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ブラックペアン第6話感想|家族の手術を外科医にさせないトンデモ病院

ドラマはフィクション、現実とかけ離れていても良い

これは私がこれまで何度も書いてきたことである。

だが、私は医師という立場上、あまりに正確性を欠いた演出は患者さんに誤解を与えるため避けてほしい、というのは変わらない本音だ。

ブラックペアンもこれまでそういう観点で、エンターテイメントであることは理解しつつ学べる医療の知識を紹介することにしている。

加速度的にトンデモ化していくブラックペアンを見て、

「本当にここまで現実と乖離していいのだろうか?」

と極度に不安になっても、である。

 

今回もなかなか非現実的な設定は多かった。

3次救命救急センターばりに同時多発外傷患者を一挙に受け入れ可能なのに、センター専属の救急医はいないらしく、なぜか心臓外科医が次々と対応を余儀なくされる。

この際、「A型Rhマイナス」の赤血球製剤を多量に使用したため、同製剤が不足。

のちの渡海の母親の手術の際、待合室を医師が駆けずり回って、

「A型Rhマイナスの方いらっしゃいませんか?」

と叫ぶ、大昔の医療現場を彷彿とさせる展開

 

最後は高階がフラフラになりながら、

「(私の血液を)いくらでも使ってください!」

「高階先生、これ以上はもう!」

「続けてくれ!」

と血液を抜かれている姿を痛々しい思いで見ていると、「一体これは何の罰ゲームなのか」と思えてしまう。

 

むろん、これは「知らなければ楽しめる範囲」なのだろう。

ただし、今回も念のため実際の対応についていつも通り解説しておきたいと思う。

 

今回のあらすじ

東城大病院に、渡海の母、春江が緊急入院する。

心房内の腫瘍、左房粘液腫の緊急手術が必要とされたからだ。

ちょうどその時、息子である渡海(二宮和也)は別の緊急手術中

手が空いていた黒崎(橋本さとし)が、なぜか渡海に報告せずにこっそり執刀する。

 

ところが、手術後の検査で肺静脈に腫瘍の取り残しが発覚

自分の知らないところで母を手術され、しかも残存腫瘍のため再手術が必要になったことを知った渡海は激怒する。

東城大病院には、過去に家族のオペを執刀し、事故が立て続けに起こった事例があって以来、「家族のオペはしてはならない」という不思議なルールが存在する。

信じがたいことに、この難しい再手術をエース渡海は執刀できないのだ。

 

そこにテクノロジーの申し子、高階(小泉孝太郎)が、現在治験が始まったばかりの「国産ダーウィン」こと、手術支援ロボット「カエサル」での手術を提案。

治験第1号にもかかわらず、いつもの調子でイレギュラーな手術をぶち込んでしまう

しかも高階は主治医でもないのに病室に忍び込み、初対面の春江から治験参加の同意書をこっそり取得する。

 

高階はいつの間にかトレーニングを積んでいたらしく、2D映像の「ダーウィン劣化コピー」を巧みに操って「成功だ!」と高らかに宣言すると、いつものように大出血

すぐさま開胸かと思いきや、なぜかカエサルにこだわる高階に業を煮やした渡海が、処分覚悟で登場。

東城大のルールに背いてリカバリー手術を開始する。

ところが、日中の緊急手術で大量の血液製剤を使ったせいで、春江の血液型に合う「A型Rhマイナス」製剤がどうしても足りない

医師らは病院内を駆け回ってA型Rhマイナスの人を探すことになる。

だが幸運にも高階自身が「A型Rhマイナス」であり、高階の血液を大量に抜いて血液製剤を急いで製造。

窮地を乗り切ったのであった。

 

家族のオペは自分でやるのが普通

まず、「外科医は家族のオペができない」というのは、「A LIFE」でも当たり前の事実のように扱われたが、実際にはあり得ないためそろそろやめた方が良いと私は思う。

通常、自分の専門であれば、家族は自分がオペをすることを第一に検討する

私の周りにも、自分の親や親類を手術した人は普通にいるし、「訴訟の心配がないから安心して手術できる」という冗談まで言う外科医もいる(半分以上は本音だと思うが)。

私も自分の家族なら、他の人に手術されるより自分でやる方が断然良い。

 

相手が家族であろうと誰であろうと、シーツをかぶってしまえばやるべきことは同じ。

東城大病院で家族のオペで事故が起きたというのなら、それは単なる本人の力不足であろう。

この原因を「相手が家族であったこと」に求めてはならない。

百歩譲って、その事故を起こした外科医のみ手術を控えるルールを作るなら分かるが、これを全外科医に適用するのは奇妙である

そもそも外科医の心理に要因があるなら、相手が超VIPで問題が起こればVIPの手術は禁止、金銭的利害関係のある相手は禁止、などルールを量産しなくてはならなくなる。

 

では、今回のようなことが起これば実際にはどうするか?

ドラマの揚げ足をとるようで大変申し訳ないが、正確な知識として説明しておきたいと思う。

 

まず、息子が緊急手術中だからといって、母親の手術を同じ病院で働く息子への連絡なしに行うということは、100%あり得ない

まず手術室に誰かが走り、

「渡海先生、お母さんが搬送されました」

と病状を正確に説明する。

その間、渡海は手術の手を止めなくても、話を聞いていれば良い。

そして本当に緊急手術が必要なら(左房粘液腫による一過性の失神で搬送後すぐ緊急手術、というのが適切なプロセスなのか疑問だが)、

続きは他の医師に任せて渡海がオペに入るか、一旦黒崎にオペを始めてもらい、終わり次第合流するか

を渡海が決めれば良い。

 

何せ、渡海の実母の緊急手術なのだ

もし何か問題でも起これば、黒崎は一生涯、渡海にわだかまりを背負って生きることになる

この状況で同じフロアで手術している渡海に連絡せずに手術を行う黒崎の感覚は、もはや理解を超えている。

 

そもそも渡海の母は、幸運にも息子が働いている病院に搬送されている。

しかも息子は、東城大病院の、いや全国有数の心臓外科医のエース。

普通に考えて、執刀医は渡海以外にあり得ない

100パーセント渡海がやるべき。

それ以外の選択肢はない

今回、これだけは強く主張しておきたいところである。

むろん、「家族のオペ禁止」というルールができた理由や、このルールの異様な強制力に抵抗がなかった人は違和感がなかったのかもしれないが・・・。

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原則、家族や他人の血液は輸血しない

原則、家族や他人の血液を輸血することはなく、日本赤十字社血液センターから搬送される献血から作られた血液製剤を使用する(離島や僻地などまれな例外を除く)。

これについては、私は「家族の血液はなぜ輸血できない?緊急度、クロスマッチの意味とは?」で一度記事にまとめているので、読んだ方は重複する内容である。

 

確かに大昔、家族の血液や他人の血液を集め、輸血していた時代がある。

しかし現在は、献血で集めた血液が、何段階ものプロセスを経てようやく血液製剤として市場に出回る仕組みになっている。

このプロセスは非常に複雑であり、何重ものセキュリティをくぐり抜けた血液だけが製剤になると考えて良い

日本赤十字社のホームページから、その過程を拝借しておく。

この図だけでは分かりにくいので、重要な部分を簡単に書いておく。

これは今回、高階が体を張って抜いた血液が、渡海の母、春江に投与されるまでに行われたはずのプロセスとお考えいただきたい。

 

まず採取した血液から白血球を除去し、赤血球と血小板と血漿(血球以外の液体成分)の各成分に分ける

血液感染を起こすようなウイルス(HIVや肝炎ウイルスなど)や、細菌の混入がないかを精密に検査する。

特にウイルスは本人が気づかないうちに持っていることがある。

HIVやB型、C型肝炎など、感染していても全くの無症状であるウイルス感染は多くあるからである

もし感染が疑わしければ、血液製剤として使用はできない(本人がたとえ「私には感染がない」と言ってもきっちり検査する)。

 

また、製剤に放射線照射を行うことも大切だ。

放射線照射の目的は、血液製剤の中に残った白血球(リンパ球)の増殖する力を奪うことである。

前述の通り、白血球は最初に大部分は除去されるのだが、ゼロにすることはできない。

血液中にあるリンパ球は、本来体外からやってきた細菌やウイルスなどの異物をやっつける免疫機能を担っている。

これを他人の体に入れてしまうと、体の中でこのリンパ球が増殖し、その体の成分を異物と認識して攻撃することになる

こうして全身で起こる重篤な反応を、GVHD(移植片対宿主病)と呼ぶ。

放射線照射は、このGVHDを防ぐのが目的だ。

 

ちなみに臓器移植後の「拒絶反応」は、移植した臓器を体が異物とみなして攻撃してしまうことだ。

一方GVHDは、投与した血液中のリンパ球が、投与された方を攻撃するため、拒絶反応とは「逆の反応」が起こっていることになる。

これだけ十分な処理を経て、石橋を何度も叩いて、ようやく患者さんに投与できることを考えると、

「私の血液を今すぐ使ってください」

という事態が医療現場では起こり得ないことはお分かりいただけるかと思う。

 

「血液製剤が今すぐ必要!」となったまさにその緊急事態の最中に、

「高階がフラフラになりながら横で献血に参加している」

という状況はむしろ「滑稽」と言わざるを得ない。

いくら高階が毎度大風呂敷を広げて失敗ばかりするダメ外科医だからといって、この罰ゲームは可哀想すぎる

 

そもそも、このようなまれな血液型の場合、血液センターや輸血部が緊急時に何単位用意できるかは術前に把握して外科医と麻酔科医に伝えている

出血してから大慌て、とはあまりにお粗末と言える。

また人工心肺を使用していれば出血はすべて回収されており、輸血自体が必要だったのか、という疑問もあるのだが、これについては人工心肺下での手術は全くの門外漢である私が突っ込みを入れるのは控えておく。

 

二宮さんと内野さんの凄まじい演技力のぶつかり合いはすごく見応えがあるだけに、ほんのもう少しだけで良いので、医学的な整合性を高めていただければと思わざるを得ない。

ここに書いた内容について、「全く知らなかったので楽しめた」という方には興ざめさせてしまうことになって大変申し訳なく思う。

正確な情報を伝えることが私のこのブログの仕事であるので、優しくご容赦いただければと思いつつ、第6話の感想はここまでとしておく。

<追記>

心臓外科医の先生より、

左房粘液腫→「渡海の手術が終わるまでのんびり待っても患者は余裕でもちます」

残存腫瘍の摘出→「術直後なので、そのまま胸を開けて、そのまま同じ左房切開を再度開いて、下手すると1時間くらいで終わる、本当に簡単な手術」

と専門的見解をいただきました。