急性虫垂炎は、昔から「盲腸」と呼ばれ、よく知られた病気です。
お腹が痛くなり、「盲腸かも?」と不安になった経験は誰しもあるでしょう。
虫垂炎と診断され、抗生剤で治療するか、手術を受けるかで悩まれた経験がある方もいるでしょう。
あるいは一度抗生剤で治したことがあり、また再発するかもしれないと不安な方もいるでしょう。
私は消化器外科医として、これまで数えきれないほどの虫垂炎の患者さんを治療してきました。
若い方にも多い病気のため、受験や大事な仕事のイベント直前に虫垂炎になった患者さんと、どの治療を選ぶか一緒に悩んだことも多くあります。
虫垂炎は多くの人がなる病気なので、ネット上にたくさんの情報が出回り、しかもその多くが間違いだらけでみなさんを惑わせています。
今回は専門的な立場から、わかりやすく正しい知識をお伝えすることで、上記の疑問に全てお答えしたいと思います。
このページで必要な知識が全て手に入りますのでご安心ください。
目次
虫垂炎の原因は?
虫垂炎はなぜか昔から「盲腸」と呼ばれていますが、これは誤りです。
そもそも「盲腸」は大腸の1つの場所の名前で、病気の名前ではありません。
盲腸は大腸の一部で、そこに付いたヒダのような小さな臓器が虫垂です。
虫垂は細い管のような臓器なので、中に便が溜まって感染しやすく、炎症を起こしやすい構造になっています。
炎症を起こすのは盲腸ではなく虫垂ですので、「虫垂炎」が正解です。
虫垂の長さや大きさは人によって様々で、どういう人に起こりやすいかははっきり分かっていません。
ただ、2125人を対象とした大規模な研究で、食物繊維不足が虫垂炎のリスクであることがわかっています(※)。
この研究では、食物繊維の不足が虫垂炎の原因の70%を占めるとしています。
「虫垂炎を予防する方法」として明確なものはないものの、普段からしっかり野菜を摂取することは大切です。
どんな症状があるの?
多く見られる症状は以下の3つです。
・腹痛
・発熱
・吐き気・嘔吐
最もよく現れる症状は「腹痛」で、それ以外の症状は全くないケースもあります。
「腹痛」といっても非常にありふれた症状ですので、
「どんな腹痛なら注意すべきか?」
を知っておきたい方が多いでしょう。
典型的なパターンがいくつかありますので、順に説明します。
お腹のどこが痛くなるか?
虫垂は上図の通り右下腹部に位置しています。
ですから典型的な症状は「右下腹部が痛くなる」です。
ただし、虫垂炎の初期症状として、みぞおちに痛みが出ることがあります。
「最初はみぞおちが痛かったが、その後徐々に右下腹部が痛くなってきた」
というのは、私たちがよく経験する典型的なエピソードです。
(最初から右下腹部が痛くなるケースももちろんあります)
ただ、虫垂がついている盲腸の位置が人によって異なるため、虫垂炎で痛くなる位置は人によって微妙に違います。
盲腸が骨盤内に落ち込んでいる人の虫垂炎では、下腹部の真ん中が痛くなることもあります。
妊娠中に虫垂炎になった方は、子宮によって盲腸が押し上げられ、右上腹部に痛みが生じることもあります。
逆に、
・お腹の左側が痛い
・お腹全体やヘソの周りの広い範囲がなんとなく痛い
という場合は「虫垂炎らしくない」と考えます。
まとめると、以下のマップのようになります。
腹痛の種類とパターン
虫垂のある位置を押さえると、
「1つの部位がピンポイントで痛い」
かつ、
「何度押さえても同じところが痛い」
というのが特徴的です。
お腹のどこを押さえてもなんとなく痛い、押さえて痛い部位が変化する、というケースは虫垂炎の可能性が低くなります。
また、
「歩いたりジャンプしたりすると痛いところに響く」
というのも特徴的です。
これは腹膜に炎症が波及している時に起こる症状です。
動くと痛いため「じっとお腹を押さえて脂汗を流している」という姿が典型的です。
逆に「痛みでのたうち回っている」という場合、虫垂炎は考えにくくなります。
腹痛以外の症状
多くは食欲不振や吐き気を伴い、時に嘔吐します。
また感染症ですので、熱が上がります。
通常、37℃〜38℃台のことが多く、39℃台後半や40℃といった高熱だと、
「虫垂炎以外に発熱の原因があるのでは?」
と疑います。
一方、高齢者の場合は体に炎症が起きても発熱しにくくなっているため、
「重度の虫垂炎でも平熱」
ということは多くあります。
もちろん高齢者に限らず熱が出ないこともあるので、熱がないからといって虫垂炎でないとは言えません。
また、下痢が時に起こることがありますが、起こっても軽度です。
腹痛とともに頻繁に水のような下痢が出る場合は虫垂炎は考えにくく、ウイルス性・細菌性腸炎を疑います。
ここまで読んで、「虫垂炎っぽくない、でもお腹が痛い」と思った方は、以下のチェックリストを使ってチェックしてみて下さい。
虫垂炎以外にも腹痛を起こす大きな病気はたくさんあります。
虫垂炎かどうかを自分で見分ける方法は?
虫垂炎かどうかを自分で見分ける方法はありません。
虫垂炎の特徴として、
「お腹を押さえた時より離した時の方が痛い」=「ブルンベルグ兆候」
などを挙げているサイトがありますが、感度が低い(当てはまる人が少ない)サインであるため、まず当てになりません。
(お腹を触り慣れた私たちですら当てにしません)
医師が診察、検査しない限り正確にはわかりませんので、上述した症状に当てはまる場合は必ず消化器外科または消化器内科を受診しましょう。
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どんな検査で診断するの?
一般的には、以下のような検査を行います。
・血液検査
・腹部エコー
・腹部(造影)CT
腹部レントゲンやMRIは、虫垂炎の診断のためにはあまり有効ではありません。
虫垂に炎症が起きているので、血液検査で炎症反応(白血球やCRPと呼ばれる項目)が上がります。
また腹部エコーやCTで、腫れ上がった虫垂が写ります。
ただし、非常に軽い虫垂炎の場合はエコーやCTではわかりにくいこともあります。
どんな治療をするの?
虫垂炎になったらどんな治療を受けなくてはいけないの?
入院は必要?必要ならどのくらいの期間?
仕事や学校で忙しい若い方にも多い病気のため、こういう不安が必ずあるはずです。
まず、治療の方法は大きく分けて2つあります。
抗生剤治療と手術です。
ちなみに「抗生剤」や「抗生物質」は正しい表現ではなく、正確には「抗菌薬」です。
ここでは「抗菌薬」と書きます。
虫垂炎は軽いものから、重篤なものまで重症度は様々です。
重症度に合わせて、抗菌薬か手術かを選びます。
昔は虫垂炎といえば全員手術を受けていました。
現在のように画像検査の性能が良くなかったので、術前に重症度を正確に判断できなかったからです。
現在は、重症度に応じてそれぞれの治療を使い分けています。
ではどのくらい重症なら手術が必要なのでしょうか?
目安としては以下の図のようになります。
これを見れば、
「ここまでは抗菌薬、これ以上は手術」
という明確な線引きがあるわけではないことがわかりますね?
その理由を、軽症と重症に分けて説明します。
軽症のケース
最も多いのが、この軽症のケースです。
軽症のケースの中でも、炎症がごく軽いものは、抗菌薬で治すことも、手術で治療することも可能です。
「抗菌薬で治るくらいなら手術する必要なんてないのでは?」
と思う方がいるかもしれません。
実は、抗菌薬治療には、手術に比べて大きなデメリットが2つあります。
1つ目は、治療後に虫垂炎が20-30%に再発するということです。
虫垂がある限り何度でも虫垂炎が起こる可能性があります。
抗菌薬で一旦治癒しても、1ヶ月もたたないうちに再び虫垂炎になって結局手術を受ける方もいます。
一方、手術で虫垂を切除してしまえば、原則的には虫垂炎は二度と起こりません。
2つ目は、抗菌薬が効くとは限らないということです。
ごく軽症のものでも、抗菌薬が100%効くとは限りません。
人によっては、抗菌薬治療を開始しても効き目が良くなく、数日経過してから結局手術をするケースもあります。
多くは、その数日間で虫垂炎は悪化しています。
「最初に手術を選んでおけば良かった」
となるケースもあるということです。
一方、抗菌薬治療の最大のメリットは、
「入院しなくても良い」
ということです。
内服薬を毎日飲んで、週に1、2回通院して経過を見ます。
お腹の痛みの変化や血液検査の数字で抗菌薬の効果があることが確認できれば、1〜2週間程度で治療は終了です。
抗菌薬で治すことを「散らす」と俗に言います。
「抗生物質で盲腸を散らす」というのは、ここに書いた抗菌薬治療を行うという意味です。
(持病があってリスクの高い方などは、抗菌薬治療でも入院が必要な例外もあります)
一方、手術を受ける場合はおよそ2〜3日の入院が必要です(個人差はあります)。
また手術にはお腹にメスを入れるというリスクがありますから、治療のリスクが抗菌薬より高いというデメリットもあります。
以上のことから、それぞれの治療のメリット・デメリットをまとめると以下のようになります。
メリット | デメリット | |
---|---|---|
手術 | 二度と虫垂炎にならない |
手術という治療リスク 入院が必要 |
抗菌薬治療 | 入院が不要 |
20-30%に再発する 効果がなければ悪化する |
どちらが正解、ということはありませんので、両方が選択肢に上がる場合は患者さんとじっくり相談して決めることになります。
また、抗菌薬治療だけで治療が終了できるのは、ごく軽症の場合だけです。
ある程度炎症が強いケースでは、抗菌薬が効かない可能性が高いため、一般的には手術をおすすめします(上の図に書いた通り)。
重症のケース
虫垂炎は重症化すると、虫垂に穴が空いて(穿孔)、炎症が周囲に広がります。
これを「腹膜炎」と呼びます。
ひどい場合は周囲に膿が大量に溜まることもあります(「膿瘍(のうよう)」と呼びます)。
痛みは強くなり、熱も高くなります。
このケースでは、虫垂だけでなく、盲腸や小腸など周囲の腸管にも炎症が及んでいます。
虫垂を切除するだけでは治せないケースも多く、大腸や小腸も一部切除する大きな手術が必要になります(詳細は後述します)。
軽症の場合は2〜3日の入院と書きましたが、この場合は術後1〜2週間の入院が必要です。
術前に抗菌薬治療を行なってから手術する方法
このように重症のケースでは大きな手術が必要で、リスクも高くなります。
そこで、まず抗菌薬を投与して炎症をある程度抑えこみ、落ち着いてから手術を行う、という治療を行うこともあります。
これを「interval appendectomy(インターバルを置いての虫垂切除)」と呼びます。
入院して絶食し、点滴で抗菌薬を投与します。
炎症が落ち着き、かつ食事を再開しても悪化しないことが確認できれば一旦退院します。
入院期間は2〜4週と長くなることが多いです。
完全に炎症が落ち着いたところで手術を行いますが、これは3ヶ月〜半年以上経ってからになります。
入院期間も治療期間も長くなるのが欠点ですが、最大のメリットは、炎症が落ち着いてからの手術の方がリスクが低く安全ということです。
しかも、虫垂を切除するだけの小さな手術で済むケースも多く、広範囲の腸管切除を避けられます。
ただし、この治療が成功するかどうかは、やはり「抗菌薬が効くかどうか」次第です。
数日間抗菌薬を投与しても効き目が乏しければ、すぐに手術に切り替えます。
この場合は前述の通り大きな手術が必要になります。
抗菌薬が効くかどうかは、やってみないと分かりません。
抗菌薬投与中は、手術の機会を逸しないよう血液検査やお腹の痛みの変化などを慎重に観察します。
また、この治療(interval appendectomy)ができるのは、大きな持病のない健康な方だけです。
糖尿病やステロイドを使用している方、抗がん剤治療中の方、高齢者など、免疫力が落ちている方は、治療中に急激に虫垂炎が悪化するリスクがあります。
抗菌薬治療で様子を見ることがかえってリスクになる方は、最初から手術を受けていただきます。
どんな手術をするの?
軽症のケース
以前は全て開腹手術でしたが、最近は腹腔鏡手術が一般的になりつつあります。
どちらを行うかは施設の方針によりますが、軽症であればどちらを選んでも良いと言われることもあります。
それぞれの特徴を説明しておきます。
腹腔鏡手術 | 開腹手術 | |
---|---|---|
麻酔 | 全身麻酔 | 腰椎麻酔 |
傷の大きさ | 小さく目立たない | やや目立つ |
術後の回復 |
回復が早い (最短で1泊2日) |
やや回復が遅い(?) (2、3日の入院) |
手術時間 | ほぼ同じ(30〜60分程度) |
麻酔の方法
腹腔鏡手術では全身麻酔が必要ですが、開腹手術は腰椎麻酔(下半身麻酔)で行うことができます。
どちらの方が安全、ということはありません(それぞれに麻酔リスクはあります)。
全身麻酔手術が「怖い」と感じる人もいますが、寝ている間に終わるから楽だという人もいます。
腰椎麻酔では術中に目が覚めているため、痛みはなくても不快感や苦痛があるからです(腸を触る時の吐き気、仰向けのままじっと動けないなど)。
ですから、これは「個人の好み」です。
ただし、全身麻酔は麻酔科医がいなければできません(腰椎麻酔は外科医だけでできます)。
したがって夜間や休日に麻酔科医が不在という施設では、選ぶ余地がないこともあります。
傷の大きさ
傷の位置はあとでイラストで示します。
腹腔鏡手術では5ミリ〜1センチ以下の傷が3ヶ所つくだけです。
小さく、術後に傷跡が目立ちません。
施設によっては、「単孔式(たんこうしき)」といってヘソの傷だけで腹腔鏡手術を行なっているところもあります。
一方、開腹手術は右下腹部に5センチ程度、場合によってはもう少し大きくなることもあり、傷跡はやや目立ちます。
術後の回復
虫垂炎の重症度、本人の年齢や元気さにもよるので一概には比較できません。
おおよそ腹腔鏡では傷が小さい分回復も早い傾向にありますが、同じ重症度、同じ年齢ならほぼ変わらないと思って良いでしょう。
手術時間
手術時間も虫垂炎の重症度などに影響されるため一概には言えませんが、それほど大きな差はないでしょう。
腹腔鏡の方が時間がかかるとしているサイトもありますが、私自身は腹腔鏡に慣れていますので、おそらく腹腔鏡の方が速く終えられます。
術者個人の慣れにもよるでしょう(とは言え、せいぜい差は5分、10分のレベルです)。
ただし、腹腔鏡は全身麻酔が必要です。
正味の手術時間は同じでも、全身麻酔をかける時間と覚ます時間を入れれば腹腔鏡の方が長くなります。
以上のメリット・デメリットや、入院期間については施設によって様々です。
事前に担当の医師にきっちり確認しておきましょう。
では、私がもし虫垂炎になったらどちらを選ぶか?というと腹腔鏡を選ぶと思います。
傷の大きさは気にしませんが、全身麻酔手術を受けた経験があり非常に楽だったからです。
重症のケース
重症のうち、上述のように抗菌薬治療が効かなかった場合、あるいは最初から手術が必要と判断された場合です。
上述したように大きな手術が必要ですから、開腹手術が必要なことが多いです。
場合によっては腹腔鏡でできることもありますが、傷の数は増えることが多いでしょう。
切除するのは虫垂だけでなく、炎症が及んでいる大腸や小腸を大きく切除する必要があるからですね。
以上のそれぞれの手術の傷の位置と大きさは以下のイメージ図を参照ください。
ただし、正確な位置や大きさは病状や施設の方針によって異なります。
(単孔式は、普通の腹腔鏡手術よりヘソの傷は大きくなります)
手術後の合併症のリスクは?
手術には合併症のリスクがつきものです。
全てを挙げるとキリがありませんので、代表的なものを説明しておきます。
・出血
・縫合不全
・創部感染
炎症が強いと組織がもろくなり、出血が起きやすくなっています。
またお腹の中に「ばい菌」がいる状態ですので、皮膚の傷にも細菌感染を起こして傷が膿む(化膿する)ことがあります。
また虫垂を切除すると、その切り口は縫い閉じる必要がありますが、この治りが悪いと縫い口が再び開いてくることがあります。
こうなると、腸内の細菌がお腹の中に漏れて腹膜炎が起きたり、周囲に膿が溜まり、再び手術や抗菌薬治療が必要になることがあります。
こうした合併症が起こると、入院が数日、あるいは数週間長引くことになります。
以上、虫垂炎に関して知っておくべき知識をまとめました。
虫垂炎は子供から大人、高齢者まで誰でもかかりうる病気です。
治療を選ぶ時は、病気の重症度だけでなく、年齢や社会的背景(入院できるかどうか)など様々な因子を考慮します。
担当の医師とじっくり相談して治療方針を決めましょう。
(参考文献)
(※) Adamidis D et al. Fiber intake and childhood appendicitis. Int J Food Sci Nutr. 2000 May;51(3):153-7
消化器外科専門医へのminimal requirements/MEDICAL VIEW