みなさんは救急医療といえばどういうイメージがありますか?
コードブルーの藍沢先生や、救命病棟24時の進藤先生が思い浮かぶでしょうか?
重症外傷の患者さんが搬送されてきたら、初療室で緊急手術を行って入院後の治療も行う。
腹部大動脈瘤破裂や心筋梗塞などの病気も、その場で緊急手術や処置をしたのち、血管外科や循環器内科の医師に引き継ぐ。
ドラマではそんなイメージではないでしょうか?
こういう救急医療体制は「集中治療型」と呼ばれるタイプに含まれるのですが、こういう病院は日本にどのくらいあると思いますか?
実は全搬送例のうちこの集中治療型で治療されるのはたったの5%です。
その中でも初療室で手術までする救急外科医がいる病院となると、さらにわずかでしょう。
みなさんが救急車で病院に搬送されたとき、ドラマのような診療を受ける機会は非常に少ないということです。
医療ドラマの世界はこの国の救急医療の代表的な姿ではない、ということをわかっておく必要があります。
では、救急医療はこの「集中治療型」が最も理想的な姿でしょうか?
実はそうとも限りません。
またドラマでよく出てくる「救命」という言葉。
これは「救急」と何が違うのでしょうか?
「ER」とはどういう意味でしょうか?
救急医療のことは意外に知られていませんので、今回はこれらの救急システムについて医療ドラマを参考にしながら解説します。
一次、二次、三次の意味
まず救急医療機関は、受け入れ可能な患者さんの重症度に応じて役割分担があります。
大まかには以下のようになります。
一次救急:軽症=帰宅可能な患者
二次救急:中等症=一般病棟の入院が必要な患者
三次救急:重症=集中治療室入院に相当する患者
病院によって、
「二次までしか受け入れできない」
「一次から三次まで全て受け入れ可」
「三次のみ受け入れる」
などの役割分担があります。
たとえば「重症外傷でショック状態」なら三次救急相当ですので、三次救急が対応可能な病院に搬送されます。
二次救急相当だと判断されて二次救急病院に搬送され、診察ののち三次救急相当の重症度だと分かった場合は三次救急病院に転送するのが一般的です。
一般的に、三次救急医療を担う部署を「救命救急センター」や「高度救命救急センター」と呼びます(例外もありますが、一般的にはそうです)。
たとえばコードブルーの藍沢や、コウノドリの加瀬が自らの部署や職業を「救命」と呼ぶのは救命救急センターの略で「あだ名」のようなものです。
消化器、呼吸器、循環器、といった学問領域で言うなら、「救急」や「初期診療」が正確な名称です。
救急医療に関する教科書ではそう書かれています。
消化器内科、呼吸器内科、循環器内科、といった部署の名前でいうなら「救急部」「救急科」「救命救急センター」などです。
病院によっては「救急・初期診療科」という名称のところもあります。
さて、ではこの「救急医」はどのくらいの病院に在籍しているのでしょうか?
実はほとんどの病院で救急医は不在です。
救急システムの違い
日本の救急システムには、以下の3つがあります。
この中で、救急医療を専門とする救急医が在籍していて、患者さんを最初から救急医が診るのは①と③のタイプです。
一方、日本で最も多いのは②のタイプです。
みなさんが救急車で搬送されたり、近隣病院の救急外来を受診する時、その多くは②のタイプで診療されます。
つまり、多くの救急医療機関に救急医はいません。
では、①〜③は実際どんなシステムなのでしょうか?
順に見ていきましょう。
①集中治療型
三次救急医療を専門とし、主に重症患者のみを受け入れます。
一次、二次救急病院からの転送の患者さんを受け入れることも多く、その場合は診断がすでについているため、初期診療(診察や検査など診断までの過程)には関わりません。
コードブルーでも、
「トリプルエーのラプチャー(腹部大動脈瘤破裂)でショックの患者です!」
と言われて患者さんが搬送されてくることがありますね。
これは他院ですでに診断がついているということです。
また救急部専属の医師が初療室でオペまで行うところもありますが、ごく少数です。
我が国の救急医療にはもともと、外科系医師が中心となって重症外傷などに対応するために救命救急センターを立ち上げた歴史があります。
その慣習が残っている病院が少ない、ということです。
②各科相乗り型
このタイプが我が国では最多です。
まず看護師が救急隊からの連絡を聞き、病状から推測される専門科に振り分けます。
振り分けられた科の、その日の救急担当の医師が最初から診ます。
入院が必要ならそのままその科で入院です。
初期対応を研修医が担当する病院もありますが、一般に救急医は在籍していません。
各科の救急担当医は、科内の医師で日替わりでローテーションしています。
たとえば私たち消化器外科医なら、週に1日救急患者さんの初期対応をする日があり、その日は手術や自分の外来には入らない、ということです。
③ER型
一般的に救急の現場を「ER」と呼ぶ時は、このシステムの病院の救急外来を指します。
救急外来を通称「ER」と呼んでいる病院もありますが、①や②はER型ではないので厳密にはERと呼べません。
ER型では、救急医が一次から三次まで重症度を問わず全ての患者を受け入れ、どんな症状、どんな病気に対してもまず初期対応を行います。
診察、検査ののち診断し、帰宅可能か、入院が必要かを判断。
その場で治療が必要な状況なら応急処置的な治療を行ったのち該当科の医師に引き継ぎます。
ER型では、救急医は入院患者や手術には原則関わりません。
このタイプの救急医をERドクター(ER専門医)と呼びます。
このタイプのもう一つの特徴は、三次救急患者は最初から救急医が即座に対応する一方、一次、二次救急患者は、看護師が最初にその重症度を判別し、優先度に応じて救急医へ引き継いでいくシステムであることです。
この看護師のことを「トリアージナース」と呼び、トリアージ(重症度の判別)の専門的な訓練を受けています。
日本と違って米国では一般外来の受診に予約が必要なので、予約なしに直ちに診療を要する状況に対応するためにER型救急医療が立ち上げられた歴史があります。
我が国のER型救急体制は、この米国のシステムに習っています。
したがってこのタイプを「北米ER型」と呼ぶこともあります。
全国の救急医療機関が、この3つにくっきり分けられるという意味ではありません。
地域や医療圏によって救急医療の役割は大きく異なるため、①と③を混在させている病院や②と③を混在させている病院など、柔軟なシステムをとっているところも多くあります。
コードブルーの翔北救命救急センターも、完全な集中治療型ではありません。
3rd SEASON第8話では、救急医フェローの灰谷が軽症患者さんを診察室で初期対応する場面もありますね。
第8話の解説記事はこちら→コードブルー3 第8話 感想|私がこの病院での入院をおすすめしない理由
一方、救急医療がもっともスムーズに患者さんに提供できる、という点で理想的な形は③のER型とされています。
なぜそう言えるのでしょうか?
それぞれにどんなメリット・デメリットがあるのでしょうか?
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各救急システムの利点と欠点
集中治療型
①の集中治療型は派手でドラマになりやすく、医療ドラマではよくモデルにされます。
手術室に運ぶ余裕もないような超重症の患者さんも、初療室でそのまま緊急処置を行なって救命し、一部の患者さんは入院後も救急医が治療を継続します。
おそらく最重症患者に対しては最速で高度な医療が提供できるシステムと言えるかもしれません。
しかし大きな欠点もあります。
救急医が手術などの治療や入院後の管理まで行うと、同時に外来患者を何人も受け入れることができません。
したがって診療可能な患者数が限られてきます。
また「三次救急相当の重症でないと受け入れない」とすることは、多くの患者さんにとってデメリットになります。
そもそも患者さんはどのくらい重症かを自力で正確に判断できません。
二次救急相当だと思っていても、よく調べたら三次救急相当だった、という場合、一度二次救急病院を経由して三次救急病院に搬送されることになってしまいます。
一方、医療者側の欠点として、症例数が少ないことで若手の教育やスタッフの技術の維持が難しいということがあります。
そもそも世の中の救急患者の大半は一次か二次救急で対応可能です。
日本は治安が良く、米国の外傷センターのように銃創が頻繁に搬送されてくることもありません。
毎日のように病院の近隣で災害や事故が起こって外傷患者が搬送されてくるのはドラマの世界だけです。
そこで実際には二次救急の患者さんも一部受け入れるなど、本来は集中治療型でも軽症の患者さんの対応を行う病院もあります。
②各科相乗り型
各科相乗り型は、最初から専門科の医師が診療します。
一見これが理想的なように思えますね。
ところがこのシステムには大きな欠点があります。
たとえばみなさんが、突然の胸の痛みで救急車を呼び病院に搬送されたとします。
心筋梗塞の典型的な症状と判断され、循環器内科医に連絡が入ります。
ところが循環器内科医が診察すると、実は胸痛の原因は心筋梗塞ではなく気胸だった、ということがあります。
もし気胸なら循環器ではなく呼吸器の医師が診る必要があります。
循環器内科医が診て「気胸だ」と診断したら、呼吸器内科医に連絡します。
途中で医師が交代することになってしまいます。
システムとしてスムーズとは言えないケースが多々あるわけです。
胸痛という情報から、初期診療の専門家ではない人(看護師や研修医)が、「ひとまず」何科の医師に診てもらうかを決めなくてはならないことが最大の欠点です。
救急医療体制としては、やはりどんな症状、病気でも初期対応ができる救急医が診る方がスムーズと言えます。
③ER型
このタイプでは救急医は「初期診療のみ」に集中でき、あらゆる科の病気を横断的に診療します。
同時に多数の患者の受け入れも可能です。
必要な初期対応が終われば次々と該当科の医師に患者を振り分けていくからです。
初期診療と、その後の管理の完全な分業化が可能だということです。
しかもその振り分け方は極めて正確です。
救急医は初期診療のプロフェッショナルだからです。
また「自分では軽症だと思っていたら実は重症だった」も対応可能です。
一次から三次まであらゆる重症度の患者さんを受け入れるからです。
この体制で動いている病院は、時期によっては1日300、400人といった膨大な数の、多彩な重症度の患者さんを受け入れることができます。
また私たちのように、救急医以外の専門科の医師はER型の病院だと安心です。
私たちが入院患者の対応や手術、自分の外来に定期的に通院する患者さんを診療する合間を縫って、救急の新しい患者さんの対応をするのはかなり大変でリスクも大きいものです。
ER型ならER医が初期対応し、軽症の方は投薬など適切な治療を行って帰宅を指示してくれます。
必要なら直近の専門科の外来予約をとってくれます。
専門科の医師の治療が必要な状態と判断されたら、その時点でコールしてくれます。
もちろん患者さんにとってもメリットは大きいです。
ER医は初期診療のスペシャリストなので、「何科の病気か」が難しい場合でも適切な診察、検査によって、治療を受けるべき専門科への最短距離を患者さんに提示できるからです。
ERドクター(ER専門医)の養成は、これからの日本の救急医療の課題とされています。
医療ドラマの救急医療と現実の救急医療は全く異なりますし、救急医に求められる姿も違います。
ドラマに影響されすぎないよう、実情をある程度知っておく方が良いでしょう。
(参考) 日本救急医学会ホームページ、 救急医療と集中治療(日内会誌 98 : 192~196,2009)