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ドクターX 5期 第8話 感想|私が教えを請いたい大門の肝臓衝突癌手術

ドクターXにおける内神田景信(草刈正雄)という人物は不思議な存在である。

政治家ともパイプを有する医療界のトップに君臨する権力者で、日本有数の大学病院院長である蛭間(西田敏行)ですら頭が上がらない。

その名は病院勤務の若手医師にまで知れ渡っており、病院のエレベーターに乗っているだけで他の医師は同席できないどころか、畏れ多いと言わんばかりに深々と頭を下げる

現実世界にモデルとなりうる存在が全く思い当たらないが、医療ドラマに体制批判を盛り込むためには必須のキャラである。

この人がいなければ、毎度ストーリーは成り立たない。

というわけで今回の第8話は、権力者の「お友達」に対する忖度によって人命すら軽んじられるという、きわめて風刺的なストーリーであった。

なお、テーマは私の専門分野である消化器系。

「谷から壁にする」は私がかつて指導医からよく言われていた言葉であり、大門は教育的な外科医である反面、西山に対する指導は一流外科医とは言いがたいと感じる

なぜそう思うのか?

ストーリーを振り返って解説してみよう。

 

今回のあらすじ(ネタバレ)

元大臣秘書官である八雲が記者会見を開いた。

成林大学病院の補助金不正使用を、厚労省が隠ぺいしてきた事実を告発したのである。

八雲はステージ4Aの肝外発育型肝細胞癌で切除不能と診断されており、人生が残りわずかとなって告発に踏み切ったという。

会見の日にぶつけて八雲が赤ちゃんパブ通いをしていたという事実を雑誌が報じ、メディアと政治の恐ろしい関係に恐れおののく神原(岸部一徳)。

八雲を救うことで東帝大病院の地位を上げたい院長の蛭間は、「失敗しない外科医」大門未知子(米倉涼子)に執刀を依頼。

毎度「大門には任せられない」と騒ぐのが恒例行事の3タカシも、今回ばかりは諸手を挙げて賛成する。

 

ところが東帝大病院に突如、内神田がやってきて事態は急変する。

八雲が告発した人物たちは、内神田の「お友達」

お友達を貶めた内部告発者を救ってもらっては困るというわけだ。

事情を知った蛭間は、執刀医を「失敗しそうな外科医」海老名(遠藤憲一)に変更する。

人命すら軽んじる権力者たちのやりとりに憤慨した若手外科医の西山(永山絢斗)は、自分が内神田のかつての不倫相手の息子であることをメディアに公開する、と内神田を脅す。

西山の望みは、自分が執刀すること。

結局息子が可愛い内神田は、西山の汚点にならないよう大門を助手につけることを指示し、止むを得ず八雲の手術を成功させることにする。

 

いざ手術に臨んだ西山だったが、やはり未熟な技術ゆえ術中に肝静脈の分枝を損傷して大出血

大門は途中で執刀を取り上げ、

「谷から壁にする」

という奥の手を披露し、見事に止血して手術を成功させる。

 

今回私が驚いたのは「谷から壁にする」という大門のセリフである。

私が、腕の良い指導医から肝臓手術の際に口すっぱく言われていた言葉だったからだ。

どういうことか?

わかりやすく解説しよう。

 

大門と西山の「そこそこ」リアルな会話

肝細胞癌自体は第4話でも出てきたので、詳細は第4話の解説を参照していただきたい。

肝外発育型肝細胞癌とは、その名の通り肝臓の辺縁(端っこ)にできた癌が肝臓の外側に向かって発育するタイプの肝細胞癌である。

肝細胞癌の10%と決してまれなものではない。

ただ、肝臓のすぐ外側には門脈や動脈などの血管や、胆嚢、横行結腸(大腸の一部)があるため、ここに容易に浸潤してしまう

今回もこのパターンで、門脈や大腸の合併切除が必要だった。

また今回は胆嚢にも癌があり、肝細胞癌とぶつかって融合する衝突腫瘍(衝突癌)と呼ばれる状態。

したがって肝臓を部分的に切除し、門脈は一部切り取ってつなぎ合わせ(再建)、胆嚢も摘出、横行結腸部分切除も追加する、という術式になったわけだ。

 

ちなみに西山と大門の会話や、手術の進行は「そこそこ」リアルである。

(あくまで「そこそこ」で変なところは多々あるのだが)

「リンパ節郭清はどうするの?」

との大門の質問に対して、

「肝十二指腸間膜内のリンパ節を含め一塊に摘出します」

との西山の答えは正解。

特に胆嚢癌の方がリンパ節転移しやすく、肝臓と十二指腸の間の組織内にあるリンパ節を全て摘出する必要がある。

リンパ節を取り去ることを「郭清(かくせい)」と言う。

 

次に「血流遮断は?」の質問に、

「ブルドックで間欠的に遮断します」

と西山は答える。

「間欠的に」とは「ときどき」という意味だ。

一般に肝臓を切除するときは、肝門部で血流遮断を間欠的に(持続的に行うと肝臓が血流不足になるため、一般に15分ごとに遮断・開放を繰り返す)行う。

肝門部は門脈や動脈が肝臓に入っていく入り口

大きな肝臓の切除の際は、ここを遮断することで根元から出血を制御することができる。

(ブルドック鉗子は血流を遮断する鉗子の一つだがここでは普通は使わない)

 

このあと西山は病院の屋上で大門に、

「血流遮断しても出血がコントロールできない場合ってどう対処すれば良いんでしょうか?」

と聞くが、大門は「聞いてどうするの」と答えを教えてくれない。

実はこれは良い質問で、肝門部で遮断できるのは門脈と動脈だけ

肝臓の内部にある血流はもう一本ある。

肝静脈である。

これだけは肝門部を通らず、肝臓内の血液を集めて頭側から流出する。

 

結果として、西山は術中に肝臓の切離面(切り口)にある肝静脈の枝から出血させてしまう

これがまさに西山が心配していた「(肝門部の)血流遮断でも止められない出血」である。

肝静脈は肝臓の奥にあるため、ここを事前に遮断することは普通は難しい。

したがって肝静脈の出血は、肝切離中に縫合して止血するしかない

 

ところが、切離中にそのV字谷の底で出血すると、うまく縫合ができないため止血が難しい

ここでビギナーの頃は出血を慌てて止めたいばかりに、一生懸命縫いこもうとしてしまう。

大量出血している状況で肝切離をそのまま続行するには勇気がいるが、ここは大門のやった通り、一時的に出血が増えるのを覚悟で切離を続行しなければ結局止血できない

「谷から壁にする」必要があるからだ。

肝臓を切りすすめると、静脈の傷ついた部分が谷底ではなく徐々に壁になってくるため、縫合止血しやすくなるのだ。

「止血縫合しない・・・?」と驚いたように呟いた猪又(陣内孝則)も、このくらいは知っておいてほしいものである。

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若手に執刀させてこそ一流の外科医

手術後に大門は西山に説教をする。

「答え、見つけてなかったでしょ。出血がコントロールできない場合どう対処するか」

完璧じゃないままあんたはオペを始めたの。そんなんで患者を救えるわけないでしょ!

 

言いたいことはわかるのだが、術前に自力でイメージトレーニングするだけで外科医が育つなら誰も苦労しない

例えば出血時の対処など、実際に執刀して出血させてしまった場合、自分の手が止まって恐怖を覚え、そこで執刀を取り上げられて見事な指導医の止血術を見て初めて理解できる技だ。

目の前で後輩に執刀させ、手が止まったらいつでもメスを取り上げる、危なそうなら前からヘルプして手術のクオリティを落とさない

これが先輩外科医としての理想的な姿だと考える。

後進の教育も外科医の大切な仕事

確かに準備は大切だが、「完璧でなければ若手に執刀させない」などと言い続ければ、未来の患者さんを救うことはできない。

 

また、

「失敗しない医者になるためには失敗も必要」

と言う西山を、

「失敗された患者に次はないんだよ。だから医者は失敗しちゃいけないの!」

と叱りつける大門。

「失敗された患者に次はない」はおっしゃる通り。

だが西山が執刀して何か問題があれば、それはうまく指導できなかった大門の責任である。

術前の準備から手術までしっかり指導し、後輩が執刀しても何も問題を起こさせないのが指導医の務めだからだ。

 

「カッコ良いセリフだなぁ!」と感動した方には大変申し訳ないが、

自分が執刀しなければ手術がうまくいかない

後輩には執刀させられない

と言うなら外科医としては半人前

そもそも「場の展開」という重要な仕事を担う前立ち(第一助手)の方が難しい手術などいくらでもある。

大門はたぐい稀なる才能の持ち主なのだから、ぜひ将来性のある西山に執刀させて自分は前立ちに徹し、西山を育ててほしいものである。

これでクオリティを落とさない、いやむしろ自分が前立ちの方がクオリティの高い手術ができる、というくらいが一流の外科医である。