お笑いタレントの小島よしおさんが、テレビ番組の特集で検査を受け、「大腸がんを発症する危険性がある」と指摘された、というニュースがありました。
記事のタイトルは「小島よしお 大腸がんの危険性」です。
一体何かと思って読んでみると、大腸カメラ(下部消化管内視鏡検査)で、3ミリの大腸ポリープが見つかった、とのことでした。
この大腸ポリープを切除して調べたら、癌ではなかったそうです。
ニュースという短い文章で、医療に関する情報を適切に伝えることがいかに難しいかを痛感します。
大腸ポリープは非常にありふれた疾患で、3ミリ程度の微小なポリープを切除せずに「経過観察(=切除せず)」としている人は非常に多くいます。
こういう方はこのニュースを見て、きっとこう思うでしょう。
「私の大腸にも同じようなポリープがある!本当は大腸癌かもしれない。大変だ・・・」
私のところにやってきて、「大丈夫でしょうか?」と聞いてくれたら私は、
「小島よしおさんのポリープがどういうものか知りませんが、あなたのポリープは経過観察の方針で大丈夫です」
と答えるでしょう。
しかし中には、「癌かもしれないポリープを放置されている」という不信感を募らせ、他の病院に大腸カメラを予約しに行く人がいるかもしれません。
結果的に、必要ないはずの検査を受け、切除する必要のないポリープを切除する、というリスクを犯すことになります。
医療に関するニュースは、かなり慎重な伝え方をしないとただ不安を煽るだけになります。
まして「有名人が病気になった」というニュースは、一般市民に大きな影響を与えます。
わずか3ミリの微小なポリープが発見された事実を、「大腸がんの危険性」と誇張すれば、大きな誤解を生む恐れがあります。
ではなぜこのニュースが「誇張」なのか、わかりやすく説明します。
大腸ポリープとは?
一般に、大腸にできたイボのような突起物を総称して大腸ポリープと呼びます。
ニュースには「がんになる可能性もある」と書かれてありますが、ポリープが大きくなって大腸癌になるものもあれば、ポリープのまま癌化しないものもあります。
逆にポリープからではなく、正常の粘膜から大腸癌が発生することもあります。
大腸癌発生の仕組みは非常に複雑で、未だにその詳細は分かっていません。
近年カメラの技術が向上し、ごく小さな大腸ポリープでも容易に見つけられるようになってきました。
すると、「見つけたポリープがどんなに小さくても切除すべきなのか?」という疑問が出てきます。
そしてその疑問に答えるためには、
「そのポリープは癌のリスクがどのくらいあるのか」
を、ポリープを切除する前に見分ける必要があります。
「癌のリスクに関係なく全部切除してしまえばいいじゃないか!」
と思う人がいるかもしれませんが、それはできません。
癌の可能性が低いものまで全て切除していると、ポリープ切除による副作用(偶発症や合併症と呼びます)のリスクの方が大きくなるからです。
ポリープ切除に伴う偶発症には、出血や穿孔(大腸に穴があいてしまう)などがありますが、このリスクが0.7%とされています。
穿孔は重篤な腹膜炎を起こして命に関わりますが、この発生確率は0.1%です。
つまり、「この数字より癌のリスクが高いポリープしか切除してはいけない」ということになります。
癌のリスクがごくわずか、あるいは全くないのに、切除して偶発症を起こしてしまえば全くもって本末転倒です。
さて、今回の小島よしおさんのポリープは「3ミリ」ということになっています。
5ミリ以下の大腸ポリープは「微小病変」と呼ばれ、癌の確率は0.03%〜0.05%。
偶発症のリスクに比べるとかなり小さな数字です。
5ミリ以下の微小なポリープがあると言われた人で、
「切除しなくていいですが、次回は3年後にカメラを受けましょう」
と言われている人はきっとたくさんいるはずです。
では、小島さんはなぜ3ミリの大腸ポリープを切除されたのでしょうか?
ここが、ニュースでは伝えきれない難しいポイントです。
微小病変をどう扱うか?
大腸ポリープは、それを切除して顕微鏡で調べない限り、「癌かどうか」を確実に知ることはできません。
よって、「切除すべきかどうか=癌のリスクがあるかどうか」は「見た目」で判断することになります。
しかしカメラで見た医師の「癌っぽい」「癌っぽくない」という個人的な感覚で「切除するか否か」を決めるのは危険です。
そこで、これまで行われた様々な研究から、カメラで見た「肉眼型(見た目)のタイプ」と「大きさ」などの特徴から、
「どんなポリープなら切除すべきか」
をおおむね決めておこう、ということになっています。
そして、
5ミリ以下の微小病変は、「隆起型」というタイプなら経過観察を容認し、3年に1回の大腸カメラで確認する
という方針が推奨されています。
ただし、
「平坦陥凹型」と呼ばれるタイプは癌のリスクが他より高いので、5ミリ以下でも切除することが望ましい
とされています。
ただし、
「過形成性ポリープ」と呼ばれるタイプは5ミリ以下のものは放置して良い(癌化のリスクがないため経過観察はいらない)
となっており、さらに、
いずれにしても6mm以上は切除を強く推奨
という方針です。
もう混乱状態になりますよね?
よって、これらの内容をニュースのような短い文章で正確にまとめたいなら、
「5ミリ以下の微小病変の中には、切除した方が良いものから、放置して良いものまで幅広くあるが、小島さんは前者であることが推測される」
と書くべきです。
この広い範囲の中に、小島さんもいるし、このニュースを見て不安になった、5ミリ以下のポリープを経過観察されている人もいるということです。
病気というのはこのように、人によって行うべき治療が十人十色です。
同じ病名でも、すべき対応はあまりに違います。
前述した治療方針もまだ、「大腸ポリープ診療ガイドライン」のごくごく一部を抜粋したに過ぎません。
もっともっと治療の基準は複雑です。
この複雑さや不確実性を知らずに書くと、ただ同じ病気の人の不安を煽るだけの記事になってしまうのです。
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大腸がんの原因?
このニュースには続きがあります。
「医師は大腸に腫瘍ができる原因として、(1)たばこ、(2)肥満、(3)飲酒、(4)肉をたくさん食べる、(5)甘いものの取り過ぎをあげた。」
とあります。
まず「大腸がんの原因」は、一部の遺伝性のものを除いてはっきり分かっていません。
この記事にある「原因」は、「危険因子」の書き間違いです。
「原因」は、疾患の発生との因果関係がわかっているものに使う言葉です。
実際には、大腸がんの人とそうでない人を比べた時に、大腸がんの人に上記のような性質を持った人が多い傾向があることが分かっているだけです。
もしこれらの5つが本当に「原因」なら、その原因をなくしてしまえば、大腸癌をゼロにできます。
そして大腸がんを確実に予防できるわけですから、大腸がん検診は必要なくなります。
しかし実際には、これらの危険因子を持たない方で大腸がんになる人はたくさんいます。
よってこれらの危険因子がなくても、定期的な大腸がん検診は必要です。
せっかく小島さんのように影響力のある方を取り上げるなら、この方向で啓発する絶好のチャンスだったはずです。
テレビ番組にここまでを要求できないのはよく分かっていますが、
「小島は肉を毎日のように食べること、焼肉は週に2、3回行くことを明かした」
で話を終わらせても、「肉をたくさん食べたからポリープができたのかな」と読者をミスリードするだけです。
多くの人に読まれる可能性のあるメディアは、正しい情報を市民に啓発できる強力な武器を持っています。
この武器を、できればもっとうまく生かしてほしいものです。