東海地方の病院が20日、1970年に同病院で手術をした女性に、ガーゼを置き忘れるミスがあったと発表したというニュースがありました。
44年後の2014年、腹痛を訴えた女性を精密検査すると骨盤内腫瘍が見つかり、手術で切除。
切除した部分を病理検査したところ布のような異物が含まれていたため、問題が発覚したとのことです。
ガーゼは長い間お腹の中にあると、組織が集まってきて固くなり、腫瘍のように塊を作ります。
中には、膿(うみ)の溜まりを作ってしまうこともあり、画像検査でガーゼだと分からない場合は診断に苦慮することもあります。
ガーゼが原因で大きな塊を作ったものを「ガーゼオーマ」と呼びます。
「〜オーマ」とは「〜腫瘍」という意味で、腫瘍のように見えるからですね。
本来病気ではないはずですが、不名誉なことにわざわざ病名まで付いているということです。
手術時のガーゼの置き忘れがニュースになることは、それほど珍しいことではありません。
しかし多くの人はこういうニュースを見るたび、
お腹の中にガーゼを置き忘れるなどという初歩的なミスがなぜ起こるのか?
置き忘れたことくらい見ればわかるのではないか?
と信じられない思いになるのではないかと思います。
実は手術時のガーゼというのは、「うっかりしていたら」どころか、かなり慎重に、念には念を入れて気をつけていないと簡単にお腹の中に忘れます。
なぜそんなに重大な事故が簡単に起こってしまうのか?
簡単に説明しましょう。
外科医はガーゼを数えない
長い手術であるほど、手術中にたくさんのガーゼを使います。
そしてお腹の中は臓器で満たされているので、入れたガーゼは簡単に見えなくなります。
また水や血液に濡れると小さく固まってしまい、一層見つけにくくなります。
腹腔内に入ったガーゼを探すのは、ある意味うっそうと木が茂った森の中で人を探すようなものです。
お腹に入れたガーゼの枚数を、外科医は覚えておくようにはしていますが、手術に集中しながら枚数を完璧に覚えているのは不可能です。
3枚入れて、2枚出して、1枚入れて・・・
1枚出そう、いややっぱり入れておこう
出血が多い、何枚か一度に入れよう
ガーゼが血液で汚れてきたな、塊でごっそり取り出そう
ガーゼ使い切ったので、10枚追加
ガーゼが1枚床に落ちました
このようなことが常に起こっているため、もはや、
お腹に今何枚入っているのか?
合計何枚あれば正解なのか?
を外科医は認識できなくなります。
そしてお腹の中に入っているガーゼは、上述した通り外からはほとんど見えません。
よって外科医以外の誰かがきっちりカウントしていなければ、何枚入ったか一瞬で分からなくなるのです。
では誰がカウントしてくれているのでしょうか?
オペ室看護師がガーゼを数える
一般的な病院では、オペ室看護師は全身麻酔手術で患者さん1人につき2人付いています。
外科医の横に立って器具を渡す「器械出し」と、必要な器械を準備したり、患者さんの全身状態を管理、記録する「外回り」です。
オペ室看護師というと「器械出し」のイメージがあるかもしれませんが、「外回り」の方が高度な能力を要求されるため、先輩ナースが付くことが多い印象です。
さて、このオペ室看護師たちは、目まぐるしく状況が変化する手術に対応するため、頭をフル回転させながら必要な器械を渡したり、患者さんの状態を確認しつつ、その合間にガーゼの枚数を逐一確認しています。
「マイナス1です」
「2枚入りました」
というような声をお互いに掛け合いながら、1枚たりともミスがないよう記録していきます。
外科医は勝手なもので、ガーゼをどんどん入れたり出したりするので、オペ室看護師はこれに付いていかなくてはならなくなります。
出血など緊迫した場面になると、短時間に何十枚ものガーゼの出し入れが起こる上に、看護師は次々に器具を要求されます。
こうなるともう大変です。
時に外科医が何枚かのガーゼをガサッとまとめてつかんでお腹の中に入れ、
「先生!今何枚入れましたか!?ちゃんと確認して入れてください!」
とベテランナースに叱られるシーンもよくあります。
最終的にはガーゼカウントをして、きっちりガーゼの枚数が合うかどうかを確認します。
ここで足りなければ、お腹の中を探索します。
手術器具も簡単にお腹の中に埋もれてしまうので、器械カウントも行います。
しかし、やはりこういう状況だとトータルのガーゼ枚数にミスが起こるリスクがあります。
「何枚あれば正解か」の答えが間違っていたら、元も子もありません。
ガーゼカウントをして枚数が合っていてもお腹の中に残っているかもしれない、ということになるからです。
したがって最近では、手術の終わりにポータブルX線検査をして、腹腔内にガーゼが残っていないかを確認しています。
最近では、ガーゼカウントが一致しているか否かに関わらずこれを行う病院が多くなっています。
ガーゼは普通はレントゲンに写りませんが、近年手術で使うガーゼは金属線が織られているため、レントゲンにそれが写ります。
万一ミスがあっても、ここで気づくことができるわけですね。
今回は44年前の手術ということで、こういう手法は取っていなかった頃だと思われます。
また、もう一つの予防策として、外科医もガーゼの枚数にもう少し慎重であるべき、と言えるかもしれません。
私は必ず、
「今1枚入れました」
「今2枚出しました」
と大きな声で言うようにしています。
私を最初に指導してくれた先輩医師がそうしていたからです。
事故を防ぐためにも、外科医にもこうした慎重さは必要でしょう。