同時に入る外科医の身長差が大きいと結構不便です。
手術台の高さは調整可能なのですが、当然ながら誰かの身長に手術台を合わせるしかありません。
そこで原則、執刀医の背の高さに合わせることになります。
手術台の高さには好みがあり、高めが好きな人、低めが好きな人がいます。
私はやや高めが好きですが、おおむね自分のヘソのあたりが、快適に手を動かせる高さです。
ところが、執刀医の好みの高さに合わせても、第一助手、第二助手が快適な高さにはなりません。
身長が低い人は足台に登ればいいですが、高い人は床に穴を掘るわけにはいきません。
竹内さんのように高身長の人は、こうして若手の頃に助手を何度も経験して前かがみを繰り返し、腰を痛めてしまうことが多いのです。
私の後輩に190センチの外科医がいますが、例にもれず腰痛に苦しみ、執刀医が台に乗る、という異例の対応をしたこともあります。
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糸結びの実際は?
二宮さんを始め、俳優さんたちは器具の動かし方や糸結びをかなり練習されているらしく、確かに非常に上手です。
特に二宮さんは、回を追うごとに手の動きが上達しており、シーンによっては素人とは思えない手つきになっています。
まさに努力の賜物と言えます。
ただ、ブラックペアンを見ていると、手術シーンを上手に見せるためにもう一つ大きなテクニックが使われていることに気づきます。
手のアップのシーンを長く写さず、あえて引きの画像や顔のアップなど細かいカットを入れることで、スピード感を表現しつつ「素人っぽく見える瞬間」をうまくカットしているのです。
たとえば糸結びです。
糸結びは外科医にとっては基本的な動作です。
しかしこの基本動作でも、実際に手袋をつけた状態でスムーズに糸結びができるまでには、短くても5年くらいの実践は必要です。
俳優さんたちがいかに練習しても、さすがにこのレベルまでは到達できません。
そこで、手術シーンをうまく編集する必要が出てきます。
以下は、私の以前のツイートです。
渡海先生の糸結び、やってみました。
女結びという、一番シンプルな方法です。
わかりにくいですが…#ブラックペアン pic.twitter.com/b0rZ8G05cl— けいゆう@外科医の視点 (@keiyou30) 2018年4月23日
ブラックペアンでよく行われる「女結び」という方法は、このように、
「左手を返して片手で糸を結び、右手の人差し指で結び目を送る」
という動きをします。
ブラックペアンでは長い糸を使うことが多いため、ここに右手で糸をたぐる動作が加わります。
ブラックペアンの手術シーンでのポイントは、この「左手を返す瞬間」を全てカットしているところです。
実戦経験のない人の糸結びは、ここが必ずぎこちなくなるからです。
手のひらを返す瞬間が写りそうになったタイミングで、必ず引きの映像に切り替わったり、顔が映ったりします。
そして右手で結び目を押し込む瞬間はきっちり見せてくれます。
手術のリアリティを追求するための、非常に繊細な編集です。
ちなみに、ここを全て見せてしまったのが「A LIFE」です。
「A LIFE」でも糸結びシーンは重要な扱いだったのですが、特に意識的に編集されているわけではないため、何となくぎこちない動きになっています。
もちろんほとんどの人は気づかないので、これでも全く問題はないでしょう。
しかし、ブラックペアンの手術シーンがこのくらい細かく意識して編集されていることは、知っておくと面白いと思います。
むろんこれは俳優さんの努力あってこそです。
俳優さんが努力され、より本物に近づくこと、そしてさらにここに巧妙な画像編集が加わることで、よりリアルさが生まれていると言えるでしょう。
というわけで今回は、ブラックペアンの手術シーンを外科医の視点で解説してみました。
マニアックすぎる内容でしたが、イメージは伝わったでしょうか?
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ルーペについてはこちらでも解説しています。