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外来でよく見る患者さんの間違った言葉の使い方を集めました

外来で患者さんとお話をしていると、不思議なほどみなさんが同じ言葉の間違いをしていることに気づきます。

いや、「不思議なほど」というのは失礼で、おそらく自分も医師になるまでは間違いだと気づかなかったと思います。

今回は、そういった言葉の使い間違いを集めてみました。

参考にしてみてください。

 

貧血

患者さんから、

「よく貧血を起こして倒れてしまいます」

「先日疲れがたまって貧血になりまして・・・」

という言葉をよく聞きます。

一応意味はわかるのですが、実は大きな言葉の使い間違いです。

おそらく、これを言う方々にとっては「貧血」=「立ちくらみ」(起立性低血圧)ではないでしょうか。

 

実際には「貧血」とは体の血液の中の赤血球が少なくなることです。

つまり、血液検査をして、ヘモグロビンの数値が基準値を下回っていることを指します。

「貧血」は、検査をしないと分からない客観的な所見で「自覚症状」ではありません。

そして実際、上記の「貧血」を使う方のほとんどは貧血ではありません(ヘモグロビンの値は正常です)。

立ちくらみの原因は貧血だけではないからです(迷走神経反射、不整脈などさまざまです)。

 

逆に、貧血でも症状のない方は多くいます。

例えば、高齢の方、胃を切除した方、透析をしている方、肝臓が悪い方、など挙げるときりがありませんが、普段から貧血(ヘモグロビンの値が低め)です。

女性であれば、過多月経(生理の時の出血量が多い)の方は日頃から常に軽度の貧血ですが、症状はありません。

一方、貧血が重度(ヘモグロビンの数字が低すぎる)だと、立ちくらみの原因になります。

立ちくらみを起こすほどの貧血は、むしろかなりの緊急事態です。

「よく貧血を起こして倒れてしまいます」と言う方が本当に貧血なら、即座に精密検査緊急入院が必要です。

 

盲腸

正確には「虫垂炎」です。

間違って使っているとわかっていても、虫垂炎のことを盲腸と言う人があまりに多いため、我々も「いわゆる盲腸です」とよく言います。

「盲腸」と「虫垂炎」は、正確には何もかもが違います

まず盲腸とは場所の名前、虫垂炎は病気の名前(虫垂の炎症)です。

大腸は、盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸と、それぞれの部位に分けることができます。

appendix-location

長い管である大腸に、住所をつけているようなものです。

盲腸はその中の一つの部位にすぎません。

その盲腸という部位にぶら下がっている「ヒダ」のような臓器が虫垂です。

この虫垂に炎症を起こすのが、虫垂炎です。

 

虫垂炎がひどくなると、すぐ隣の盲腸にまで炎症が及ぶことはありますが、普通は「盲腸炎」とも言いません。

「虫垂炎が盲腸に波及したもの」であって、炎症の原因が盲腸にあるわけではないからです。

ちなみに多くの虫垂炎は手術で治しますが、その際行うのは「虫垂切除」、つまり虫垂を切り落とすことです。

虫垂はただのヒダで便の通り道ではありませんので、なくても構わないからです。

 

リンパ腺

これは「間違い」ですが、昔(大昔?)は医療者の間でも普通に使われていた言葉のようです。

今は「リンパ腺」という言葉を正しいと思って使う医療者はいません。

正しくは「リンパ節(せつ)」で、「リンパ腺(せん)」は誤りです。

「腺」とは、消化液やホルモンなどの物質を分泌する器官のことです。

リンパ節は、リンパ球などが集まる免疫の一種の基地のようなもので、何かを分泌する器官ではありません

 

ちなみに、多くの種類のがんは、ある程度進行するとリンパの流れに乗ってリンパ節に転移します。

これを「リンパ節転移」と呼びます(そのままですが)。

患者さんの中に、これを誤って「リンパ腫(しゅ)」と言う方もよくいます。

リンパ腫は、リンパ球ががん化しておこる「血液のがん」の一つで、全身のリンパ節が腫れることからそう呼ばれています。

一方、たとえば大腸がんがリンパ節に転移しても、それは「大腸がんのリンパ節転移」です。

リンパ節にいる細胞は、あくまで大腸がんのがん細胞ですから、リンパ節にもともといるリンパ球は正常で、がん化しているわけではありません。

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ヘルニア

みなさんは「ヘルニア」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?

人によって思い浮かべるものが全然違うのが「ヘルニア」です。

腰痛で辛い様子を思い浮かべましたか?

「脱腸(だっちょう)」ということば浮かびましたか?

ときどき「ヘルニアになって手術したんですよ」と言う方がいますが、それだけでは何のことか全くわかりません

「ヘルニア」とは、「臓器の一部が本来あるべき空間からはみ出した状態」を指す用語です

 

よく私がする例えですが、「シュークリームを上から押しつぶしてどこかの穴からクリームが出てきてしまうイメージ」です(うまい例えではないかもしれませんが)。

したがって、いろいろなヘルニアがあります。

背骨(椎骨)の間におさまっていなければならない椎間板がはみ出してしまうのが「椎間板ヘルニア」

お腹の中におさまっていなければならない腸が、足の付け根の隙間をぬって出てきてしまう(足の付け根が腫れる)のが「そけいヘルニア(脱腸)」です。

そのほか、脳ヘルニア、横隔膜ヘルニア、食道裂孔ヘルニア、臍ヘルニアなど、ヘルニアはきりがないほどあります。

もちろん、「ヘルニアになって手術したんですよ」と言われても「どこを手術したんですか?」と尋ねるだけで解決することですから、全く心配はいりません。

 

以上が、外来でよく見る言葉の使い間違いです。

この記事は「間違って使ってはいけません」という趣旨で書いたのではありません

間違っていても会話の中で簡単に修正できますし、その間違いのために患者さんが不利益を被ることもありません。

ただ、あまりに多くの方が共通の間違いをされているので、一つの豆知識として覚えておいていただけますと幸いです。