アニサキス症は、わが国で年間7000例程度とかなり頻繁に発生していることを知っていますか?(国立感染症研究所の報告による)。
アニサキス症は、食べたものに含まれるアニサキスという寄生虫が起こす病気です。
昨年は、タレントの渡辺直美さんや庄司智春さんがこの病気になったことが話題になり、アジやカツオなどの価格が下落した時期もあります。
私もこれまで、アニサキス症でお腹の激痛を訴え、救急外来にやってくる患者さんを何度も診療してきました。
ちなみにネット上の記事で、「アニサキス症の発症者は年間100人前後」という間違った記載をよく見ます。
これは厚労省のホームページに載っている「食中毒として届出がされた患者数」です。
実際には、届け出されていないアニサキス症が毎年数千例起こっています。
では、なぜアニサキス症はこんなに頻繁に起こるのでしょうか?
理由は簡単で、「アニサキス」という名前は知っていても、アニサキス症の予防法を知らない人が多いからです。
アニサキス症は、緊急内視鏡(胃カメラ)や場合によっては手術が必要な病気です。
きっちり予防する方法を知っておく必要があります。
今回は、このアニサキス症について、わかりやすく解説します。
アニサキスとは?
アニサキスは、寄生虫(線虫)の一種です。
長さ2〜3センチの白くて細長い糸のような幼虫が体内に入ると、胃や腸の壁を突き破ろうと潜り込むので、激痛が起こります。
これを「アニサキス症」と呼びます。
アニサキス症が起こるのは、胃が最も多く、次いで小腸(十二指腸を含む)にも起こすことがあります。
アニサキスの幼虫は、どうやって私たちの体内に入るのでしょうか?
その原因は、新鮮な魚介類の生食です。
よってアニサキス症は、刺身や寿司にして生魚を好んで食べる日本人に圧倒的に多い病気です。
アニサキス症の原因
アニサキスの幼虫は、魚介類の筋肉内や消化管などの内臓に生息しています。
多いのは、アジ、サバ、サンマ、カツオ、サケ、ブリ、スルメイカなどです(1)。
アニサキスを含む魚を食べると、アニサキスは人間の体内に生息しようとします。
この寄生虫の性質を「幼虫移行症」と呼びます。
しかし人間はアニサキスの成虫が本来生息すべき宿主(寄生すべき相手)ではないため、1週間ほど経てば死滅してしまいます。
アニサキス症の症状
アニサキスが感染する部位によって、胃アニサキス症と腸アニサキス症に分けることができます。
いずれも、胃や腸の壁に虫体が潜り込もうとし、周囲に激しい炎症を起こすため、激しく差し込むような腹膜炎に似た腹痛が起きます。
胃アニサキス症ではみぞおちに、腸アニサキス症ではお腹のいずれの部位にも痛みが起こり得ます。
時に、吐き気を催し、嘔吐することもあります。
胃アニサキス症は、生魚を食べてから数時間以内と短時間に起こります(1)。
一方、腸アニサキス症は発症までに数時間から数日後と幅があるものの、胃アニサキス症より発症までに時間がかかります。
また腸アニサキス症は、腸閉塞や腸重積を起こすこともあります。
また、痛みだけでなく、蕁麻疹や呼吸困難などのアレルギー症状や、発熱などの全身症状を起こすこともあります。
その割合は5%程度とされています(2)。
サバアレルギーとされている人が、実はアニサキスのアレルギーだったとわかることもあります。
重度の場合はアナフィラキシーショック(重症のアレルギー)を起こし、命に関わることもあります。
一方で、虫体が体内に入り込んでも軽い症状のみの「緩徐型」と呼ばれるタイプもあります。
無症状のアニサキス症が人間ドックで偶然見つかる、ということもあります。
アニサキスが体内にいても1〜2割程度は全く症状がない、という報告もあります(3)。
アニサキス症の治療
治療として行うのはまず、アニサキスの虫体を除去することです。
胃アニサキス症では、緊急内視鏡(胃カメラ)を行い、カメラで見ながら虫体を摘まみ取ります(診断を兼ねています)。
人によっては複数の虫体が見つかることもあります(10〜20%は2匹以上。10匹以上いた例もあります)(3)。
通常、虫体を除去すればすぐに痛みがおさまります。
一方、普通の胃カメラでは小腸を見ることができないため、腸アニサキス症では虫体の確認は困難です。
ただ、アニサキスは人間の体内ではやがて死滅してしまうので、虫体を摘出できなくても自然に治癒します。
よって、特別な治療はせず、痛み止めなどを使って痛みが治まるまで様子を見ることもあります。
まれに、消化管の壁を突き破って他の臓器に迷い込んだりすることがあり、このケースでは寄生虫専用の薬を使います。
腸閉塞が悪化した場合は、手術によって腸管を切除しなくてはならないケースもあります。
決して「放置していても大丈夫」というわけではありません。
広告
アニサキスを予防する方法
アニサキス症は「予防」が最も大切です。
では、どのように予防すれば良いのでしょうか?
方法は2つあります。
食べる前によく観察する
魚を生で食べる際は、「食べる前によく見ること」が予防に最も有効です。
「そりゃ当たり前だ」
と思うかもしれませんが、この注意を怠らなければ、大部分のアニサキスは予防可能です。
アニサキスは長さが2〜3センチ、太さが0.5〜1ミリ程度もあり、目で容易に見える大きさの寄生虫だからです。
目視でしっかり観察して、見つけたらその場で除去すれば防げる病気です。
サルモネラや大腸菌のような細菌、ノロウイルスなどのウイルスが原因の食中毒が怖いのは、病原体が目に見えないからです。
これらに比べると、アニサキスは遥かに巨大です。
そのつもりで見ると、意外に頻繁にアニサキスに出会えます。
加熱、または冷凍する
アニサキスは高温で死滅します。
60度で1分、100度以上なら瞬時に死んでしまいます(1,2)。
一方低温では、マイナス20度で24時間以上置いておくと死滅します(家庭用冷凍庫のマイナス18度でまず問題ありません)(1)。
加熱処理や冷凍処理をしていれば、アニサキス症を予防することは容易です。
なお、アニサキスは酸に強く、酢でしめても死にません。
食酢でしめたシメサバやマリネには、生きたアニサキスがいる恐れがありますので、十分に注意しましょう。
同じく、塩漬けしたり、醤油やわさびをつけてもアニサキスは死滅しません。
今回はアニサキス症について解説しました。
ネット上には、正しくかつ分かりやすい記事があまりないため、この記事をぜひ参考に、安全な食生活を心がけてください。
(参考文献)
(1)厚労省HP「アニサキスによる食中毒を予防しましょう」
(2)人間ドック31:480-485, 2016
(3)日本医事新報4386:68–74,2008
専門医のための消化器病学/医学書院
感染症専門医テキスト/南光堂