テレビ朝日系ドラマ「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」は、医療ドラマの中でも随一の人気を誇るシリーズである。
言うまでもなく、「私、失敗しないので」とは、そのドラマの決め台詞である。
今日は、この有名な台詞に突っ込むという、大人げないことをやってみようと思う。
もちろん、ただのドラマに目くじらをたてるつもりは全くない。
だが、最近手術の前に「失敗しませんよね?」と言われることが多く、ドラマの影響は大きいものだと痛感している。
よって、実態はどうなのかを知っていただくのも悪くはないかと思う。
さて、この「私、失敗しないので」というのは、実は外科医が実際には絶対に言わない台詞である。
同様に、医療ドラマでよく聞く「手術は成功しました!」というのも決して言わない。
それはなぜかを説明したい。
手術の「成功」「失敗」とは?
そもそも手術は、「成功」か「失敗」か、という風に簡単には説明できないものである。
むしろ、ほとんどの手術は術前に予定していた通りに行われるので、我々外科医は術後、ご家族にはいつも「手術は予定通り終わりました」と言う。
胃カメラを受けに行って「予定通り胃カメラが終わりました」と言われるのと同じである。
術前にどのような手術を行うべきか、本人や家族と相談し、外科チーム内で協議し、それがその通りに遂行される、というのがほぼ全例だからである(もちろん病気が予想以上に進行していた場合などの例外はある)。
だが、これを「成功」と呼ぶ外科医はいない。
手術が終わった時点では、まだ外科治療のほんの「入り口」にいるようなものだからだ。
外科医にとってはここからが勝負。
無事順調に回復するかどうか、少しの病態の変化も見逃さないよう気を張って、慎重に診療するという「術後管理」が非常に重要である。
術後の合併症(手術に関連して起こるさまざまな問題)のリスクは、患者さんによって様々である。
たとえば、喫煙は術後肺炎のリスクである。
心疾患や脳血管疾患を抱えた患者は、術後に心筋梗塞や脳梗塞などを生じるリスクがある。
高齢者や糖尿病、肥満の方は縫合不全(つなぎ合わせた腸の隙間漏れ)を起こしやすい。
従って、手術が終わった時に、「良かった、成功した」などと言って気を抜くことはできない。
それは患者さん自身も同じである。
合併症は「失敗」?
では、上記のような合併症が起これば「失敗」なのか?
そうではない。
術後の合併症は、誰しも一定の確率で起こりうるものである。
術後合併症が起こりそうな兆候を早期に発見して適切な治療をしたり、再手術をしたりして無事乗り越えた時は、「失敗」どころか、むしろ「成功」の方に近い。
では、これで無事退院できたら、その時は「成功」なのか?
やはり、それも違う。
がんの手術は特にそうだが、術後に一定の割合で再発する人がいる。
従って退院は、また一つの長い戦いの始まりでもある。
患者さんには定期的に通院していただき、再発の兆候がないかどうかを慎重に検査する。
少しでもその疑いがあれば精密検査である。
特に進行したがんの術後だとその確率は高くなる。
やはりここでも、外科医は全く気を抜けないのである。
もちろん患者さんもそうだ。
手術を「成功」や「失敗」という言葉で簡単に表現できない、というのはそういう意味である。
手術とは、患者さんにとっても、外科医にとっても、長い戦いのほんの始まりにすぎない。
だから、外科医が術前に「私、失敗しないので」と大風呂敷を広げたり、術後に「成功しました!」と晴れやかな顔で言うことは決してないのである。
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