今日23日から、囲碁の世界最強棋士とされる中国の柯潔九段と、AI(人工知能)棋士「アルファ碁」の対戦が始まる。
将棋やチェスに比べて打つ手の選択肢が圧倒的に多いことから、AIにとって難関と言われていた囲碁で、昨年3月、アルファ碁が世界トップクラスの韓国の棋士、李九段を4勝1敗で下し、世界に衝撃を与えた。
アルファ碁が身につけた武器がディープラーニング(深層学習)だ。
膨大な数の高段者の棋譜を画像で読み込み、さらにAI同士で1億局近い対戦を行って学習し、飛躍的に強くなったという。
今回は、ついに世界が注目する人類最強対AIの最終決戦だが、やはりAIの3連勝となるだろうと予想されている。
さて、近年AIの進歩が著しい中で、しきりに言われるのが「AIに我々の仕事が奪われるのではないか」ということだ。
以前オックスフォード大学から発表された論文に、今後10〜20年以内に47%の仕事がAIによって奪われると記され、注目を集めたのは記憶に新しい。
この論文では、AIに仕事を奪われる可能性の高い職業として、一般事務員や小売店販売員、セールスマンなど多数が挙げられていた。
一方医師は、AIに仕事を奪われる可能性の低い職業とされたようである。
ちなみに、日本経済新聞と英フィナンシャル・タイムズが共同で開発した、自分の職業がAIに置き換わる確率を計算するツールがインターネット上で公開されている。
これで調べてみると、医師の仕事がAIに置き換わる確率は29.2%だそうである。
実際、医師の仕事はどの程度、AIに奪われるだろうか。
医師の仕事はAIに奪われる?
医師の仕事は多岐に渡る。
私のように手術が主な仕事となる外科医もいれば、診断が主となる放射線診断医や病理診断医のような仕事もある。
一概に29.2%といっても、どの部分までをAIに任せ、どの部分を人間が行うかという線引きが専門科によって異なる、というのが実際のところだろう。
手術に関しては、おそらくAIによって施行可能になるだろう、というのが多くの外科医の意見である。
特に消化器外科領域では、多くの手術が腹腔鏡手術により直接臓器に手を触れることなくモニターを見ながら施行できるようになった。
手術映像は高画質のカメラによって記録され、画像情報として保管することができる。
術前に施行したCTやMRI画像と手術画像を大量にプールすれば、ディープラーニングによってかなりの部分でAIが人間の動作を補助できる可能性が高い。
確かにこれは、実際に手術を行う外科医の立場から実感できる。
一方、診断が主たる仕事となる科は、入力情報の性質がシンプルであるほど、AIに任せられる部分は大きいだろう。
昨年、IBMの人工知能「Watson」が、どの医師も診断できなかった特殊な白血病を10分ほどで正確に診断したことが話題になった。
医療が複雑化し、適切な診断を得るために膨大な情報を利用することが必要になった今日、この分野で人間が太刀打ちできるとは到底思えない。
従って、機械のように正確に手術を行う器用な天才外科医や、辞書のように豊富な知識を背景に難しい病気を診断、治療する天才内科医は、その存在価値をAIに奪われる可能性が高いだろう。
では、医師にはできるがAIにはできないこととは何だろうか。
医師にできてAIにはできないこととは
医師にできてAIにできないこと。
それは「患者さんに人として信頼される」ということだろう。
実際、患者の医師に対する尊敬や信頼は、治療効果に大きな影響を及ぼす。
2015年1月、ニューヨークタイムズ誌に掲載された研究結果では、治療がうまくいかない原因の70%は医師と患者のコミュニケーションにおける問題にあり、医師のスキルが原因となる場合より多いとされている。
以下は、実際医療現場でよく聞く会話である。
「先生に『大丈夫』と言われるだけで症状が軽くなりました」
「先生の顔を見るだけで、もう少し抗がん剤治療の点滴を続けようと思えます」
「母は、先生の言うことしかきかないんです、先生からちゃんと薬を飲むよう言ってきかせてください」
「夫は先生と信頼しあえたことで、自分の最期を前向きに受け入れることができたと思います」
医療界にAIが全盛となったとき、患者は自分の悩みをAIに打ち明けたいと思うだろうか。
生身の人間である医師に残される仕事は何か、と考えるとき、これが一つの答えになるのではないかと思う。