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手術の練習方法とは?外科医が行う手術トレーニングを紹介

ブログやTwitterに外科医を目指す学生さんから、

「外科医はどんな手術練習をしていますか?」

「今のうちからやっておくことはありますか?」

といった質問を受けることがよくあります。

 

中高生であれば、「今のうちにやっておくこと」は受験勉強以外ありません

何科を目指すにしても、最大の関門は医学部入試に他ならないからです

そもそも中高時代の志望科など医学部に入って色々学べばすぐに変わってしまいます。

外科志望であっても、残念ながら内科志望に転向する人の方が多いくらいではないでしょうか。

 

私は医学部5〜6年生の頃に外科志望を決めた時、何かの役にたつかと思って左手でご飯を食べる練習をしていました。

今では両手で食事できるようになっていますが、それが手術をする上で役に立ったと思うことはありません

唯一役に立った、と思うのは、右肩を怪我して数ヶ月右腕にギプスをつけ、左手のみの生活を余儀なくされた時だけです。

あの時ほど、過去の自分に感謝したことはありません。

 

一方、外科医になってからは日頃から技術のトレーニングが欠かせません

ビギナーの頃はよく指導医から、

「患者を相手に練習するな!!」

と叱られるものですが、当然私たちは手術中以外の時間を使って技術の研鑽を積む必要があるわけです

(もちろんこれは労働ではなく自己研鑽であり、時間外労働にはカウントされません)

 

さて、では外科医は普段どんなトレーニングを積んでいるのでしょうか?

今回は、手術の技術を高めるために外科医が行っていることを、わかりやすく説明してみたいと思います。

興味がある方は読んでみてください。

 

糸結びと縫合の練習

まず、外科医にとって糸結びの練習は欠かせません

一つの手術中に何百回と糸結びをするため、一つ一つに時間がかかっていると、その積み重ねで手術時間が延長し、手術のリズムも悪くなります

またビギナーの頃は、手術に助手として入っていると突然、

「ここ結んでみろ」

という指示が飛んでくることがあり、本番に備えて手が勝手に動くほど鍛錬を積んでおかなくてはなりません。

実際、手術中の糸結びは、自分の手が無影灯(手術室のライト)に煌々と照らされ、周囲からじっと見つめられる中、しかも手袋をした状態で行うため、普段の練習時からは数段難しくなります。

 

ちなみに、外科医の糸結びトレーニングは最近の医療ドラマでもよく扱われ、広く周知されるようになっています。

2017年のドラマ「A LIFE」では、病院の屋上で交際中の外科医二人が一緒に糸結びをするシーンが象徴的でしたね。

2018年に放送された「ブラックペアン」では、主人公の渡海が努力家で、自宅の部屋が大量の糸結びの跡で覆われている、という描写すらあったほどです。

さすがに、家の壁中にのれんのごとく糸がぶら下がっていると半分ギャグに見えてしまうのですが、練習の回数としては誰しもあのくらいはやっているものです

 

なお、糸は手術の際に余ったものや、使用期限が切れたものをもらって練習用に使います(当然新品を開封して使ってはいけません)。

私を含め、若手外科医の机には、たくさんの糸と糸結びの跡があります。

 

また、同じように余った針付きの糸を使って縫合の練習を行うこともあります。

手袋とルーペをつけ、テッシュなどを使って縫い合わせる練習をしています。

 

腹腔鏡のトレーニング

腹腔鏡を使った縫合と糸結びの練習も行っています。

専用のトレーニングマシン(ドライボックス)が各病院に用意されていることが多く、腹腔鏡用の道具を使って縫合の練習をします。

 

開腹手術と違って腹腔鏡の画面は2Dなので、奥行きの感覚がなく、針を持つところからまず苦労します

ようやく針を正しい角度で持てたと思っても、これを右手で適切な角度で刺入し、左手で針を受け取る、という作業も最初は大変です。

さらには、糸を結ぶ、という作業になると、イライラが絶頂に達してしまうほどうまくいきません

ドライボックスである程度できるようになっても、実際の手術では針の角度や動かせる範囲に制限があり、一層難しくなります

もちろん、練習を積めば必ず上手くなり、自信を持って手術に挑めるようになるのですが…。

 

ブタやご遺体を用いたトレーニング

またブタを使ったトレーニングコースも各地で開かれています。

私もこれまで同僚数人と指導医と一緒に何度か参加しています。

獣医師の先生がブタに全身麻酔をかけてくれているので、実際にヒトに使うものと全く同じ手術器具を使って手術を行います

 

ブタのお腹の中はヒトとは異なるものの、臓器の様子は似ているので、非常にいいトレーニングになります

私が以前勤めていた病院では、腹腔鏡手術を看護師にも体験してもらうため、動物でのトレーニングにオペ室看護師と外科医が一緒に行く企画も定期的にありました

 

加えて、ご遺体を使わせていただいて行う手術トレーニングもあります。

ご遺体のことを「カダバー」と呼ぶので、これを「カダバートレーニング」と称することもあります。

海外では教育目的で広く行われていますが、日本では2013年まで明確な実施基準がなかったこともあり、まだあまり普及していません。

ガイドラインの策定に伴い、全国的な普及が図られているところです。

実を言うと私は一度も経験がありません。

 

技術的なトレーニングと言えば、このくらいでしょうか。

余談ですが、私の先輩医師に、研修医時代、手術中に高いパフォーマンスを発揮するため激しい筋トレをしていた、という人がいます。

結果的に、筋トレをしすぎたせいで手術中にかえって力が入りづらくなり、余計に指導医から叱られたそうです。

科にもよると思いますが、手術で筋力が要求される場面というのはそうそうありません

メンタル面での持久力は必要ですが・・・。

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手術動画の閲覧

手術中はどうしても視野が狭くなり、見ているようで見えていない部分や、自分では気づきにくい欠点が多いものです。

しかし手術のパフォーマンスは、手術動画を見直すことによって客観的に評価することができます

後から手術動画を見返すことで、自分の技術を何度も振り返り、次へフィードバックすることができます

 

私も自分が執刀した手術の後は、できるだけその日のうちに必ず手術動画を見直すことにしています

そして気づいたことがあればノートに書き出し、次の手術に生かします。

また、必要ならその場で別の患者さんに行った同じ術式の動画を開き、見比べて評価することもできます

何度も見直した手術動画は、冒頭の数秒を見ればいつのどの手術か分かるくらい映像を完全に暗記してしまいます。

もちろん重要な診療情報なので、管理は厳重に注意して行っています

 

また、自分で動画を編集し、学会や研究会で発表するのも非常に大切です。

手術動画を編集するという作業は、手術のどの部分が大切かを認識する上で非常に有用だからです。

間違いなく、技術の向上につながるでしょう。

私もこうしたチャンスを生かして、国際学会から日本の小規模研究会まで、数多く発表してきました。

後輩の先生には、手術動画が発表できるチャンスがないかどうかを調べ、積極的に発表することをおすすめしたいと思っています。

 

余談ですが、私は大学時代水泳部に所属し、水泳に打ち込んでいました。

様々なトレーニングをやっていたのですが、技術が最も上達するきっかけとなったのは、部員同士で割り勘して買った水中カメラで自分の泳いでいる姿を撮影し、それを見直したことです。

自分では綺麗なフォームで心地よく泳いでいるつもりだったのに、動画で自分の泳ぐ姿を映像で見て、その下手さに思わず失望したのです。

あまりにがっかりすると共に、「これじゃ速くなれるわけがない」と焦燥感に苛まれました。

 

その動画を見て得たことを生かしてフォームを再調整したことが、スピードアップにつながりました。

こうした経験から私は、手術とスポーツのトレーニングはよく似ていると感じています。

スポーツの技術の向上は、パフォーマンスの客観的な評価によって得られるのは間違いありません

手術の技術に対しても似た発想で上達を目指しています。

 

なお、不安になった方がいると良くないので書いておきますが、手術は指導的立場にあるベテラン医師と若手の組み合わせで2〜3人で行うのが一般的です。

技術指導は将来の患者さんを救うために欠かせませんが、それによって目の前の患者さんの手術のクオリティを落とすことは許されません

現場では、診療の質を維持できる範囲で若手教育を行なっている、ということは知っておいてください。

 

それからもう一つ。

私の知る限り、腕のいい外科医で「自分の技術がもう完成している」と思っている人は一人もいません

どれだけベテランでも、常に技術の研鑽を欠かさず、伸び代が常にあると感じているように見えます

いつまでも到達することのない山の頂きを目指すような、そういう世界です。


今回は少しマニアックに、外科医のトレーニングについてまとめてみました。

もし外科に興味がある研修医の先生がいたら、参考にしてみてくださいね。