『すばらしい医学』シリーズ累計23万部

ドラマ「A LIFE」に医師が感じる3つの違和感

旬を大きく過ぎたネタを書くのは恥ずかしいが、どうしても書きたいので、今年の1 月から3月にかけて放送されたTBS系ドラマ「A LIFE〜愛しき人〜」の感想を書いてみる。

実際に病院の手術室を撮影に使用し、外科医から俳優陣に対し直接指導も行われたとのことで、手術場面はこれまでの医療ドラマとは比にならないほどリアルだった。

 

「手洗いをしてガウンを看護師に着せてもらう」

「拡大鏡の可動式レンズの部分を術中に外回りの看護師に下ろしてもらう」

「難渋する後輩の手術を見かねて途中で手術室に入り、足台を持ってきて、それに登って術野をしばらく見たのち、「僕が前立ちで入るよ」と言って手を洗いに出ていく」

もはや細かすぎて伝わらないモノマネの域で、洗練されたリアリティである。

 

ただ、妙に不自然な点もあったので、大人げなく突っ込んでみようと思う

 

1. 敏腕オペナース「柴田さん」が優秀すぎる

木村文乃演じる柴田さんは優秀なオペナースで、心臓外科医沖田のパートナーとして描かれる。

術野をしっかり見て、術者が次に必要なものを予測して、その場に出ていなかったら外回りのナースに持ってくるよう指示する場面など、細かいところまでリアルである。

ただ、いくら沖田が能力を認めた看護師だからといって、心臓外科係のオペナースを、脳外科手術の器械出し(執刀医の横に立って道具を渡す役割)として強く希望するのは、ちょっと奇妙な話である。

オペナースは、心臓外科係、脳外科係、整形外科係などのグループに分かれていて、それぞれに専属で優秀な人材がいることが普通だからだ。

科を飛び越えてまで手術参加を依頼すると「さてはこいつ彼女に気があるな」と変な邪推をされそうである。

まして、日本を代表する脳外科医が副院長を務める病院なのだから、脳外科係にも同じくらい優秀なオペナースがいるのが普通だろう。

そして柴田さんが心臓外科以外のオペまで完璧こなしてしまえるとしたら、さすがに優秀すぎる、というより違和感がある。

それから、柴田さんは医局にまで入ってきて、外科医に治療法のアイデアを授けてくれるほど優秀である。

私もデキる看護師が医局に入ってきて手術を教えてくれないかといつも待っているのだが、全然来る気配がない。

柴田さん、私にも手術を教えてくれませんか?

 

2. 「家族なのでオペできない!」はずがない

「家族だとオペができない」というのが周知の事実のように描かれていて、「家族のオペを誰がするのか」はこのドラマの中心的なテーマにすらなっていた。

現実ではありえないことで、むしろ家族のオペは専門分野なら自分でやるのが普通である。

日本を代表する脳外科医が、動揺して頭を抱えるなどさすがにありえない。

普通、外科医はオペが始まったら、「その患者がどういう人か」という意識は消える。

もちろん、医学的に「どういう病気でどんな背景疾患のある患者か」は常に意識して手術をするが、その人が自分の家族かどうかとか、VIPかどうかとか、そういう感覚はもちろん全くないし、あってはいけない。

「自分の家族の方が安心して手術ができる」という外科医もいる。

不適切な話で恐縮だが、「訴訟のリスクがないから」だそうである。

 

 

3. 論文を書かない外科医?

沖田は、若いころから単身アメリカに留学し、6000例を超える手術を執刀して経験を積んだのち鳴り物入りで凱旋したという設定であった。

ドラマの冒頭で、沖田が病院に戻ってくると知り、戦々恐々とするスタッフの中で、若手心臓外科医の井川が、

「沖田一光で検索しても論文一つ出てこないんですよね、書いてないからじゃない?論文書かないような先生が来る?」

と沖田を馬鹿にするようなシーンがある。

また、話が進み、帰って来た沖田がその腕を遺憾なく発揮したのちのことだが、

「沖田先生、論文書くこと馬鹿にしてません?」

「論文書くよりオペが上手い医者の方が偉いと思ってるんじゃないですか?」

 と嫉妬心をにじませて詰め寄る井川に、

「だったら?」

と涼しい顔で切り返す沖田。

 

沖田は豊富な執刀経験を武器に、多くの患者を救う外科医として憧れの存在。

一方の井川は、大病院の院長を父に持ち、出世への野心に燃えているのだが腕はまだ三流の高学歴エリート外科医という存在として描かれる。

 

出世のために論文に精を出す外科医はカッコ悪く、目の前の患者を救うために論文も書かずがむしゃらに手術をする外科医がカッコ良い。

 

これは、実はありそうでない話である。

 

6000例という手術を経験した外科医が、論文を1本も書いていないということは有りえないし、もしそうならカッコ良いどころか少し恥ずかしい

多くの症例を経験できるのは、病院に恵まれ、指導者に恵まれ、腕に恵まれた外科医の特権である。

その経験を目の前の患者にしか生かさない、というのは極めて勿体無いことだ。

 

6000例のデータがあれば、それに基づいてたくさんの論文を世に発表できるだろう。

まさに、世界中の外科医が知りたいと思っている情報の宝庫かもしれない。

こうした情報を論文や学会発表という形でまとめて発表するのは、外科医にしかできない仕事である。

目的は出世などという安易なものではなく、世界中の数百、数千の患者を救う、その助けになることである

というわけで、沖田先生、論文はちゃんと書きましょう

 

以上3点が、私が一番気になった点であった。

ただのドラマに真剣に目くじらをたてる外科医、ということで大いに嫌われそうだが、実はドラマの影響は非常に大きく、患者さんから「ドラマではこうだったのに」というような不満をきくこともあるので、書いてみた次第である。