医療ドラマの手術と実際の手術とはどこが違うのか?

私が大学時代、手術見学をして最初に驚いたのが、外科医が執刀時に「メス!」と言わなかったことでした。

医療ドラマのイメージで、外科医が手術を始めるときは必ず「メス!」と鋭く言い放って、器械出しナースからメスをサッと受け取るものだと思い込んでいたからです。

ところが実際には、

「じゃあ始めます。メスください」

でした。

正直言って、「ドラマより全然かっこよくないなぁ」と残念に思ったものです。

 

もちろん「メス」と道具名だけ言う外科医もいることは後で分かったものの、私を含め多くの外科医は、最初は丁寧に、

「メスください」

「メスお願いします」

と言って丁寧にメスを受け取って皮膚を切ったのち、

「はい、メス返します」

と言って丁寧に返します

 

メスは、皮膚が驚くほど抵抗なくパックリ切れる危ない道具なので、他のどんな道具よりも丁寧な受け渡しが求められます

他の道具なら、外科医が道具名だけを言い放って手を出せば器械出しナースが道具を渡してくれます。

しかしメスのように鋭利なものは、お互い必ず目視で確認して受け取り、返すときも必ず「返します」と言うのが理想的です。

以前私が勤務していた病院では、この受け渡しがうまくいかず、メスを落として看護師の足の甲に刺さって腱が切れる、という事故が起きてしまいました。

とにかくメスの受け渡しは丁寧に、が鉄則なのです。

 

このブログではこれまで1500件近くのコメントのやり取りをしていますが、その中で手術中のことに関して、

「ドラマではこうだけど実際はどうなのか?」

という質問をたくさんいただいています。

コメント欄で一つ一つ丁寧に返答していますが、コメント欄を見直すのは大変ですので、今回はこれを一つの記事にまとめてみたいと思います。

 

ただし、私がこの記事を書く理由は「ドラマをリアルにしてほしいから」ではありません

それどころか、むしろ今回挙げる項目については、「リアルにしないでほしい」とすら思います。

外科手術というのは、実際には非常に「地味」で、本当にリアルにしてしまうとドラマは全く面白くなくなります。

外科医としては、当然ドラマで外科医がカッコ良く描かれることが嬉しいわけです。

あくまで「実際はどうなのか」の紹介と思ってお読みください

 

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「汗!」とは言わない

ブラックペアン第1話の感想記事で、「医療ドラマはこんなシーンがあればトンデモ」という話を書きました。

「トンデモ」とは失礼な言い方ですが、要するに、

「リアリティを追求しない、エンターテイメント重視だ」

という意味であって批判ではありません。

この手術中の「汗!」というのも、ある意味その条件に含まれます。

当たり前ではありますが、もし手術中に汗が垂れそうなら、

「すみません、汗を拭いてくれませんか?」

と看護師に言います。

そもそも手術中に汗が垂れてしまうなど本人の準備不足も原因なのですから、

「汗!」

などと偉そうに言うことは恥ずかしくてできません。

 

手術中にかぶる帽子の中には、おでこの部分に吸水パッドがついているものもあり、汗かきの人はこれを選べばあまり汗が垂れることがありません。

これでも吸水できないくらい汗かきで、ここに吸水パッドをもう一枚挿入している人もいます。

いずれにしても、手術中に汗が垂れて手術を中断するなど本来あってはならないことですね。

そうならないよう、手術に入る前にきっちり準備が必要です。

「汗!」などと言い放つ外科医がいたら、きっと陰でオペ室ナースに「何あの人偉そうに」と言われているでしょう。

むろん手術室は比較的快適な室温で、よほど汗かきでないと垂れるほど汗をかく人はいないのですが・・・。

 

2階から見下ろす窓はない?

手術室が2階分吹き抜けになっていて、手術の様子を上の窓から見下ろす、というシーンをドラマではなぜかよく見ますね。

私はこれまで、勤務先や見学等含め、大きな大学病院や医療センターなど様々な病院を見てきましたが、実は一度もこういう仕組みを見たことはありません。

昔はあったのかもしれませんが、あまり必要のない、少し無駄の多い設備と言えます。

なぜでしょうか?

 

まず手術は、手術室で足台に登って近くで見下ろさないと、何が行われているかはほとんどわかりません

2階からだとあまりに遠すぎて、進捗状況すら分からないでしょう。

まして、ライバルのすごい手術を見て「なんてやつだ」と感心している人がいたら、むしろその人の凄まじい視力で「なんてやつだ」と思われます

 

また、術野を撮影するビデオが用意されている施設も多く、手術はモニターを見た方がわかりやすい、ということもあります。

これについてはこちらの記事で詳しく説明しましたね。

そういう意味でも、手術室を見下ろす窓は必要ないと言えます。

 

そもそも吹き抜けだと部屋の容積が大きすぎて換気するのも大変ですし、コスト面からも適切ではないでしょう。

もちろんドクターXの、大門の手術を上の窓から見下ろしてみんなが感動する、という定番シーンは必須ですが。

<追記>

読者の方から、とある築40年を超える大学病院にこの設備がまだあるとの情報をいただきました。

昔は使用していたが今は使用していないそうです。

 

手術中に音楽は聴くのか?

手術中にお気に入りの音楽を聴くというのは本当か?

という質問も何度かいただいたことがあります。

患者さんにリラックスしていただくため、患者さんが手術室に入るときは和やかな音楽が流れていることが一般的です。

また手術中も、好きな音楽を流す麻酔科医や外科医はいます

特に医師が音楽にこだわりがなければ、看護師が好きな音楽を流してくれることもあります。

ただ、私を含め多くの外科医は、手術中に音楽が流れていてもあまり耳に入っていません

どんな曲が流れていたかと後で聞かれても、答えられないくらい聴いていないのが普通ではないかと思います。

手術に集中しているからですね。

 

余談ですが、以前知人から、

「手術で患者さんの体内にiPodを置き忘れる事故があったらしいね」

と言われたことがあります。

手術中に滅菌手袋でiPodなど触れるはずがないので、「絶対ありえない」と分かるのですが、彼は「ニュースで見たから本当だ」と真剣でした。

どうやら調べてみたら、虚構新聞の記事を真実だと思っていたようです。

「iPodで音楽を聴きながら執刀しており」

「開いた肺の部分にiPodを誤って落としたことに気付かないまま縫合」

「男性が『喉の奥から音楽が聞こえる』と違和感を訴えたため、エックス線検査をしたところ、iPodの残留に気付いた」

「今後は誤って患者の体内に残留しても危害が少なくてすむ、iPod nanoやiPod shuffleへの置き換えを医師に呼びかける」

と記事に書かれてあります。

笑い話ですが、ご丁寧にiPodが写ったレントゲン写真まで掲載されているので本気で信じたのでしょう。

もちろん手術中の音楽は、ラジカセ(古い)やiPodをスピーカーに繋いで部屋に流すタイプですよ。

まさかイヤホンなど使いません。

 

手術中にトイレに行きたくなったら?

これもよく聞かれるのですが、その答えとしては、

「手術中にトイレに行きたくなることがほとんどない」

ということになるでしょうか(人によると思いますが)。

私たちは、10時間、15時間とかなり長時間にわたる手術をすることもあるのですが、途中で休憩することはほとんどありません。

飲まず食わず、トイレも行かないのが普通です。

あまり尿意を催すこともないので、私自身は困った経験はありませんが、途中で行きたくなれば手術を一旦降りてトイレに行って戻ってくれば問題ありません

ただ、ガウンを脱いで、トイレを往復して手洗いをし直して再度ガウンを着る、というのが面倒なので、多少の尿意があっても我慢するかもしれませんが・・・。

いずれにしても手術中は全く休憩しない、というのが普通です

(例外的に、途中で体位変換が必要な手術では一時的に休めることもあります)

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左利きの外科医はどうしている?

ブラックペアン第2話では、左利きの外科医が手術中に器具を思わず利き手に持ち替えたせいで事故が起こる、というシーンがありましたね。

確かに外科医の中には、普段は左利き、という人もいます。

こういう人でも、手術は右手で行うようトレーニングされるのが普通です。

手術器具は原則右利き用ですし、何より執刀医が左をメインに使うと、周囲の人たちと手が干渉して困ることになります。

レストランで食事をする時に、自分の右にいる人が左利きだったら、と想像してみてください。

お互いの手が邪魔で食べにくいはずです。

手術でも、執刀医、第一助手、第二助手、器械出し看護師、全員が右利きであることを想定してフォーメーションが組まれます

全員が左をメインに使えば問題ないかもしれませんが、右利きが多数派である以上、左利きの人でも右を使うのが安全です。

 

「あとはよろしく」は本当にある?

医療ドラマで、

手術中に外科医の出入りがやたらに激しいのはリアルなのか?

と質問いただくことも多いです。

たとえばブラックペアンでは、佐伯教授や渡海が途中で入ってきて、大事な場面が終わると「あとはよろしく」と手術室を出て行きますね

 

実はこれは実際の手術でもよくあります。

むしろ、最初から最後まで同じ外科医が執刀医の位置に立ち続けるケースに「skin to skin(メスを皮膚に入れるところから皮膚を閉じるまで)」と名前がついているくらいです。

 

たとえば私たちの消化器外科手術では、患者さんが手術室に入ってから、お腹が完全に開く(開腹)までに2時間近くかかります

執刀医が教授や上級医の場合は、ここまでを若手が行い、途中で執刀医を交代することがあります。

また、閉腹(お腹を閉じる)にもかなり時間がかかるため、「あとは閉じておいてね」と言って執刀医が手術室を去ることもよくあります。

 

心臓外科手術であれば、人工心肺を回してから執刀医が手術室に登場することも多く、それまでの時間は消化器外科手術の比でないくらい長いです。

途中で人が変わるなんて不安!

と思う方がいるかもしれませんが、手術はチームで行うため、このように場面に応じて適切に布陣を変えながらベストな手術を患者さんに提供する方がむしろ安全です。

執刀医の定義について誤解している方も多いので、こちらもご参照ください

患者は希望の執刀医を指定してはいけない

 

手術はとにかく地味

現実の外科医の仕事は、実に「地味」です。

一部の緊急手術を除いては、ドラマのように手術中に予期せぬ事態が起こることはほとんどありません

患者さんの身になれば、そうでないと困りますね。

淡々と落ち着いた雰囲気で手術は進行し、そしてほとんどの場合、何事もなく終わります

手術が終われば、待ち合いスペースでお待ちのご家族の方に状況を説明しますが、この時も、

「手術は成功しました!」

などと興奮気味に言うことはありません。

「予定通り、手術は終わりました。これから順調に回復できるかどうか、慎重に見ていきます」

「引き続きよろしくお願いします」

のようなやりとりが普通です。

手術はあくまで長い治療の始まりに過ぎず、まだ何も成功したとは言えないからです。

 

現実の手術を知っている方は、ここに書いたことは「何を今さら、そんなの当たり前のこと」でしょう。

しかし医療ドラマを見て、「どこまでリアルなのか?」と思っている方は多いはずです。

「自分が手術を受ける時にあんな風では困る」と思っている方もいるかもしれません。

そういう方々の不安を解消することがこのブログの目的でもあります。

引き続きみなさんの疑問にお答えしていきたいと思います。

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医師。専門は消化器外科。二児の父。
ブログ開設4ヶ月後に月間67万PV達成
時事通信社医療情報サイト「時事メディカル」
「教えて!けいゆう先生」のコーナーで定期連載中。
エムスリーでも連載中&「LIFESTYLE」企画・監修。
「劇場版コード・ブルー」公開前イベントに出演。
プロフィール詳細はこちら

医療ドラマの手術と実際の手術とはどこが違うのか?」への6件のフィードバック

  1. 鈴木

    けいゆう先生

    歯医者さんに行くと、衛生士や助手に指示を出すとき、必ず「○○ください」と丁寧な言葉です。歯科では意識があるので患者に聞こえるけれど、聞こえない全身麻酔では「メス!」「汗!」なのかな…とか、時間のロスを減らすため、とか思ってました。

    虚構新聞のiPod記事は、「いいね!」が1.2万件ついており、少し昔の記事ですし、信じている人も多いかもしれませんね。個人的にはフェイクニュースやエイプリルフール記事のおもしろさはわかりませんし、むしろ不愉快に感じるのですが、アクセスは稼げそうではあります。

    それから、時々出てくる先生の手が、指が長くてきれいだと思いました。夫に同じポーズをしてもらい比較してみましたが、けいゆう先生の手よりゴツゴツしてました。

    また次回の更新を楽しみにしています。

    返信
    1. けいゆう 投稿作成者

      確かに局所麻酔など患者さんが起きている時は、患者さんが聞いていることを意識して不安にさせないような話し方をするので、全身麻酔とは少し違いますね。
      ただ、メス!や汗!のような言葉はないです笑 もちろん普通に道具をもらう時は、道具名だけを言いますが、メスのような危ない道具は別ですね。
      冗談でも信じてしまう人がいるという好例ですよね。おっしゃる通りあまりやりすぎは不愉快で、信じる人が悪い、とするのは短絡的な気がします。
      手袋をするとピタッとはりついて細く見えるので、ご主人もそうなるかもしれませんよ!笑

      返信
  2. きんもくせい

    けいゆう先生

    実際は「メス!」と言わないことがほとんどなんて、衝撃的でした。
    そのセリフは、医療ドラマでは定番中の定番なので、間違いないと思ってました。

    また、メスがそこまで鋭利な刃物とは想像以上です。
    テレビ画面で観る限り、メスは細身のカッターのようで、柄もプラスチックのようで軽そうですし(違ったらすみません)もちろんカッターとは似て非なるものでしょうが、触ったことがないので先生の解説で想像を膨らませて楽しんでいます。
    「電メス」もよくドラマに登場しますが、煙?のようなものが見えるので焼いているのかなと勝手に思っていますが、メスと電メスの違いもいつか解説していただきたいです。

    以前の手術器具の解説で、剪刀の持ち方の写真も驚きました。
    さっそく、自分でハサミを持ってみましたが、薬指がつりそうになりました。

    先生もそうですが、器用な方はやはり指がキレイですね。
    私がお願いしているネイリストさんも、失礼ながらややふくよかな方ですが、指は細くてとてもキレイです。

    返信
    1. けいゆう 投稿作成者

      私も学生の時に驚きました。
      でも考えてみれば当たり前というか、別に最初から道具名だけ言い放つ必要もないですしね。
      人によっては「メス〜」のように言う人もいるし、「メスちょうだい〜」というパターンもあります。
      メスは柄の部分はプラスチックのものを使うことが多いですが、刃の部分はかなり鋭利で、抵抗なく皮膚が切れるので、かなり危ない道具です。
      電気メス(電メス)は確かにこれまで記事で取り上げたことがなかったですね。
      手術には必須の道具なので、また書いてみますね〜

      返信
  3. TOM

    前に誰かから、外科治療は術前3割、手術2割、術後5割と聞きました。
    手術ばっかりがクローズアップされますが、本当はその前後、特に術後が重要なんだなと思いました。
    まあ、手術は長くても十数時間で決着するので、テレビ的には「演出」しやすいんでしょうね

    返信
    1. けいゆう 投稿作成者

      「術前3割、手術2割、術後5割」は一理あると思います。
      術前の準備や術後管理は大変ですし、患者さんの経過に大きな影響を与える要素です。
      この部分にあまりスポットが当たることはありませんが…

      返信

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