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医療ドラマの「あのシーン」はウソかホントか? vol.5

医療ドラマでよく見るシーンのリアリティを解説するこのシリーズ。

今回も、「医療ドラマあるある」を紹介し、現実とどのくらい違うのかを解説してみましょう。

 

「手術中」のライトはリアル?

医療ドラマでよく、こんなシーンを見ます。

緊急手術が始まったら「手術中」と書かれた赤いランプが点灯

ソファに座ってランプを見つめ、そわそわする家族

「手術中」のランプが消灯し、外科医が手術室から出てくる

「手術は成功です」の外科医の言葉に家族が安堵する

まさに外科系の「医療ドラマあるある」なシーンだと思います。

これは、実際どのくらいリアルなのでしょうか?

 

実は多くの医療従事者はこれを見て、「随分現実と違う」と感じています。

実際、ご家族が全身麻酔手術を受けたことがある方であれば、同じような違和感を覚えるでしょう。

では、何が現実と違うのでしょうか?

 

まず、「手術中」のランプは実在しますが、家族が待つ待合スペースからは見えません

手術室の扉を一歩出ればもう外待合、ということは決してありえないからです

手術室は一般的に、以下のような構造になっています。

矢印は、手術を終えた外科医が家族に説明に行く時に通るルートとお考えください。

 

広い手術部のフロアの中に手術室が複数あり、このフロアの中を外科系の医師や手術に関わる医療スタッフが慌ただしく行き来しています。

廊下には、手術に関わる物品や医療機器が置かれ、手術室内と同様に関係者以外立ち入り禁止です。

つまり、以下の黄色のエリアは、外部の人間は入れないようになっているのです。

手術室の前は、手術フロアの廊下です。

「手術中」ランプが見えないところでしか家族は待つことができません

 

ちなみにこの関係者エリアに入れる非医療者は、原則手術を受ける患者さん本人だけです(医療機器メーカー等の人は除いて)。

このエリアは手術室と直結するので、なるべく清潔な環境にしておく必要があります

よって私たちは、ここに入る前に更衣室で服を着替え、靴を履き替え、病院によっては靴下も履き替える、というのが一般的です。

 

つまり外科系医師の場合は、自宅から私服で家を出て、病院に着いたら病棟用の服(スクラブスーツ+白衣など)に着替え、その後手術がある場合は手術用の服に全身を着替える、という3段階の着替えがあるわけです。

したがって、原則、病棟や外来で着ている白衣で手術フロアに入るのも禁止です。

 

この構造を知っていると、例えば病棟から外科医が白衣で手術室を覗きに来る、といったドラマの描写も、実際にはありえないということが分かるでしょう。

ドラマの世界では、このエリアの区別まで再現する必要はないという観点から、手術室の外が待合スペースと直結している、というフィクションを使っているわけです。

 

VIP個室は本当にある?

医療ドラマではよく、特別個室にVIPが入院する、というシーンがありますね。

これはリアルなのでしょうか?

 

実は現実でも、高額の個室料を払えば広い個室に入院できる病院は普通にあります。

ドラマで見る特別個室はやや広すぎる印象がありますが、裕福な方が個室に入院しているのは、現実にもよく見る光景です。

ただ、ドラマでよく見る、個室にシャーカステン(レントゲンのフィルムを掲げて後ろから照らし出す機器)を持ち込んで病状説明するシーンは、リアルではありません。

近年ではパソコンの画面に映し出して閲覧するのが普通ですので、パソコンを持って行って患者さんに見せる、ということはあります。

これは、個室でも大部屋でも同じです。

 

ちなみに、一般的な病棟では、4人部屋や6人部屋といった大部屋と、1人用の個室が用意されています

個室を利用すると、1泊数千円〜数万円の利用料がかかります。

高所得者を多く受け入れるような病院では、最も安い個室が2万円以上というところもあります。

 

個室にはランクがあることが多く、部屋の広さ、シャワーや洗面台が付いているか、ソファやキッチンがあるか、といった設備の充実度によって価格が変わる仕組みです。

応接室が付いた1泊10万円を超えるような特室があるところもあります。

個室料は健康保険の対象外なので全額自費です。

ホテルと同じかそれ以上に高い個室料を何日分も払える人はそう多くはありません。

 

よって一般的に個室に入院できる人は、小さな個室であってもそれなりに金銭的余裕のある人だと言えます(民間の医療保険を使う手もありますが)。

医療ドラマでは、撮影の都合上個室が使われることが多い印象がありますが、多くの病院では大部屋に入院する患者さんの方が圧倒的に多い、と言ってよいでしょう。

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リアルじゃない心臓マッサージ?

患者さんが心肺停止に陥り、医師が心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行う、というシーンはよくありますね。

医師が必死で心臓マッサージをしながら、「戻ってこい!」などと言う、白熱した場面です。

こうした心肺蘇生のシーンはもちろん現実にもあるのですが、ドラマでは「医師が行う治療」というイメージで描かれているケースが多い印象があります。

 

しかし実際には、医師以外の医療スタッフも行います。

救急搬送されてくる場合は、救急隊の方がそのまま継続することもありますし、看護師などのコメディカル(医師以外の職種)も行います。

心臓マッサージはかなり体力を使うため、一人だけで長時間続けるのは不可能です。

疲れてくると、心臓マッサージの質も落ちてしまいます。

よって実際には、複数の医療スタッフが何度も交代しながら行っているのが一般的です。

 

また、患者さんが心肺停止した状況では、どちらかと言うと医師は「医師にしかできない仕事」を行う方が効率的です。

横で呼吸管理(気管挿管をするなど)をしたり、エコー(超音波検査)を使って心肺停止の原因を探ったり、といった別の治療や検査をすることもよくあります。

検査のオーダーなど、技術は不要でも医師免許がないとできない仕事もあります。

 

何より、ご家族への病状説明、という非常に重要な仕事もあります

ご家族に治療への十分な理解をいただくために、医師自身が必ず直接行わなければなりません。

「患者さんに最も近い存在である主治医が懸命に心臓マッサージをする」というのがドラマ的には見栄えがいいのかもしれませんが、現実には主治医は「主治医にしかできないこと」をやっているというケースが多いのですね。

 

余談ですが、そもそも心臓マッサージを含む心肺蘇生は「誰でもできるのが望ましい」とされています。

以下は、一般の方でも身につけるべきとされている心肺蘇生の流れ(一次救命処置:BLS)です。

日本ACLS協会ホームページより引用)

詳細はこちらの記事も参考にしてください。

「女性は土俵から降りてください」行司の発言は責められるべきか?

 

続編はこちら!

医療ドラマの「あのシーン」はウソかホントか? vol.6