ドラマ「ブラックペアン」のホームページに、「治験」と「治験コーディネーター(CRC)」の説明文が現れました。
みなさんは気づいていましたでしょうか?
リンクの場所も分かりにくく、私はつい最近まで気づいていませんでした。
各医療団体からの批判を受け、CRCを認定するSMO協会と協議して作成されたようです。
文章があまりに難解で読みにくいので、その旨をツイートしたところ、CRCの方を含む多くの方からリプライがありました。
もちろん世間の声に応じて、番組側がこのような丁寧な説明文を載せて対応したのは素晴らしいことだと思います。
批判する気は毛頭ありません。
ただ、労力をかけた割には読み手にその熱意は伝わらず、ただただもったいないと感じます。
この記事はまさに、医療機関のHPでよく見る、あるいは専門家が書きそうな「分かりにくい文章の典型」だと思います。
冒頭から、
「化学合成や、植物、土壌中の菌、海洋生物などから発見された物質、あるいはバイオ技術によって生み出された物質の中から、試験管の中での実験や動物実験により」
など、一体何の話が始まるのか全く分かりません。
専門家が正確に順序立てて説明しようとするあまり、このように分かりにくくなってしまう文章はよくあります。
その上この解説記事は、行間は詰まっており、文が長くて改行が少なく、イラストや写真もない。
いわゆるUX(ユーザーエクスペリエンス)の観点から見ても非常に不親切と言えます。
まずほとんどの人が、「自分の疑問は解決しない」と判断して瞬時にウィンドウを閉じているでしょう。
一方で、治験についてはこんなホームページがあります。
日本医師会治験促進センターのHPで、図解入り、漢字にはふりがな付き、短文ばかりで、親切さが隅々まで行き渡っています。
ずいぶん違いますね。
では、読み手に文章を読んでもらうにはどういうことに心がければ良いのでしょうか?
まず、イラストや文字の大きさ、行間など、外観上の工夫をする必要があるのは当然ですが、今回は文章の書き方、特にリード文に着目して解説してみたいと思います。
たとえば、治験に関して説明するなら、私ならこうします。
今回は、この「リード文」(=書き出しの数行)で使いやすい手法を4つ紹介します。
文章だけでなく、プレゼンテーションでも使えますので、興味のある方はぜひ参考にしてみてください。
(このタイプのノウハウ本やホームページを参考にしたわけではなく、自分の経験上で感じたことを書きますので、どこかで既出のありふれた内容かもしれません)
意外な新情報の提示
「早めに薬を飲めば、早く風邪が治ると思っている人がいるかもしれませんが、それは大間違いです」
「胃がん検診でバリウムを選ぶ消化器系医師はおそらく一人もいません。なぜだと思いますか?」
読者が知らなそうな、意外な情報を冒頭でいきなり提示する手法です。
「え?そうなの!?」
と読者を引き付けることができれば勝ちです。
たとえば私の最近の記事「医療ドラマの手術と実際の手術とはどこが違うのか?」の冒頭は、
私が大学時代、手術見学をして最初に驚いたのが、外科医が執刀時に「メス!」と言わなかったことでした。
となっています。
一般的な通念を覆すことができるような事実があれば、それを冒頭に書くのが良いでしょう。
また、ここに具体的な数字を入れるのも有効です。
「Aという薬は、実は女性の90%が服用しているというデータがあるのをご存知でしょうか?」
「おたふく風邪にかかると、4人に1人が精巣炎になるのを知っていますか?」
のような方法ですね。
具体的な物語の提示
「私が研修医1年目で、初めて救急外来に出た日のことです」
「これは、私がまだ外科医になったばかりの頃のことです」
個人的な体験が一つの具体例になるケースでは、このような「物語的(ナラティブ)」な書き出しが有効です。
「どんな話が展開されるのだろう?」と読者を引き付けることができます。
読者は私が医師だと分かっているので、この文だけで「自分の知らない世界の話が聞けるかもしれない」と期待できるのですが、そうでないケースでは、
「私が田舎のコンビニでアルバイトを始めて1週間ほど経った日のことです」
「私が塾講師をして3年ほど経った頃のことでしょうか。」
のように、「どういう立場から見た物語が始まるか」を書くのが有効です。
結論が知りたくなる問題提起
「私たち医師が、患者さんに対して絶対にやってはいけないと思っていることがあります。何だと思いますか?」
「みなさんが病院に行く前に必ずやっておくべきことが2つだけあります」
冒頭から、誰が読んでも「答えが知りたい」と思わせる問題提起をします。
この時、「絶対」や「必ず」といったワードが入っていると、より読者をひきつけることができます。
この手法は、実は「相手が答えを知っている時」にも使えます。
たとえば私がドラマの解説文を書く時は、ドラマを見た人が疑問を持ったことを推測して書きます。
「コードブルー3rd SEASON」では、「骨盤骨折」を見逃した若手医師が上司に叱られるシーンがありました。
「骨盤骨折はなぜ見逃してはいけないのだろう?」と思った人が多いはずなので、
「救急の現場において、絶対に見逃してはならない重要な外傷がある。
それは何か?
骨盤骨折だ。」
というように書きます。
ドラマを見て、「骨盤骨折を見逃してはならないこと」はみんな気づいています。
しかし、続きが気になる問題提起があり、その答えがまさに「自分の疑問の対象」であったとき、読者は気持ちよく読み進めることができます。
ここを特に意識せず書くと、
「救急の現場においては、骨盤骨折は絶対に見逃してはならない重要な外傷である」
としてしまいがちですが、これでは読み進める時の心地よいリズムは生まれません。
たとえば、新しいパソコンを紹介するために人を集めたとして、
「このパソコンは、これまでのどの商品よりも軽くて安いです」
と言うより、
「これまでの、どの商品よりも軽くて安いパソコンがあります。
それがこのパソコンです」
と言う方が良いのと同じです。
相手が答えを知っているケースでも、続きが知りたくなる書き方、言い方で提示できるかどうかが重要です。
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疑問の提示と共感
どんな疑問を持った読者がやってきているかを意識してリード文を書くことも大切です。
たとえば大腸カメラについて説明するなら、
「初めて大腸カメラを受ける時は、痛くないか?下剤は耐えられるか?など疑問や不安を持つ方は多いのではないでしょうか?」
という形で始めます。
疑問や不安をピタリと言い当てていると、「これまさに私のことだ!」と思って食い入るように読んでくれます。
マーケティング業界においては、この具体的な人物像のことを「ペルソナ」と呼び、ペルソナに合った情報提供の方法が理想的とされます。
今回、「ブラックペアン」のホームページに治験コーディネーターの説明を読みに来る人は、
「治験って何?」
「治験コーディネーターってドラマと現実はどう違うの?」
「なぜ、治験コーディネーターの件でドラマは批判されているの?」
と疑問に思っているはずなので、
ブラックペアンで出てくる治験コーディネーター。実際にはどんな仕事なのでしょうか?治験とは一体どういう意味なのでしょうか?まずは、治験が病院でどんな風に行われているのか、分かりやすく解説しましょう
のような形で始めるのが望ましいということになります。
今回は、文章のリード文の書き方について説明してみました。
ちなみに、すでに知名度のある人気ライターの方は、どんな書き出しでもみんな読んでくれます。
その人の文章を読むこと自体が目的でやって来るからです。
みなさんが好きな小説家や漫画家の新作を、迷わず買ってじっくり読むのと同じです。
ところが、不特定多数の方に私のような無名ライターが文章を書く場合は、このくらい色々なことに気をつける必要があるのです。
みなさんも、文章を書く時や、プレゼンの際にぜひ利用してみてください。
記事の書き方については有料noteでもっと詳しい記事を公開しています。興味がありましたらどうぞ!
先生、お疲れ様です。
私もウィンドウ閉じてしまいました(笑)
以前、文章は読み手の立場、プレゼンは聞き手の立場を「一番に考えて」構築していくということを、徹底的に教わったことがあります。
先に問題提起、または要点を述べたのち、順序立てて説明をしていくことの重要さを、その時しっかり学習しました。
ただ、文を重ねるだけでは、読み手や聞き手の心に響かない、感動も生まれないということも…
読み手の私たちを惹きつけてやまない先生の文章の魅力を、改めて再認識した次第です(^ ^)
私も、勉強させていただきます♪
おっしゃる通りです。
読み手、聞き手の立場に立って書く、話すことが大切で、そのためには情報を少し削って分かりやすくするといった妥協も必要だと思いますね。
もちろん私は書き手としては素人ですが、医師など専門家が書きがちな難解な文章だけは避けたいと思っています。
ありがとうございます!
今回も「なるほど」とうなづきながら拝読いたしました。
先生の文章センスにただただ脱帽です。
これから講演会のスライドを作成する予定ですが、先生の意見を参考にさせていただき、参加者にメッセージがよく伝わるものにしたいと思います。
ありがとうございます!
偉そうに書きましたが、自分も300本以上ブログで記事を書いてきて確実に文章がうまくなったと思うので、得たものをシェアしてみました。