ブラックペアン第7話は、おそらくこれまでで最も手術シーンが少なかった。
しかし、登場人物を取り巻く様々な人間模様や、彼らが繰り広げる迫真の演技合戦は非常に見応えがあり、画面から一度も目が離せない。
「手術シーンが少ないほど面白い」というのは皮肉だが、それもそのはず、そもそもブラックペアンの俳優陣は圧倒的な演技派揃い。
このくらいの人間ドラマを見せつけられると、ドラマや映画好きの私としては最高に楽しめる。
おまけに渡海役の二宮和也さんは、回を追うごとに手術シーンでの技術面に磨きがかかっており、縫合の動きや糸結びの手付きが進化している。
今回のようにあまり冗長でない手術シーンだと、なおスマートでカッコ良い。
話題の治験コーディネーターも、患者さんを救うために苦悩するような人間味あふれる姿に変わる。
つい先日挑むような表情で、
「一流同士の喧嘩だなんてゾクゾクするじゃないですか」
と言っていたのが嘘のよう。
そもそもこれまでの役柄は、加藤綾子さんの女優としての良さを全て殺していたのでは?、とすら思えてくる。
以上のことを考えても、おそらく今回はこれまでで最も面白かったと個人的には思う。
一方で医療に関するシーンが少ないと、当然解説するネタがない。
このまま「面白かった」でこの記事を終わるわけにはいかないので、いつも通り「ちょっとためになる話」を見つけ出して書いてみようと思う。
看護師に罪をなすりつける病院
今回は、看護師に罪をなすりつける事件が大量発生する。
まず1件目は、治験コーディネーターである木下(加藤綾子)の過去。
当時オペ室看護師だった木下は、手術中に執刀医のミスで起こった医療過誤の責任をなすりつけられ、退職にまで追いやられる。
そして2件目は、黒崎(橋本さとし)の指示で、ペニシリンアレルギーの患者に危うくペニシリンを投与しそうになる、というインシデントが発生。
これを、指示を受けた看護師のミスであるとして片付けようとする。
そして最後は、東城大病院の患者データを院長の指示で帝華大に漏洩した看護師が責められる。
医療ドラマでは、看護師が医師の奴隷のごとく扱われ、医師の立場が異様に強く描かれることが多い。
現実には当然ながら、今回のようなケースであれば全て医師の責任である(3件目は言うまでもないが)。
たとえば今回のペニシリンのような薬剤投与指示。
黒崎は看護師に口頭で、
「山本さんにヘパリンとペニシリンを投与しておくように」
と指示するのだが、もちろん現実であれば、
「わかりました、じゃあ先生ちゃんとオーダーしといてくださいね」
と返される。
オーダーというのは、カルテ上で医師が指示を正確に入力し、看護師側へ提出することだ。
例えばペニシリンであれば、
1回何グラム投与するか?
1日何回投与するか?
生理食塩水何mlに溶かすか?
といった細かい項目を正確に入力する。
誰が何時にどんなオーダーをしたか、全ての記録は残るので、万一アレルギーのある患者さんに誤ってペニシリンを投与したケースでは、黒崎のオーダーミスであるとすぐに分かる。
責任逃れはもちろんできない。
電子カルテはこうした医療行為が全てデータで記録されるというのが一つの利点である。
今回ドラマを見て、
「私は薬剤アレルギーがある!担当がこんな医者だったらどうしよう」
と思った方がいるかもしれないが(ペニシリンアレルギーの人は実際それなりにいる)、担当が黒崎のような「おっちょこちょい」であっても心配はご無用。
電子カルテシステムにはアレルギー入力画面があり、全ての患者さんのアレルギー情報が登録されている。
万一アレルギーを持つ薬が入力されると、画面上にアラートが表示され、オーダーできない。
電子カルテシステムは、こうした人為的なエラーを予防できることも利点の一つである。
ちなみに、こうしたシステムをもすり抜けて、今回のように患者さんにペニシリンが繋がれ、投与される寸前で気づかれた、というケースがあれば、即座に関与した人間がインシデントレポートとしてこの事例を報告する。
一般的には、電子カルテに事故報告専用のソフトウェアが入っていて、そこに事故発生日や状況などを打ち込めるようになっている。
大切なのは、これが事故の再発予防を目的とした情報収集であり、個人の責任を追及するものではないということだ。
これが大前提にあるからこそ、当事者らは正確に状況を報告できる。
今回のようなケースでも、当事者らを集めて責任の所在を明らかにするのではなく、決まった手順でインシデント報告するのが現実である。
余談だが、東城大病院の患者データを帝華大病院に送るという行為の見返りが、「肺がんの父親の特別個室入院」というのはあまり割に合わない。
確かに病院によっては一泊数十万円という素晴らしい特別個室もあるが、特別な医療が受けられるわけではない。
特別個室は病棟の中心部から離れた位置にあったり、別のフロアに用意されているところもある。
医療スタッフが他の部屋の人と違った動線で動くのはリスク、と考え、お金持ちでも特別個室を望まない患者さんは多くいる。
もちろん居心地が良いというのは心理的にもメリットは大きいが、個人情報漏洩という犯罪行為に手を染める対価としては随分安いと言えるだろう。
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リアリティある手術シーン
ブラックペアンでの手術中の外科医たちの雰囲気には、当初から非常にリアリティがある。
治験コーディネーターの描写で余計な批判が集まってしまうのがあまりにもったいないと思えるほど、空気感はきっちり作り込んである。
渡海の、声のトーンを落とした指示の出し方や、必要な道具を前もって言っておく姿など、二宮さんは実際の手術を見て相当研究されているのだろうと感じさせる。
私は「ブラックペアンで使われる手術器具を種類別、目的別に徹底解説!」という記事で、
「ペアン。次、メッツェンね」
というように、2手先、3手先までわかっている時は必ず道具名を前もって言っておく、と書いたが、こうした雰囲気もリアルに表現されている。
前回も今回も、「メッツェン用意してー」と言ってメッツェンを用意させ、「はい、メッツェン」と渡海は指示を出す。
さらに今回はもう一つの見所がある。
渡海は帝華大に一時的に所属し、いつものように窮地を救い、結局最後は東城大に帰ってくる。
これは、「渡海が他の病院でもいつも通りに手術ができてしまう凄さ」を表現するためにわざわざ用意された展開とも言える。
帝華大では、当然ながら渡海がいつも使う器具はないし、看護師も渡海の手術に慣れていない。
ガウンもマスクも何もかもが東城大と違う。
最初は必要な器具が全く用意されておらず、渡海は苛立ちを見せる。
これは、「帝華大のオペ室のレベルが低い」という意図の描写ではない。
「他の病院の外科医が突然やってきたら、このくらいオペ室も外科医も困る」という意図の描写である。
私たち外科医は、「他の病院に行って手術をしろ」と突然言われると非常に苦労する。
病院によって使っている器具や糸が全く違うし、細かいルールもあまりに違うからだ。
私が以前勤務していた病院で、新しい術式を取り入れるため、他の病院から医師を呼んだことがある(もちろん患者さん同意の上)。
この際、事前にその医師から必要な器具のリストを送ってもらい、ないものはメーカーから取り寄せ、手術前にじっくり時間をかけて看護師と器具の置く場所や使う器具の順番などを入念に打ち合わせた。
このくらい準備してもなお、その医師が手術中に多少のストレスを感じながら手術をするのが普通だ。
そのくらい、外科医が他の病院でスムーズな手術をすることは難しい。
渡海が帝華大の手術室で、最終的にはいつも通り手術をやってのけたのは、実は極めてアクロバティックなことなのである。
というわけで今回は、いつもの「うざいツッコミ」は封印。
ブラックペアンの良さをじっくり解説してみた。
いよいよ今後に期待である。
第8話の解説はこちら!