医療ドラマの評価には、「リアル度」と「トンデモ度」という指標がある。
私が勝手に定めた指標だ。
「リアル度」は、細部に至るまで医師が監修したドラマで高まる一方、「トンデモ度」は、リアリティの追求よりエンターテイメント性を重視することで高まる。
どちらに振れるかは、製作者の意図次第である。
これまでこのブログで120本以上の医療ドラマ解説記事を書いてきた現役医師の私にとっては、
「リアル度」と「トンデモ度」がどのレベルに設定して製作されているか?
については、第1話を見るだけでかなり正確に見抜けると自負している。
非医療者の方々にはそれが難しいと思われるため、「トンデモ度」が極めて高い、と見抜くコツを今回こっそりお教えしておこう。
コツといっても実は簡単で、以下のようなシーンが見られたら、その医療ドラマは「トンデモ」と言ってまず差し支えない。
・だだっ広い講堂に、医師が異様なほどたくさん集まって会議をする(その間、全ての医療行為はなぜか中断している)
・手術の映像を大勢でリアルタイムで鑑賞し、マイクで中継するシーンもある
・製薬メーカーなどとの黒い癒着をやたらに強調する
・「患者の命より教授の指示」といった、医療界の封建制をやたらに強調する
というわけで、ブラックペアン第1話である。
非常に「エンターテイメント重視」の方向性であることが第1話を観てよく分かった。
私が原作解説記事で書いた予感は完全に的中しており、原作とは全く別の現代風のストーリーに作り変えているようである。
原作解説記事はこちら!
トンデモ度はドクターXに匹敵するほどで、ファンタジー感はかなり強い。
また、残念ながら原作のテーマである消化器手術は完全に封印され、私の専門外である心臓外科がテーマに作り変えられている。
よって今クールは、現役外科医がドラマを観てどんな風に思ったか、という感想をお楽しみ下さればと思う。
もしこれまでのように図解付きのコアな医療解説を期待された方がいたなら、少し残念で申し訳ないが、お許しいただきたい。
手術見学は実際どのように行われるのか?
東城大学病院の天才心臓外科医、佐伯教授(内野聖陽)の手術を、帝華大学病院教授であるライバル、西崎(市川猿之助)が部下を引き連れて偵察にやってくる。
目的は、心臓の拍動を止めずに行う世界最新の僧帽弁手術「佐伯式」の見学である。
実は大学病院に限らず、私たち外科医が名の通った医師の手術を見学しに行く、ということはよくある。
もちろん偉い先生が来たとしても、黒塗りの車で病院の玄関にやってきて、到着するやいなや病院が大騒ぎ、ということはない。
せいぜい電車かタクシーで病院に来て、受付で事務員が案内する程度である。
大事なことなので強調しておくが、手術見学は当然、手術室内で行う。
術者の後ろに足台を持ってきて、その上に乗って術野をのぞき込んだり、手術室全体のスタッフの動きや、使った器具など、くまなく観察するのが普通だ。
でなければ、見学や偵察の意味がない。
講堂での遠隔映像では、手術の良し悪しは判断できない。
おまけに東城大病院の手術見学は、なぜか心臓外科の全医師が日常業務を中断してまで見学に付き合わされる仕様になっている。
あれほど多くの医師たちが、まだ日も高い日中に暇を持て余しているなど、他の患者の管理はどうなっているのかと不思議で仕方がないが、それはドラマの世界、ということで置いておこう。
佐伯の「手術映像を見ながら指導」が大きな問題を引き起こしたのは、映像に写っていなかった大動脈基部(大動脈の根元)の病変に佐伯が気づかなかったことが原因だ。
術者自身がなぜ気づかないのかという疑問はともかく、遠隔映像では手術の何も分からない、というのはこのことからも言えるはずである。
高階はスナイプを持ち込めない
高階(小泉孝太郎)が持ち込んだ最新手術機器「スナイプ」を許可した佐伯。
ところが、渡海(二宮和也)は治験コーディネーターに論文検索を頼み、米国でスナイプ使用後に死亡例の報告があることを突き止める。
手術中にその危険性を高階に説明するが、高階は手術を断行。
手術はうまくいったかに見えたが、術後に患者が急変する。
術前の腹部CTには脾動脈瘤が写っていたが、これを高階は見逃していた。
弁の手術によって血行動態が変化し、血圧の変動によって脾動脈瘤が破裂してしまったのである。
新しい手術機器や術式について論文検索を行うのは、私たち外科医にとっては大切な仕事である。
PubMedという世界中の医学論文を参照できる便利なサイトがあるため、これを利用して検索を行う。
世界中には、「うさんくさい」雑誌から、権威ある雑誌までおびただしい数の雑誌があるため、論文に書かれているからといって信用できる情報とは限らない。
これは読者の皆さんにもぜひ覚えておいていただきたいことだ。
よって、
「どのジャーナル(雑誌)に掲載された論文か?」
という情報から、論文の信頼性を私たちは判断している。
論文検索にはある程度の慣れと経験が必要で、治験コーディネーターに任せることはない(そもそも治験コーディネーターはそういう関わり方をする職種ではない)。
ではもし、今回のように死亡例が多数出ているという論文があったらどうなるだろうか?
もしそれが信頼性の高い情報なら、院内の倫理委員会からの手術機器使用の承認が下りないため、そもそも使用できない。
今回は、倫理委員会のトップが佐伯教授であるため「全通し」とのことだった。
現実ではこういう「忖度」を防ぐため、倫理委員会は他科の医師のみならず、医師以外のメンバー(弁護士や医療とは関係のない一般人など)で構成されることが必須条件になっている。
特に大学病院の倫理委員会は厳しいため、現実的に高階がオペ室にスナイプを持ち込むことは難しいだろう。
ちなみに原作のスナイプは全く別物で、実在する機器がモデルです。
インパクトファクターとは?
前述の通り論文の信頼性を評価するのに大事なのは「どんな雑誌に掲載されているか?」である。
この雑誌のランキングを決めるのは、「インパクトファクター」と呼ばれるポイントだ。
今回ドラマで図解されたように、この数字が高いほど権威ある雑誌とされている。
「どの程度のインパクトファクターを持つ雑誌に自分の論文が掲載されたか」は、学術分野における業績として重要になる(もちろん実際には医師の評価はこんなに単純ではないが)。
日本総合外科学会の理事長選を争っている東城大の佐伯と帝華大の西崎は、インパクトファクターの合計が77と71だそうである。
ちなみに医学雑誌のトップクラスであるNew England Journal of Medicineはインパクトファクターが72。
誰かがこれに1本でも掲載されていれば、西崎はポイントで抜かれてしまうということだ。
一方、ドラマに出てくる「日本外科ジャーナル」は医療雑誌の最高権威だそうである。
それゆえ編集長の池永(加藤浩次)は、東城大病院スタッフに盛大な拍手で迎えられるほど外科医に対して発言力を有している。
こんなことは現実にあるのだろうか?
現実には、和文雑誌のインパクトファクターはいずれもゼロである。
日本人しか読めない論文は世界では評価されないためだ(ちなみに日本の英文雑誌もあるが「最高権威」を冠するものは存在しない)。
私たちも、必要に応じて和文論文を書くことはあるが、最終的には英文論文を書かなければならない。
論文は、世界中の医師が参照でき、それを読んだ医師たちが日常臨床に生かすことができて初めて価値がある情報になる。
この辺りの設定も現実とは大きく乖離しているが、むろんリアルを求めないドラマ、ということだし、大人げなく突っ込むつもりは全くない。
現実をお伝えしておいただけである。
なお、雑誌の編集長と医師との癒着やインパクトファクターを巡るやりとりも現実離れしている。
これについては以下の記事にまとめたので、ぜひ読んでみていただきたい。
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脾動脈瘤破裂の処置?
最後に、コードブルー3rd SEASONでも登場した重要な疾患「脾動脈瘤破裂」についても少しだけ触れておこう。
腹痛でのたうち回る患者の前で「単なる術後の疼痛です」といって鎮痛剤を要求する高階も残念な男だ。
この男が将来なぜ東城大病院の院長になれたのか、非常に不思議に思ってしまう。
ちなみに腹痛で「のたうち回る」のはドラマでは定番だが、腹腔内出血では少し動くだけでも痛いため、本当は「脂汗を流して動けずじっとしている」という方が適切な表現ではある。
また、渡海の手術も一体何が行われたのかよく分からなかった(私が無知なのかもしれないが)。
「そういうときはな、直接出しゃいいだろうよ!」
といって何かを持ち上げていたが、脾臓だろうか・・・?
その後の渡海の縫合も、何をしたのかあまりよくわからなかった。
CT画像上も脾動脈瘤の位置がよくわからないため(脾臓がアップになるため脾門部の病変だとは思うが)、何か実在する術式をイメージして作ったシーンではないのかもしれない。
脾臓は背中側に張り付いた臓器なので、このように体外に持ち上げることができるなら、渡海が手術に入る前にすでに脾臓の裏側が剥がされていたことになる。
であれば、脾門部の手前(膵尾部と呼ぶ)を手で挟み込んで容易に止血できたはず、という疑問も残る・・・。
もちろんドラマの世界。
手術シーンをうまく解説できないのは仕方ないが、できる範囲で感想を述べつつ、多くの方が楽しめる知識を引き続き紹介していけたらと思う。
第2話解説記事はこちら!