医療ドラマの手術ではよく見るが実際にはあり得ないシーン

ブラックペアン放送中ということで、最近は医療ドラマの手術シーンをマニアックに解説する記事をよく書いています。

今回も、ブラックペアンを例に挙げながら豆知識を紹介してみます。

これまで医療ドラマで見て当たり前だと思われている光景が、実はありえない、という話をしてみたいと思います。

 

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渡海の入室はファンタジー

ブラックペアンでは、手術中に一度は必ず窮地に陥るのが定番です。

そして「いよいよ万事休す」というところで天才外科医、渡海が入ってくる、というのが一番盛り上がるシーンですね。

手術室のドアが開き、ルーペを付けた渡海が、洗った手を胸の前に出しながらゆらりと入ってくる。

まさに「かっこいい!」と思わせてくれる外科医の姿です。

 

確かに、途中から別の外科医が手術に参加する、ということは実際にもよくあります。

手術を役割分担し、途中から外科医が入れ替わることもありますし、あるタイミングから外科医が増えることもあります。

 

私もそういう機会があれば、渡海のように「かっこいい入室」をやりたい!と思うのですが、実は色々な事情があってできないのが現実です

なぜでしょうか?

 

くだらない理由で拍子抜けするかもしれませんが、普通は手洗いをする前に一度手術室に入る必要があるからです。

手洗いをする前には、ポケットに入った院内PHSやスマホ、メモ、時計、指輪など、身につけているものを全て外さなくてはなりません

普通はまず手術室に入り、これらの小物を手術室の端にある台の上にまとめて置き、それからようやく手洗いができます

また、ルーペは貴重品なので、たいてい頑丈なボックスに入っています。

手術室にボックスのまま持ってきて、手術室内でルーペをつけ、ボックスは手術室に置いておくのが普通です。

 

渡海のように手術室に颯爽と登場しようと思うと、身につけていた小物は全て更衣室に置き、ルーペも装着した状態で手術室に向かって上目遣いで歩いて行き前回記事参照)、そのまま何とか手洗いに向かう必要があります。

またこれを実際にやると、自分のサイズのガウンや手袋が用意されていないため、看護師が必ず面食らいます。

外科医によって、着るガウンや手袋のサイズは全く違うからです(特に手袋は細かくサイズが分かれています)

よって、「先生!手術に入るんなら事前に一声かけてくださいよ!」と叱られる可能性すらあります。

(ブラックペアンでは、猫田さんがまさに「以心伝心」によって渡海の入室を待ち構えているので、外回り看護師に渡海用のガウンと手袋を適切なタイミングで用意させているということです)

 

もちろん渡海が手術室にふらっと入ってきて、「今から手術入るわー」と言っておもむろに横で準備していたら、面白さは半減してしまうでしょう。

でも本当の外科医の入室は、エース級の人でも実に「地味」なのです。

 

ちなみに、「あとよろしく」といってカッコ良く部屋から出ていくことも、同じ理由でできません

やはり細々とした荷物が残っているので、これを回収しなくてはならないからです。

ルーペも外し、丁寧にボックスに戻す必要があります。

よって外科医は本当によく手術室に忘れ物をします

出て行ったと思ったら数分後に戻ってくることもあります。

退室も「地味」ということですね。

 

「やっと目が覚めたのね」的現象は起こらない

手術後、患者さんが眠った状態で病室のベッドに寝ていて、横で家族が心配そうに見つめている、というシーンはドラマでよく見ますね。

患者さんがふと目を覚まし、

「やっと目が覚めたのね!」

と家族が安堵する、というのは医療ドラマでは定番と言えます。

ブラックペアン第6話でも、こういうシーンがありましたね。

 

実は、こういうことは現実には起こりません。

なぜでしょうか?

これは、全身麻酔の仕組みを考えると簡単に分かります。

 

全身麻酔手術の際は、手術前に麻酔科医が麻酔薬を投与し、患者さんの意識はすぐになくなります。

手術中は麻酔薬を投与し続けるため、患者さんは深い眠りに陥った状態で、呼吸も止まっています

そこで気管にチューブを入れ、人工呼吸器につなぎ、人工的に空気の出し入れ(換気)を行います

漫画やドラマで全身麻酔手術にもかかわらず患者さんが酸素マスクをつけている、というシーンがありますが、これはありえません。

気管チューブを挿入(気管挿管)しないと強制的に換気できないからです。

 

さて、手術が終わると麻酔薬の投与をやめるので、次第に薬の効果が切れ、自然に目が覚めます

自分で呼吸ができることを確認し、麻酔科医が手術室で気管チューブを抜きます(抜管)。

当然ながら、意識がしっかり戻らないと人工呼吸は中止できないし、気管チューブは抜けません

手術後は、意識が十分に戻るまで患者さんのそばに麻酔科医がついて、じっくり様子を観察しながら待つ時間が数分から数十分は必ずあるのです。

 

よって、気管チューブが抜けた状態で病室に戻って来ている時は「100%意識がある時」です。

病室に戻って来て、「人工呼吸をしていないのに意識がない」という状態は起こりえないわけです。

実はここは、多くの人が誤解しているポイントです。

 

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私たちはいつも、手術が終わると手術台から移動可能なベッドに患者さんを移し、看護師と一緒にベッドを押して病室に戻ることになります。

手術室のフロアを出たところで、待合スペースで待っていた家族と合流するのですが、ここで、

「お父さん!」

と言って家族が近寄ると、患者さんが、

「おぉ、ありがとう」

と普通に話すので家族が、

「えっ、もう目が覚めてるんですね!」

とびっくり仰天する、という場面にほぼ毎回遭遇します。

ドラマの影響か、手術室から患者さんが出てくる時は意識がないものだ、と誤解している方が多いからです。

 

家族の方々は、「意識が戻るだろうか?」という不安を抱えて患者さんに近寄るので、普通に話す本人を見て、腰を抜かすほどに安堵して涙を流す方もたくさんいます

私は外科医をしていて、これが一番幸せな瞬間です。

患者さんと家族の方々が一緒に病気と戦い、一つの山を乗り越えたその道のりを、自分が横で手を引いて歩いて来たのだ、と「小さな誇り」を感じることができるからです。

 

ちなみに、心臓外科手術では当日に抜管しないことも多いです。

つまり、手術が終わっても人工呼吸器に繋がれたままICUに入室する、という流れですね。

この場合は、手術後はすぐには意識を戻さず、体の状態が安定した時点で計画的に人工呼吸を中止して抜管します

もちろん「やっと目が覚めたのね」となる「一か八か的な目覚め」ではなく、「計画的な目覚め」です。

(全身状態が悪く意識障害が続いている時や、脳外科手術後で意識の状態が不安定な時など、例外的なケースもありますが)

 

むろん「やっと目が覚めたのね!」は、ドラマでは欠かせない大事なシーンなので、揚げ足を取る気は全くありません。

しかし、実際の手術の流れを分かっておくと、自分や自分のご家族が手術を受ける際にきっと不安が少なくなるはずです。

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医師。専門は消化器外科。二児の父。
ブログ開設4ヶ月後に月間67万PV達成
時事通信社医療情報サイト「時事メディカル」
「教えて!けいゆう先生」のコーナーで定期連載中。
エムスリーでも連載中&「LIFESTYLE」企画・監修。
「劇場版コード・ブルー」公開前イベントに出演。
プロフィール詳細はこちら

医療ドラマの手術ではよく見るが実際にはあり得ないシーン」への11件のフィードバック

  1. きんもくせい

    けいゆう先生

    渡海先生の登場シーン、私もいつもかっこいい!と思いながら見ていました。
    そして現実でも、外科医の皆さんは手術室に入る前にすべての身支度を整え、同じように入室すると思っていました。
    実際は違うんですね、でもかっこいいですよ(笑)

    私は今年生まれて初めての全身麻酔手術を受け、その前にいろいろネットで調べて先生のブログに巡り合ったことを思い出しました。
    私の主治医は超せっかちな先生だったからか、私の意識があるうちには姿を見せず、目覚めた時には看護師さんしかいませんでした。
    (生死に関わるような手術ではなかったからかもしれませんが)
    待機していた夫いわく、手術日に主治医と会ったのは手術で取り除いたものを見せに来た時が初めてだったそうです。

    私は、抜管された時のことを何も覚えていません。
    手術時間は1時間半ほどでしたが、ほんの30分くらいにしか感じませんでした。
    目覚めた時は、やたら喉が渇いていてかすれた声しか出せなかったです。

    抜管する前に「自分で呼吸ができる」「意識が戻る」ことを確認されるとのことですが、どうやって確認しているんでしょうか?
    意識が戻っているのに、抜管された時のことを覚えていないのは、寝ぼけているからでしょうか?

    長々と&質問ばかりで申し訳ありません。
    またマニアックな記事を楽しみにしています。

    返信
  2. きんもくせい

    けいゆう先生

    過去の全身麻酔の記事を読み返したら、麻酔科医の方が「深呼吸してください」「手を握ってください」と声をかけてくださる、と書いてありました。
    失礼しました。
    目覚めても気管にチューブがあるので、むせて苦しいということですが、抜管の記憶がないのは苦しい記憶もないということですから、ちょうどいいのかもしれませんね。

    返信
    1. けいゆう 投稿作成者

      私も全身麻酔手術を受けたことがあるので、その時の体験を書きましたね。
      きんもくせいさんと同じく、私も抜管時の記憶はありません。
      意識が戻るとはいえ、ぼんやりした状態になっているので後から記憶がなくなっている方がほとんどです。
      患者さんはむせて苦しそうにされますが、やはり覚えていない方が大半ですね。
      その後病室に戻りますが、患者さんによってはその辺りも覚えていない方もいます。
      全身麻酔の影響で、完全に意識がはっきりしているわけではないからでしょうね。

      返信
  3. いとしのエリー

    けいゆう先生、はじめまして。
    転院・セカンドオピニオンについて調べていたときに、たまたま検索で目に留まった記事からこのブログを知りました。
    ホンモノの外科医さんが「あんなコトやこんなコト」を分かり易く&面白く書いてくださっていることに大変興味を持ち、いつも楽しく拝見させて頂いております。
    医療ドラマの解説も、とっても面白いです。

    ●外科医が他の病院でスムーズな手術をすることは難しい
    ●心臓外科手術の場合は、当日に抜管しないことが多い
    ●全身麻酔に必要な3要素は、鎮痛・鎮痛・筋弛緩
    このあたりは、私がすごく知りたかった事なので本当に有り難く思いながら読みました。

    ちょっと質問なのですが、長時間に及ぶ手術ですと、術中の患者さんに褥瘡などの心配はありますか?
    その心配があるとすれば、手術台には褥瘡防止のための体圧分散マットなどが敷かれているものなのでしょうか?

    返信
    1. けいゆう 投稿作成者

      ありがとうございます!
      こういった話題は、医療ドラマ放送中でないとあまり読まれませんからね笑
      ちょうどいいタイミングで、手術について多くの方に知ってもらえるのは私にとってはチャンスと捉えています。

      おっしゃる通りで、手術の時はかなり厳重に保護剤を体に付着させます。
      患者さんは一切動かず、全ての体重が同じ箇所にかかり続けることになるので、全くケアしないと皮膚が損傷します。
      これは長時間手術に関わらず、全身麻酔の手術では全例そうですね。
      重要なポイントです。

      返信
    2. 草加市

      米国では、心臓手術でも、当日どころか、だいたい1-2時間後、場合によっては手術室でそのまま抜管しますよ。7-8年前は、日本では無意味に患者さんを挿管したまま寝かせていましたが、ICU滞在時間がいたずらにのびるしベッドも回らないし、本当に意味がなかったと思います。現在の日本は変わっているかもしれません。

      返信
      1. けいゆう 投稿作成者

        そうですよね。
        ここ5年以内の私の勤め先では、一つは手術後当日にICUで抜管していた一方で、直近の病院は3、4日はICUで人工呼吸管理していたようです。
        この辺り、病院によって対応は様々なので本文では少しぼかしましたが、少し語弊があったかもしれません(かといって何も書かないと、心臓と消化器を一緒にするなという苦情がくるので笑)。
        食道も似た傾向で、以前はICUで数日は人工呼吸管理が普通でしたが、今は症例数の多い管理の慣れた病院ではオペ室抜管が主流になりつつあります。

        返信
  4. ブラックスワン

    あれだけぐちゃぐちゃになって心臓も二度開け、大量輸血、手術は成功した、ではなく心不全や、DICなどこわいことも待ってるし、IABPとかの考えないといけないでしょう。二宮君、そういうの後でみにきてよ、術者なんだから。
    あと世良に左心耳縫っとけバイバイって、胸腔ドレーンもやんないと。研修医にまかせていいの、と
    突っ込んでみました。

    返信
    1. けいゆう 投稿作成者

      ドクターXもそうなんですが、外科医が天才的であるほど術後管理が語られることはないですよね。
      複雑な手術であるほど術後は大変で、ある意味ここが外科医の腕の見せどころなんですけどね・・・。

      返信
  5. ちょんまげ

    いつも楽しく拝読しております。
    今回の記事で触れられていた全身麻酔について疑問に感じた事があります。
    息子が過去二回、全身麻酔での手術を受けています。(良性の腫瘍切除で、成人なら部分麻酔で簡単に切除できるもの、未就学児だったため全身麻酔適用)
    手術終了後、家族の元に戻ってきた時には抜管されてはいましたが、まだ深く眠っている状態で、そこから一時間近くして目が覚めたのを覚えています。
    また、術前の先生からの話では、麻酔をかける事によって深く鎮静していく、覚めるのはその反対でゆっくり覚醒していく、その過程でひどく暴れる事もあります、と。
    暴れる事はありませんでしたが、麻酔から覚めた後はしばらくぼんやりした状態でした。
    これは、成人と子供の麻酔で違いがあるからなのでしょうか?

    返信
    1. けいゆう 投稿作成者

      ありがとうございます。
      おっしゃるように、麻酔から覚めた後も患者さんは病室で眠っていることが多いです。これは大人、子供に関わらず、ですね。
      全身麻酔を覚ました時点では覚醒していることを確認するのですが、麻酔の影響でしばらくはぼんやりした状態が続きます。
      たいてい病室に帰ると再び眠ってしまう方がほとんどで、後からこのことを思い出せない方もいます。
      ただ、深い眠りであっても自分で呼吸はできますし、麻酔から覚めたことは確認済みなので、心配はいらない、ということですね。
      私の記事では、「麻酔から覚めるかどうか心配で見つめる」という演出はない(もう覚めた後なので)、というのが意図でしたが、ご家族にとっては確かに不安なのは変わらないかもしれませんね。
      誤解を招くといけませんので、この辺り、記事に追記しておきます。

      返信

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