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セレン注製剤の目的は?過量投与で患者死亡のニュースを医師が解説

60代の女性が、処方されたセレン注製薬を自宅で投与した翌日に死亡したとのニュースがあった。

処方されたのは通常の738倍もの濃度のセレンであり、この過量投与が死亡につながった疑いが持たれている。

(ニュースの詳細はこちら

このニュースを見て、多くの方は以下の疑問を抱いたと思う。

セレン注製剤とは何なのか?どういう目的で使うのか?

名前からして点滴(注射)製剤だが、これを自宅で投与とは?

事故の詳細は明らかになっていないが、上記の疑問の答えについて、医師の視点からわかりやすく解説しておきたいと思う。

 

セレン注製剤の目的

「セレン」という言葉自体、聞いたことがない人の方が多いだろう。

セレンは微量元素と言われる物質の一種だ。

微量元素とは、「人間にとって少量しか必要ないが、ゼロでは生きていけない」物質のことである。

例を挙げると、鉄、マンガン、亜鉛、銅、クロム、モリブデン、そしてセレンだ。

これらは様々な食べ物に含まれるため、普通に食事をしていれば不足することはない

だが、食事を全く摂らずにいると、1ヶ月もするとセレンが欠乏し始め、その他の微量元素も順に不足し始める

セレン不足となると、甲状腺機能が低下したり、心疾患を発症するなど、全身性の不調を引き起こす。

よって、食事を全く取らない場合、こうした微量元素は製剤として無理やり補充する必要があるわけだ。

 

ここで、

1ヶ月食事を摂らない人などいるの?

と不思議に思った人がいるだろう。

実は今の医療技術があれば、数年という単位で全く食事を摂らずに生きていくことができる。

それはなぜか?

「中心静脈栄養」という技術があるからだ

 

中心静脈栄養とは?

通常、点滴と呼ばれる行為は、腕の細い静脈から様々な薬や水分を投与することを言う。

カロリーや電解質、脂肪分、アミノ酸などの製剤を点滴で投与すれば、食事を摂らなくてもある程度の栄養を体に入れることは可能だ

しかし、

1日3食分を全て普通の点滴でまかなうことができるか?

と言われると、答えは「ノー」だ

全て点滴で入れようとすると、輸液製剤の濃度が非常に高くなり、静脈炎を起こしてしまうからである。

私たちは、1日におよそ1200〜2000キロカロリーのエネルギーを補充しなければ生きていけない(体重によるが)。

これを全て点滴だけで補うことは、製剤の濃度に限界があるために不可能だと言うことだ。

 

ところが、これを可能にする方法がある。

それが中心静脈カテーテルである。

首や足の付け根などの太い静脈に直接カテーテルを挿入し、その先端を心臓の付近に置いておく。

ここから高カロリーの輸液製剤を投与することで、1日3食摂取したのと同じエネルギーを得ることができるのである。

太い静脈に投与するため、静脈炎の心配はない。

これを「中心静脈栄養」と呼ぶ。

 

消化管の病気で食事が摂れない人、喉頭癌や咽頭癌、脳梗塞などの後遺症で嚥下(飲み込み)ができない人など、食べることができずに亡くなっていた人たちが、この技術によって救われている。

(その他、中心静脈カテーテルは、普通の点滴では投与できないような様々な製剤が投与可能なため、現代の医療には欠かせない)

 

さらに便利なのが、この技術があれば自宅でも点滴が安全に可能ということだ。

通常の点滴と違い、長期間カテーテルを挿入したままでも良いため、在宅医療という形で自宅で点滴を行うことができる

 

この技術は瞬く間に広がり、現代の医療ではなくてはならないツールになっている

ところが、中心静脈栄養が広く行われるようになると、これが食事を3食摂ることと全く同じではないことがわかってきた

私たちが、食べたものから知らぬ間に摂取している重要な物質が多数あったのである

これが数々の微量元素である。

すなわちセレン欠乏症を含む微量元素の欠乏は、医療の発展が生んだ病気とも言える。

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セレン注製剤の必要性

ここでニュースの話題に戻る。

発表はされていないが、この患者さんは在宅中心静脈栄養を行なっていたと推測される

そして、セレンを含む微量元素が不足しないよう、定期的に自宅での点滴で補っていたのだろう。

ところが、微量元素は過量に投与されると毒性を持つ。

神経障害や呼吸障害、肝障害など全身性の重篤な障害を引き起こし、命に関わる状態となってしまう

微量元素は、その名の通り「微量」でなくてはならないのである。

 

ちなみに、口から食事が摂れない方のもう一つの栄養補給の方法として「経腸栄養」がある。

「胃ろう」のように直接胃に栄養剤を入れたり、鼻から胃に入れたチューブから栄養剤を投与する方法である。

この方法でも同じような微量元素の欠乏が起こることが知られている

同じく人工的な栄養剤を用いることによる弊害である。

 

ニュースの詳細が明らかになっていないため、どういう事情でこういうことが起きたか、どういう対策をとるか、についての考察は、今回の記事では割愛する。

まずは、「セレンとは一体何なのか」と思った方が参考にしていただければ幸いである。