「君は学生時代、一体何を勉強してきたの?」
私が医師1年目の時に、初めての救急外来で10年上の先輩医師に言われた言葉です。
学生時代、それなりに真面目に勉強し、万全の体制で現場に出たつもりだった私のプライドは、もろくも崩れ去りました。
私が臨床研修を受けた病院には大きな救命センターがあり、初期研修医としての初めてのローテートは救急部でした。
まさに、いきなり戦場に放り込まれたような気持ちだったのを覚えています。
毎日、救急患者はひっきりなしに搬送されてきます。
当時は24時間連続勤務というシフトも頻繁にありました。
元気に歩いてきた人が、外来で突然痙攣したり、ついさっきまでしゃべっていた人が目の前で突然意識を失ったり、といったことは日常茶飯事。
「先生!レベルダウンです!」
「先生!点滴の速度は!?」
「先生!速くしてください!」
看護師からも怒鳴られます。
でも体は思うように動きません。
国家試験に合格するためにあれほど必死で努力したことが、現場では嘘のように生かせないのです。
救急外来の隅っこにあった、トイレの個室の中だけが心休まる場所でした。
用を足し終わっても、「あと30秒だけ」「あと1分だけ」と自分に言い聞かせて、個室の中に閉じこもったことも一度や二度ではありません。
無力感にさいなまれ、帰宅後は学んだことを必死でノートにまとめる日々でした。
2週間ほど経って実家に帰った時に、会社員である父にこの厳しい現場のことを、愚痴のように話しました。
すると父は一言、
「そりゃあ、そのくらい厳しくしてもらわないと困る」
と言いました。
私は、それを聞いてはっとしました。
そして、何となく心の重荷が軽くなったような気がしました。
「そうだった。自分は人の命がかかった仕事を選んだのだ。厳しいのは当たり前だ。」
そう思ったからです。
その後、徐々に現場に慣れ、今では「こんなに楽しくてやりがいのある仕事は他にない」と思っています。
患者さんにとって、病院で治療を受けたり、入院をしたり、手術を受けたりすることは、人生の大きなイベントです。
医療従事者は、この人生をかけたイベントに直接関わることのできる素晴らしい仕事だと思います。
患者さんは、あの入院の時、あの手術の時に、あの先生が、あの看護師さんが、心の支えになった、助けてくれた、とずっと覚えてくれています。
私は、患者さんからもらった、ファイルに入りきらないほどたくさんの手紙を全て大切に置いています。
そこに書かれた色とりどりの思いが、私たちの仕事の大切さを物語っています。
最初は辛く、厳しく、険しい道のりです。
途中で逃げ出したくなることも、きっとあります。
当たり前です。
自らそういう仕事を選んだのですから。
でもそれを乗り越えることができれば、
「自分はこの仕事を選んで良かった」
と思える日が必ず来ます。
その日まであきらめず、共に前進しましょう。
ようこそ、臨床の世界へ。