先日、声優の鶴ひろみさんが「大動脈剥離(はくり)」で亡くなったというニュースがありました。
私はこの「大動脈剥離」という病名を聞いたことがなく、全国ニュースの文面に存在しない病名が掲載されていることに驚きました。
どうやら事務所の発表が「大動脈剥離」だったようで、それがそのまま報道されたようです。
存在しない病気なので、当然どの医療系サイトや書籍にも載っていません。
詳細は明らかではありませんが、似た病名である「大動脈解離(かいり)」のことではないかと推測し、今回は大動脈解離について説明したいと思います。
昨年、大阪で乗用車が暴走して歩道に乗り上げ、数人が死傷するという事故がありましたね。
この運転手の死因も大動脈解離でした。
大動脈解離のほとんどは、リスクをしっかり理解すれば予防できる病気です。
また、怖い病気ではありますが「かかったら死ぬ病気」というわけではありません。
軽症のものは、早急に治療することで手術を回避することも可能です。
どういうものが軽症なのでしょうか?
どうすれば予防できるのでしょうか?
大動脈解離という病気について簡単にまとめてみます。
大動脈解離はどんな病気?
大動脈は体の中心を走る、人体の中で最も太い動脈です。
この大動脈の壁は、地層のように3つの層でできています。
内側から内膜、中膜、外膜です。
大動脈解離とは、この3層の中で最も弱い「中膜」が裂けてしまう病気です。
「解離性大動脈瘤」と呼ばれることもあります。
大動脈の中では血液が常に勢いよく流れ、血管の壁にぶつかっています。
たとえば血圧が120の人は、ちょうど噴水が1.6メートル吹き上がるくらいの圧力です。
大人の身長に近いくらいの高さです。
非常に強い勢いであることがイメージできますね。
しかし健常な人の血管の壁は丈夫で弾力があり、血液が勢いよくぶつかっても中膜が裂けてしまうことはありません。
では、どういう人が裂けてしまうのでしょうか?
血液の勢いが強すぎる
または
血管の壁が弱い
のどちらかです。
当たり前ですね。
具体的なリスクとして書くと、
血液の勢いが強すぎる=高血圧
血管の壁が弱い=動脈硬化(弾力性がない)、Marfan(マルファン)症候群、Ehlers-Danlos症候群(組織が弱い)など
ということになります。
高血圧は動脈硬化の原因そのものですので、大動脈解離の最大のリスクを「動脈硬化」とまとめることができます。
一方、Marfan症候群やEhlers-Danlos症候群は生まれつき血管の壁を構成する結合組織が弱い、遺伝性疾患です。
動脈硬化に比べるとはるかに疾患人口は低いものの、Marfan症候群は有名ですのでご存知の方も多いでしょう。
余談ですが、Marfan症候群の人は、高身長で手足が長いという特徴があるため、バレーボールやバスケットボールなどのスポーツで有利です。
そのため、これらのスポーツ選手にMarfan症候群の人が多いことが知られています。
ところが皮肉なことに、スポーツの最中は、急に踏ん張ったりジャンプしたりする際に急激な血圧の乱高下を繰り返すため、大動脈解離のリスクが極めて高くなります。
かつてバレーボールのオリンピック選手だったアメリカのフローラ・ハイマンさんが、日本での試合中に突然死したことをご存知の方も多いでしょう。
死因はMarfan症候群に伴う大動脈解離でした。
一方、多くの方の大動脈解離のリスクとなるのは動脈硬化です。
大動脈解離のリスク、動脈硬化
動脈硬化は、様々な要因で血管の壁の内側にプラークが沈着し、動脈が弾力性を失って固くもろくなってしまう病態です。
上述の大動脈解離のリスクとなるのはもちろん、心筋梗塞や狭心症、脳梗塞など、多くの血管の病気のリスクでもあります。
原因は何か?
ずばり、生活習慣です。
動脈硬化のリスクの代表的なものを挙げてみます(これで全てではありません)。
高血圧
脂質異常症(コレステロールや中性脂肪が高い)
糖尿病
喫煙
肥満
運動不足
加齢(男性:45歳以上、女性:閉経後)
加齢以外はすべて生活習慣に起因し、生活を整えることによって予防できることがわかりますね。
大動脈解離の症状と治療
血管の壁がひとたび裂けると、裂けた部分に勢い良く血液が流れ込むため、裂け目が一気に広がっていきます。
激しい腰痛、背部痛が起こり、その痛みが移動する、というのが典型的な症状です。
多くは突然に発症し、「引き裂かれるような痛み」と表現されます。
しかし時に痛みがそれほど強くないケースもあり、整形外科的な腰痛と間違えられることもあります。
本人も重病とは思わず、近くの接骨院でマッサージを受けるなど、一般的な腰痛の治療をされて受診が遅れることもあります。
上記のようなリスクのある方で、突然発症の腰痛や、これまで経験したことのないタイプの腰痛があれば注意が必要です。
腰痛についてはこちらのチェックポイントも参考にしてください。
今回の鶴さんのように突然死してしまうかどうかは、
大動脈のどこがどのくらい裂けたか
によります。
大動脈は心臓から出たあと、少しだけ頭側に上ったあと、頭、首、両腕に枝を出したのちUターンして下行します。
この上る部分を上行大動脈、下る部分を下行大動脈と呼びます。
この上行大動脈に裂け目が及ぶタイプをStanford(スタンフォード) A型、及ばないものをStanford B型と呼び、2種類のタイプに分類します。
なぜこのように分類するのでしょうか?
治療方針や重症度が全く異なるからです。
Stanford A型
上行大動脈が心臓のすぐ近くまで裂け、心臓に直接影響を与える危険なタイプです。
大動脈の基始部(根元)まで裂けると、心臓周囲に血液があふれる心タンポナーデや、大動脈弁が働かなくなる大動脈弁閉鎖不全を起こし、急性心不全から死亡のリスクがあります。
また大動脈の基始部には、心臓周囲を取り巻いて心筋に栄養を与える冠動脈の入り口があります。
裂け目がここまで及ぶと、冠動脈に血液が流れなくなるため、心筋梗塞を起こします。
また、裂け目に入り込んだ血液によって大動脈の壁が「コブ」のように膨らみ、そのうち破裂することもあります。
「解離性大動脈瘤」とも呼ばれるのは、それが理由です。
いずれも死の危険のある病態で、多くのケースで緊急手術が必要になります。
上行大動脈を人工血管に取り替える、大手術です。
Stanford B型
裂け目が上行大動脈に及ばないものは、保存的治療(手術なし)で乗り切れることが多いタイプです。
破裂のリスクがあるものや、動脈の壁が裂けたことによる重要臓器の血流障害(下行大動脈からはお腹の中の様々な臓器や両足に枝が出ています)がある場合を除けば、手術なしで乗り切ることができます。
まず強力な降圧療法を行なって血圧を下げ、痛みに対して鎮痛薬を使用します。
落ち着いた段階でステントグラフトを使用したカテーテル治療を行なったり、場合によっては手術を行うこともあります。
いずれにしても、即座に死の危険があるというタイプではなく、多くの場合緊急手術が必要となることもありません。
治療としては、手術を心臓血管外科が、内科的治療を循環器内科が担当します。
大動脈解離について簡単にまとめました。
医療に関する報道に間違いがあることは非常に多く、病名が間違っていることすら珍しいことではありません。
ネットなどでも、病院や学会のホームページなど、信頼できる情報源を参考にする方が無難ですが、中には複雑でわかりにくいものもあります。
できるだけ、このサイトでも多くの病気をわかりやすく紹介できるようにしていきます。