俳優の大杉漣さんが2月21日、急性心不全で亡くなったとの報道がありました。
66歳の若さでした。
3日前にブログを更新していた、という情報もあり、直前まで元気だったことが予想されます。
なぜ元気だった方がこれほど急に亡くなるのでしょうか?
急性心不全とはどんな病気なのでしょうか?
「心不全」という病名の意味はあまり正確に知られていません。
あくまで病気のイメージを捉えることを目的として、簡単にわかりやすく説明します。
心不全とは原因というより結果
心臓は、全身に血液を送り出すポンプです。
心不全とは、ポンプ機能が不十分になり、
「全身が必要とする血液量を心臓が十分に送り出せない状態」
のことです。
「急性心不全で急逝」
という言葉はニュースなどでよく聞きますが、実はこれだけでは原因について何の情報も得られません。
「急に心臓のポンプ機能が不十分になって亡くなった」
という意味ですから、原因ではなく結果です。
重要なのは、
「どんな病気が原因で心臓のポンプ機能が失われたのか?」
です。
心不全とは、あらゆる心疾患の最後の形です。
心疾患(心臓病)は何十種類もあります。
結果としてこのニュースには、直接の死因となった病気についての情報は何もない、ということになります。
こういうと身も蓋もありませんが、私たち医療者はこのニュースを見ても「何が原因で亡くなったのか分からない」と思っています。
しかしある程度予想することは可能です。
どういうことか順に説明します。
急性、慢性の意味の違いは?
まず、急性心不全と慢性心不全の違いについてわかりやすく解説します。
「心不全」というと、突然心臓が動かなくなる病気、と思われがちですが、そうではありません。
慢性心不全で病院に定期的に通院している、という方はたくさんいます。
「慢性」的な「心不全」とはどういう意味でしょうか?
これは、マラソンにたとえるとわかりやすいでしょう。
正しいフォームでマラソンを走っていると最後まで元気にゴールできますね。
心臓の病気がない人が寿命を全うするケースです。
しかし間違ったフォームで走っていればどうでしょうか?
あるいは、足首を痛めていて、それをかばうように走っていたらどうでしょう?
最初のうちは体力がありますから、元気な人と同じペースで走れます。
しかし、そのうち膝や足首に負担がかかり、ゴールに到達する前に、途中のどこかの地点で失速してしまうでしょう。
これが慢性心不全です。
何らかの病気を抱えながらも頑張って動いていた心臓に、限界が来てしまったというわけです。
ここから先、35キロ、40キロ、と何とかゆっくりでも走り続けるために通院し、心不全の治療を受けなければなければなりません。
では、正しいフォームでマラソンを走っていても、3キロ地点で突然足首を骨折してしまったらどうでしょうか?
まだ3キロしか走っていません。
しかし、もうそこからは一歩も進めません。
これが急性心不全です。
心臓のポンプ機能が急激に失われるような病気が突然起こってしまったということです。
もう一つのパターンもあります。
痛めた足首をかばいながらも何とか走っていたが、その走り方が原因でついに骨折した、というパターンです。
慢性心不全を治療中に、急性心不全を起こしてしまう、というケースです。
急性心不全と慢性心不全
具体的に説明します。
心臓は筋肉でできています。
これが定期的に収縮することでポンプ機能を担っています。
たとえば、弁膜症(大動脈弁狭窄症や僧帽弁閉鎖不全など)のような弁の病気があると、心臓が血液を送り出すときに筋肉に負担がかかります。
最初のうちは、負担がかかりつつも頑張って血液を送り出しますが、そのうち無理がたたって心臓が悲鳴をあげ始めます。
痛めた足首をかばいながら走っていたからです。
徐々に、全身への血液が足りなくなってきます。
体調が良いときは症状がありませんが、少し強い運動をしたり、風邪をひいて体調を崩したりすると、とたんに心臓が持たなくなって入院する。
薬を使って心臓を補助し、なんとか普段の状態に戻る。
しかし入退院を繰り返す。
これが慢性心不全の典型的な姿です。
「元気なうちは負担がかかっていても何とか頑張れるが、長続きはしない」
というイメージを持っておくと良いでしょう。
これは、たとえば心筋梗塞を経験し、これを治療して社会復帰した人にも多いパターンです。
心筋梗塞では、心筋の一部が壊死して動かなくなります。
きっちり治療すれば、残りの部分は頑張って動くので、日常生活は普通に送ることができます。
ところが、動かない心臓の一部をかばって心筋がいびつな動きをするため、やはり無理がたたります。
結果として、慢性的な心不全に至ります。
では、心筋梗塞が広範囲に起こり、突如として全身への血液が足りなくなったらどうでしょうか?
その場で卒倒して急死します。
心臓の他の部分がかばうことのできないような異変が起きると、心臓のポンプ機能が急激に低下し、血液循環が維持できなくなります。
これが急性心不全です。
急性心不全の原因は?
では結局、急性心不全の原因は何でしょうか?
最も多いのは、急性心筋梗塞などの虚血性心疾患と呼ばれる病気です。
心臓を取り巻く冠動脈が詰まり、心筋への血流が途絶え、心筋が壊死する病気です。
原因で最も多いのは動脈硬化。
動脈硬化の原因は、糖尿病、高血圧、脂質異常症(コレステロールや中性脂肪が高い)、喫煙、肥満などです。
すなわち、メタボリックシンドロームの一つの形です。
中年から高齢(40代〜60代)の男性に多い病気です。
その他にも急性心不全を起こす病気はたくさんあります。
今回のニュースだけでは原因は何もわからない、というのは前述の通りですが、年齢や病気の頻度を考えると、虚血性心疾患の可能性が高い、と推測することはできます。
突然の訃報に、このような解説記事は大変失礼ではありますが、何らかの学びがあれば幸いです。
ご冥福をお祈りいたします。
ここからは興味のある方のみお読みください。
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もう少し詳しく解説
死因に関して部外者があれこれ詮索するのは良くないですが、もう少し詳しく見ていきます。
厳密には、急性心不全は、心臓以外が原因でも起こります。
たとえば肺塞栓症のように、心臓から肺に向かう血管が突然つまると、心臓から出てすぐのところに行き止まりがあることになります。
一気に心臓に負担がかかり、急性心不全を起こします(呼吸不全も起こしますが)。
大動脈解離や大動脈瘤破裂のような大動脈の疾患でも心不全になりえます。
今回、発症時に腹痛を訴えた、という情報がありますので、大動脈の疾患(腹部の大動脈疾患)である可能性はあります。
(虚血性心疾患でも「関連痛」または「放散痛」としてお腹や肩など離れた部位が痛くなることはありますが)
ただ、もしこれらの病気なら、「急性心不全」ではなく「腹部大動脈瘤破裂」や「肺塞栓症」など直接的な病名を発表する可能性が高いと考えます。
もう一つは、もともと公表していなかった心臓の持病があった可能性です。
慢性心不全がある方は、突如それが悪化し急性心不全に発展することがあります。
上述の、マラソンのたとえでも書いた通りです。
もしそうなら「急性心不全」とだけ発表する可能性はあるでしょう。
ただ、慢性心不全を起こす疾患は何十種類とあるため、こればかりは全く予想がつきません。
こちらもお読みください。