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小林麻央さん逝去に思う、30代の乳がん検診は必要なのか

小林麻央さんが23日夜、乳がんのため亡くなった。

34歳という若さだった。

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麻央さん逝去のニュースに多くの人が悲しみを覚えると同時に、がんという病気に対する恐怖もまた、大きく膨れ上がったのではないかと思う。

私はがんを専門に治療する外科医として、この「極度のがんへの恐怖」の増幅が、あまり良い効果をもたらさないことを身を以て知っている。

 

30歳代の癌での死亡は、確率論的に考えて極めて「まれ」なことである。

ほとんどの癌は高齢者の病気だからだ。

国立がん研究センターの、癌の年齢階級別死亡率を見ると、30-34歳の死亡率は対人口10 万人あたりわずかに9.1(0.009%)である。(国立がん研究センターがん情報サービスのグラフを参照)

 

麻央さんのように有名な方が亡くなると、いつも一大ニュースとしてメディアが取り上げるのだが、今回は医学的に見ればきわめてまれな現象が起こったことになる。

だからニュースになる、とも言える。

そしてこうしたニュースは、意図せず全国民を震え上がらせてしまう。

だが、あくまで私が医師として重要と考えるのは、起こる確率が低い病気ほど「適切に恐れる」べきだということだ。

 

乳がんを適切に恐れるということ

たとえば、このニュースを見て「自分も乳がんかもしれない」とさっそく病院に駆け込む20〜30歳代の方がいるかもしれない。

だが一般に乳がん検診が推奨されているのは40歳以上の方である。

20〜30歳代の方は、自分で乳房を見て触って異常がないかをチェックする自己検診の習慣が最も大切だとされており、マンモグラフィーなどの画像検診は推奨されていない

この年代での乳がんの発症率が低いことに加え、若い方は乳腺濃度が高く、マンモグラフィーでの検診の有効性が低いことが理由として挙げられている。

超音波検査もまた効果を証明するデータはない。

これらの年代で仮に乳がんがあったとしても、画像によって正しく見つけられる可能性は低い。

 

それだけではない。

 

罹患率が低いために、検診では偽陽性のリスクが非常に高くなる。

偽陽性とは、「実際には乳がんではないのに乳がんを疑われる」ことを指す。

「検査前確率」、すなわち「検査を受ける前に、年齢や患者背景から推測される、病気を持っている確率」が低いときは偽陽性が多くなる、というのは疫学の分野では常識である。

偽陽性の場合、本来不要なはずの精密検査(太い針を乳房に刺して生検をしたり、画像検査を追加したりする)を強いられることになる。

そして「自分は乳がんかもしれない」という無用な精神的負担を背負わなければならない。(もちろん遺伝的要因で乳がんの検査前確率が高い方は例外である)

 

もっと大きな欠点もある。

それは、偽陰性であったときである。

つまり「実際には乳がんがあるのに乳がんではない」と診断されることである。

上記のように正しい知識があれば、「若い人は画像検査で正確に診断することは難しいから、検査結果を盲信せず、セルフチェックを続けよう」となる。

だが、そうでない場合は往々にして「乳がんではなかった、良かった」と安心しきってしまう人が多いのではないかと思う。

これが最も恐ろしい欠点である。

 

以上の理由で、若い人たちにはセルフチェックのみが推奨され、検診は推奨されていないのである。

乳がんを「適切に恐れる」とは、こういうことだ。

 

「病気を恐れる」ということは、それが病気の早期発見や適切な治療につながる場合にこそ、効果的に働く。

そのためには、ことさらに恐れるのではなく、冷静に知識を整理して「適切に恐れる」ことが大切なのだと私は思う。