今回の第9話に関して、以下のような鋭いご質問をいただきましたので、お答えしたいと思います。
三井先生から頼まれて、救急に戻ってきた緋山先生。
橘先生から立ち話レベルで頼まれて戻ってきた藍沢先生。
他の病院の院長であるお父さんから戻って来いと言われた名取先生。
電話レベルで医局長を打診される緋山先生。
と、医師の配置がかなりラフに行われる印象です。
実際のところ、こんなにホイホイと異動があったり、ヘルプに行ったりするのか、
また医局長とは、どのくらいの役職なのでしょうか?
西条先生や橘先生が部長なのに対して、課長くらいのレベルでしょうか?
by むしゃむしゃ子さん
おっしゃる通りです。
私がこの展開にあまり違和感を感じないのは、恥ずかしながら、医者の異動がこのようにラフなこともあるからです。
一般企業などの人事異動よりかなりルールは曖昧なのではないかと思っています。
ただ、もちろん「こういうこともある」というだけで、大部分はこうではありません。
私自身もこのような異動を経験したことはありません。
では普通はどういう風に異動するのでしょうか?
医師の異動と役職について、藍沢、緋山、名取らコードブルーのスタッフを例に挙げて、少し解説してみたいと思います。
病院の人事の仕組みとは?
緋山は恩師である周産期医療センターの竹内先生からの電話一本で、名取は突然現れた父親の指示で、翔北をやめるかもしれない状況です。
しかしこの人事異動は特殊なパターンです。
普通はどうしているのか、そして緋山と名取の異動にはどういう思惑があるのか、真面目に解説してみます。
一般に、医師の多くは、どこかの大学が持つ「医局」という組織に属しています(もちろんそうでない人もいますが)。
医局のトップは大学教授です。
教授に、医局員(つまり私たち平社員)の人事権があります。
ですから、教授からの「来年度はAという病院に行ってください」という指示に従う形で異動が決まるのが一般的です。
教授は、各病院のバランスと、個々人の能力、専門性を加味して人事を決めていきます。
コードブルーの舞台である病院は、正式には「翔陽大学附属北部病院」です。
スタッフたちは略して「翔北」と呼んでいます。
翔北は、翔陽大学の付属病院、つまり大学病院です。
医学部を持つ大学のほとんどは、付属の病院を持っています。
国公立大は普通は一つですが、私大の多くは、順天堂大や昭和大、関西医大など、複数の大学病院を有しています。
翔北は、北部病院ですので複数ある大学病院の一つということです。
つまりメインの翔陽大学医学部付属病院(各科のトップは翔陽大学教授)があり、北部病院はサブの病院です。
一般論では、救命救急センターの医師は、翔陽大学の救急科教授がその人事権を握っています(※)。
翔北の脳外科部長、西条は、翔陽大学の脳外科教授の指示で、循環器内科の井上は、翔陽大学の循環器内科教授の指示で、翔北病院にいるということです(あくまで一般論で、そうではない可能性もありますが)。
しかし、大学教授が人事権を持つのは、大学病院だけではありません。
全国の中核都市にある比較的大きな病院の大半は、その人事権をどこかの大学教授が持っています。
つまり、大学の関連病院、系列病院ということです。
大学病院と違い、普通に「〜市民病院」や「〜医療センター」という名前なので、どこの大学の系列なのかは見ただけでは分かりません。
大学が存在する町の病院が、その大学の系列病院とも限りません。
例を挙げると、たとえば京都大学は、小倉、倉敷、静岡などの地方都市に大きな関連病院を有していますが、京都府内の多くの病院は、京都府立医大の関連病院です。
更に言えば、病院によって、脳外科はA大学系列だが、整形外科はB大学系列、ということもあります。
非常にややこしい仕組みです。
ですから多くの医師は、自分の属する大学医局が持つ関連病院を転々とする人生です。
私もそうです。
これは、各大学が担当する医療圏を俯瞰で見ることのできる教授が、バランスを考えて人材を配置するシステムなので、それに従うのが、その土地の患者さんにとってもベストな選択だと私自身は思っています。
ただ、そもそも、
「そんなのは嫌だ!医局をやめて自分で就職先を選びたい!」
と思う人はあまりいません。
確かに、自分で病院を選んで自力で応募することは、行きたい病院の行きたい科に、偶然人が足りなくて人員募集があれば可能です。
しかし、多くの病院はいずれもどこかの大学の関連病院ですから、すでに医局から人が送られています。
そこに割り込んで独力で入ることは、簡単ではありません。
つまり、あまり計画性なく医局をやめると、本人が困るケースが多くあるということです。
しかし、計画性があればその限りではありません。
それが緋山と名取のケースです。
一本釣りされた緋山
計画性を持って、医局から独立する人もそれなりにいます。
私の勝手な分類では、以下のような3つのパターンがあると思います。
開業する
自分の資産を使って、自分の医院を立ち上げて経営すれば、人事権を他人に握られることはありません。
ただし、開業はリスクも伴います。
大学病院や都市の中核病院のように、自然に患者さんが集まることはありません。
医療訴訟が起こっても誰も守ってくれません。
訴訟1回で信用を失い、倒産してしまうこともあります。
開業医の報酬は、勤務医の2、3倍以上というのが一般的ですが、彼らの負っているリスクを考えれば、勤務医と同じ報酬では割に合わないとも言えます。
有力者による引き抜き
緋山は、竹内先生という周産期医療センターの大御所(?)にその能力を期待され、認められています。
こういう人からの一本釣りがあれば、翔陽大学の医局をやめたとしても、困ることはありません(医局員だったら、の話ですが)。
今後も緋山には、竹内先生が次々と病院を紹介してくれるでしょう。
ただ緋山がどのくらい出世できるかは、竹内先生の医療界での権力にもよります。
また何かの拍子に竹内先生との関係がこじれたら、ということを考えると、やはり緋山自身も竹内先生に守られているうちに自分の能力をアピールする努力が必要になってきます。
これは、医師に限った話ではないでしょう。
他の職種の方も、有力者からの引き抜きの威力は大きいのではないかと思います。
親の医院を世襲として継ぐ
名取は、名取総合病院院長の一人息子で、御曹司です。
翔北でたっぷり経験を積んだのち、あっさり翔北を辞めて親の経営する病院の副院長に収まれば、本人は全く困りません。
名取は今でこそ救急の現場に楽しさを感じつつありますが、翔北に来たばかりの頃は、迷いなくそうするつもりだったでしょう。
その意味で、名取の父親は計画的です。
名取総合病院は、総合病院とは言え、大学病院に比べれば小さな中小規模の病院のはずです。
最初から自分の病院のスタッフとして息子を働かせるよりは、たっぷり翔北で経験を積ませた方が、自分の病院にとってプラスと判断したのでしょう。
第5話で、白石から「なぜ翔北を選んだのか」と問われた名取は「父親が行けといったから」と即答しています。
したがって、名取の父親にとって、名取が救急医療に興味を持ってしまったのは想定外です。
翔北に残りたいなどと言い出されると困るので、針刺し事故などいらぬ口実を持ち出して、翔北をやめさせようとするわけです。
名取家の汚名が原因というより、意外にも名取が翔北の救命救急センターで生き生きと働いていることに対する危機感の方が大きいはずです。
その他に、藍沢のような例外もあります。
藍沢のように優秀で野心もあれば、部長や教授のツテをたどり、他の病院への国内留学や、海外の病院への留学のチャンスを与えられることもあります。
病院内での科の移動は、藍沢のように脳外科に半分籍を残したような形であれば普通は可能です。
救急部で経験を積みたい、と部長に打診して、OKが出れば問題ありません(もちろん病院によりますが)。
翔北病院では、頭部外傷の初療を救急医が行うため、藍沢のような選択は合理的です。
しかし一般には、頭部外傷の手術は最初から脳外科医が行います。
ですから、翔北病院のように救急部の規模が大きい病院でなければ、藍沢も脳外科に属したままの方が経験は積めるということです。
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緋山にオファーのあった医局長とは?
実は病院内の役職名は、これも恥ずかしながら、かなり「アバウト」です。
例えば、翔北病院では救急部部長は橘、脳外科部長は西条、とトップは一人です。
しかし実際には病院によっては、救急部部長が2人いたり、脳外科部長が3人いたりします。
部長の次の役職名も様々です。
副部長がこれまた2人くらいいたり、副部長という役職自体が存在せず、2番手が医局長とか医長とか病棟医長だったりします。
部長の上にセンター長がいることもあります。
病院によってルールは様々です。
役職名を見るだけでは、どちらが偉いのかわからないこともしばしばです。
そのため、緋山にオファーのあった周産期医療センターの医局長がいかなるポジションなのか、全くわかりません。
医局長というと医局のトップのような名前ですが、上述したように医局のトップはあくまで教授です。
名前自体にあまり意味はありません。
おそらく緋山の年齢を考えても、3番手や4番手といった中堅、つまり、むしゃむしゃ子さんのご想像の通り、課長のようなポジションではないかと推測はできるのですが・・・
そう言い切ってしまうと、実はトップが「医局長」という名前の病院があったら、その医局長に叱られるかもしれません。
要するに、そのくらい役職名は病院によって様々だということです。
もう少し1st SEASONからじっくり調査すれば、明確な答えが得られるかもしれませんが、あくまで私の予想としてはこんな感じです。
(※)補足ですが、私立大学病院には途中で開業する医師も多く、大半の医師が生え抜きではない病院が多くあります。
そのため、私立大学付属病院が、別の国立大学の系列病院であることがよくあります。
そうなると、例えば翔北病院の部長クラスが、実は千葉大学の医局人事で動いている、という可能性もあり得ます。
このように医師の人事は話せば話すほど複雑なのです。
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