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ドクターX 5期第5話 感想|脳膿瘍と有鉤嚢虫症を見分けた大門はすごいのか?

ドクターXでは毎回、非常に珍しすぎる病気が登場する。

いつも大門と一緒に頭をひねりながら診断名を考えることで、私も良い勉強になっているくらいだ。

特に今回の有鉤嚢虫症はまれではあるが非常に重要な疾患

造影CTの画像、全身の皮膚所見、そして豚肉の生食、というピースを集めて、「有鉤条虫」による寄生虫感染を導き出した大門の診断力は素晴らしいと感じた。

 

ドラマを見ていて、

虫が脳に感染する?

そんなことあるの!?

そもそも脳膿瘍って?

と疑問に思った方は多いかもしれない。

実は寄生虫感染症は意外に多いため、むしろ私たちにとっては常に忘れてはならない存在でもある。

今回大門を始め東帝大病院の外科医たちは、どのような思考過程で脳腫瘍、脳膿瘍、そして有鉤嚢虫症を考えたのか?

わかりやすく解説してみたいと思う。

 

今回のあらすじ(ネタバレ)

五反田五郎五段は、そのふざけた名前とは裏腹に日本将棋界屈指の若手棋士である。

その五反田がAI棋士であるマングースとの電脳戦の最中に、痙攣を起こして倒れてしまう。

東帝大病院での頭部造影CTで、脳内にリング状の造影効果を呈する円形の病変があることが発覚。

カンファレンスでは原発性脳腫瘍あるいは転移性脳腫瘍との診断が濃厚と考えられたが、それに鳥井(段田安則)が反論。

日本医師倶楽部会長、内神田(草刈正雄)の意向で東帝大病院に導入された最先端人工知能システム「ヒポクラテス」が「脳膿瘍」と診断した、と言うのである。

 

結局、内神田への「忖度」も相まって、脳膿瘍として手術に持ち込もうとする東帝大病院の上層部。

それに対して大門(米倉涼子)は、

「もっと詳しく調べてからでないとオペなんてできるはずないでしょう」

と言ってオペに反対する。

普段は大した検査もせずオペに持ち込む大門だが、なぜか今回は慎重な態度。

当の本人、五反田も、AIとの戦いに勝てなかった手前、AIの診断によって治療を受けることには懐疑的な様子を見せる。

人間にしかない「ひらめき」にAIは敵わない。

そう語る五反田に興味を持った大門は、五反田の好物が豚肉であること、海外で生の豚肉を食べたこと、電脳戦の1ヶ月前から腕と背中の皮膚に小さなコブできていたことを知る。

CT所見、豚の生食、皮膚所見から大門は、有鉤条虫感染による脳有鉤嚢虫症と診断。

いつものように独断で手術を開始し、嚢虫の摘出に成功する。

 

まず、なぜ脳膿瘍なのか?

私たちが受ける医師国家試験には、以下のような定番の頻出問題がある。

以下の疾患のうち、頭部造影CTでリング状の造影効果を示すものとして誤っているものを選べ。

膠芽腫(原発性脳腫瘍)

転移性脳腫瘍

脳膿瘍

脳出血

嚢虫症

(答えは脳出血)

リング状の造影効果とは、まさに今回のドラマで出てきたような画像のことで、円形の病変の輪郭が白く写る所見のこと。

こういう病気はいくつかあるため、可能性のある疾患は順に羅列できるよう学生のうちから勉強しておきなさい、ということだ。

 

このうち比較的頻度が高いのが上の3つ、すなわち原発性脳腫瘍の一つである膠芽腫(神経膠腫)、他の臓器の癌が脳に転移した転移性脳腫瘍、そして脳膿瘍である。

「膿瘍(のうよう)」とは「膿(うみ)のたまり」のこと。

脳膿瘍とはつまり、脳に細菌感染が起こって膿がたまる病気である。

細菌が脳に行き着く経路としては、菌血症(敗血症)によって細菌が血流に乗って脳に回るケースや、副鼻腔炎や中耳炎など、鼻や耳の細菌感染が波及するケースなどがある。

感染症ではあるが血液検査は正常であることも多く、今回の五反田のケースで脳膿瘍を考えるのは自然。

そして、原発性脳腫瘍を挙げた海老名(遠藤憲一)、転移性脳腫瘍を挙げた西山(永山絢斗)の発想も自然だ。

 

そして、この3つの病気のほかにリング状に写る病気として、悪性リンパ腫や多発性硬化症、そして嚢虫症などがある。

ヒポクラテスも、画像診断としてまず頻度の高い上述の3疾患を上位に挙げ、「その他:5パーセント」と言っていたのだから、何も間違ってはいない

皮膚の所見や海外渡航歴、食事の嗜好などをAIに入力しなかった現場の人間が悪いだけの話である。

さて、では今回正解だった嚢虫症とは一体どういう病気なのだろうか?

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有鉤嚢虫症とは?

感染症を起こす病原体には、細菌、ウイルス、寄生虫がある。

その中でも条虫症は忘れてはいけない寄生虫感染症だ。

条虫とは、通称「サナダムシ」とも呼ばれる寄生虫の総称。

中でも有鉤条虫は豚の生肉を食べることで人に感染する

 

有鉤条虫は、

虫卵→六鉤幼虫→有鉤嚢虫→有鉤条虫(成虫)

という流れで成長するが、豚の体内では成虫になることができないため、有鉤嚢虫の状態で豚の筋肉内に存在している

豚肉(豚の筋肉)を食べると、この有鉤嚢虫が人の腸内に入り、ここで成虫である有鉤条虫に成長する

この有鉤条虫のままだと無症状で問題にならないことが多いが、この虫卵が腸管内でふ化して六鉤幼虫となると、これが腸管の壁を通って血管内に侵入し、全身を巡る。

そしてこの六鉤幼虫が脳、筋肉や皮膚、眼球などに移行し、そこで有鉤嚢虫へと成長し、病原性を発揮する。

 

今回の五反田は、腕や背中の皮膚と脳にこの有鉤嚢虫が住み着いた、ということだ。

脳の有鉤嚢虫症は特に重篤で、けいれんや頭痛などを引き起こし、手術によって嚢虫の摘出が必要になる。

まさに、大門の全身診察と問診による適切な診断のおかげで、五反田五郎五段は救われたのである。

 

最後に豆知識とツッコミ

ちなみに今回のストーリーは、実はNHKの「ドクターG」という番組で取り上げられた実在するケースにそっくりである。

様々な病院の研修医が出演し、難しい病気をお互い議論しながら診断する、という番組だ。

ホームページを調べ直してみると、海外での生焼けの豚肉を摂取、腕と背中のコブ、有鉤嚢虫症の診断まで全く同じであった。

監修した医師が参考にしたのだろうが、コブの位置まで同じにすることもなかったろうに、と思わないでもない。

番組でも「国産の豚肉加工品で感染した事例はない」としているが、生の豚肉摂取は肝炎ウイルスやサルモネラ、カンピロバクターなどの食中毒のリスクは高い。

豚肉は中心部まで十分加熱して食べるようにしたい。

 

また、私が「医師の仕事はAIに奪われるのか」の記事でも書いたように、ヒポクラテスのようなAI「ワトソン」はすでに実在している。

今後、診断力そのものにおいては、人間が太刀打ちできなくなる日はそう遠くはないだろう。

 

最後に、脳外科手術まで行う「総合外科」となると、さすがにあまりにも非現実的である。

以前も書いたことがあるが、日本外科学会に所属する外科医は、消化器外科、心臓外科、呼吸器外科、乳腺外科である。

これほど領域のバラバラな外科医たちがなぜ一つにまとめられているのか?

かつては「外科」として一つの科が見ていた名残である。

つまり東帝大病院の総合外科は、大昔の時代の外科ということで理解はできる。

しかし脳外科や整形外科、形成外科など他の外科は昔から独立した存在である。

さすがに脳外科まで総合外科で扱っているとなると訳がわからない。

「A LIFE」にしてもそうだったが、脳外科の扱いはいつも「めちゃくちゃ」である。

 

余談だが、現在外科学会のカバーする領域の大部分は消化器領域で、外科学会専門医試験(筆記試験)でも6割以上の問題が消化器関連である。

この古い制度が未だに生きているせいで、消化器疾患を専門的に診ることのない他の外科医たちが試験前に消化器疾患を勉強させられる、という変な慣習が残っている。

毎年彼らはブーブー文句を言いながら試験勉強している、という裏事情を紹介したところで、今回の解説記事は終わりにしようと思う。