突然ですが、私は外来という仕事が好きです。
毎週外来の日は朝から晩まで口が疲れるほどしゃべらなければならないため、「外来が好き」という医師はあまりいないのですが、私は結構好きで、かつ割と得意です。
そしてよく、
「先生の話は分かりやすいですね」
と患者さんや看護師さんに褒めていただきます。
なぜわざわざこんな風に自慢げに書くのかというと、私は「外来でいかに分かりやすく話をするか」については、どんな医師よりトレーニングしてきた自負があるからです。
ご存知のように、「話すのが得意」という医師は決して多くありません。
みなさんの中にも、「医師の話はわかりにくい」と思った経験のある方は多いのではないでしょうか?
一般的には、接客業や営業部門の人は、話す順序や言葉遣いなど、「話す力」をかなり細かいところまで教育されるものです。
しかし残念ながら医師はこの能力をあまりトレーニングされていません。
それどころか、コミュニケーションがやや苦手、という人すらいます。
本来医師にとって、患者さんに病状や検査の結果などを分かりやすく話す力は必須のはずです。
学会などでプレゼンする機会も多く、外来以外でも高いプレゼンテーション力は求められます。
一応、医師は話のプロである(プロでなければならない)ということで、今回は私が思う「分かりやすい話し方」を紹介します。
今回紹介するコツはたった2つだけです。
「こんなのどの本にも書いてある!」
という程度の内容でしたら申し訳ありません。
では順に紹介したいと思います。
最初に数字を使って話す内容のアウトラインを提示
まず私は話し始める前に、必ず数字を使って「今から何を話すか」を言います。
これを「アウトラインの提示」と勝手に呼んでいます。
文章で言うところの「目次」です。
例えば、
「○○さん、今日は、先週受けられた3つの検査結果を順番に説明します。1つ目は血液検査、2つ目は尿検査、3つ目はレントゲンです。」
というような形です。
ここで相手の頭の中には、
1. 血液検査の結果
2. 尿検査の結果
3. レントゲンの結果
という3項目が箇条書きとして入り、頭の準備ができます。
たとえば2番目の尿検査の説明が終わったとき、
「2項目終わったから、あと1項目だ」
というように、今話のフローのどの位置にいるのかを追認しながら話が聞けます。
この前置きなしで、
「○○さん、血液検査の結果は△△でした。で、レントゲンなんですが・・・。それから尿検査は・・・」
と話していると、どこまで話が続くのか、どこが大事なのか相手は分からなくなります。
また、
「○○さん、CTの結果ですが、どうやら癌が再発しているようです。私たちがそう考える理由は3つあります。まず1つ目が・・・」
という話し方もあります。
この時点で患者さんは、
「医師はこれから癌が再発していると判断した理由を述べる」
と頭をセットアップします。
そして「その理由は3項目ある」と、最初にゴールまでの道のりが認識できるので、一つ一つが頭に入りやすくなります。
このように、最初に数字を使って整理するよう心がけることは、話し手である自分のためにもなります。
「この相手には何個のパラグラフで話をすれば良いか」
「どんな順番で話をすれば良いか」
を話す前に考える習慣がつくからです。
相手のキャラクターやお互いの関係性によっては、同じ内容の話をする場合でも順番の入れ替えが必要になります。
こうしたアレンジも、最初に自分の頭の中で項目を整理しておけば簡単にできます。
また、こういう習慣があると話した後で「あのことを言い忘れた!」という話の抜けがなくなるのも大きな利点です。
これは医療現場に限らず、どんな場面でも生かせるポイントだと思います。
まずこれが一つ目です。
そして次はこの「アウトラインの提示」を生かしつつ、次の二つ目の方法を使います。
疑問を先回りして解決策を同時に示す
どんなに話が上手い人でも、長々と話を続けると、聞いている相手は退屈してきます。
徐々に集中力がなくなって内容が頭に入ってきにくくなります。
そこで、必ず途中で話し方に変化をつける必要があります。
私がおすすめする方法は、「相手が感じる疑問を先回りする」です。
たとえば、みなさんが健康診断で「胆石がある」と言われ、病院に行くよう指示を受けた時のことを想像してみてください。
病院で医師があなたにまずこう言います。
「胆のうに胆石がありますね。胆のうを摘出する手術が必要です」
この時あなたはこんな疑問を感じるはずです。
「胆石は手術でしか治らないの?薬では治せない?」
「胆のうを摘出せずに、胆石だけ取れないの?」
「胆のうは取ってしまっても大丈夫なの?」
そこで、これらの疑問を先回りした話し方をします。
「胆石を薬で治せないの?・・・と思ったかもしれませんが、実は手術でしか治せないんです」
「胆のうを取らずに胆石だけ取ったらダメ?・・・と言われる方が多いんですが、実は胆石だけを取ることはできないんです」
「胆のうは取ってしまっても大丈夫なの?・・・と不安になる方がいらっしゃいますが、心配はいりません。胆のうはなくても全く困らない臓器なんです」
という感じです。
もちろん、胆石の手術に関して話すべきことは決まっているので、
「あなたの胆石は手術が必要です」
「胆石の手術は胆のう自体を取る手術です」
「胆のうを切除しても生活に影響はありません」
と変化のない話し方をしても全く過不足はありません。
しかしこれだと話は一方通行で、箇条書きのレポートを読まれているように相手は退屈します。
なぜ、疑問を先回りして話せば相手が退屈しないかというと、
「疑問を感じた直後にその答えが得られる」
という心地よい感覚を相手に抱かせることができるからです。
「そんなこと言っても、相手の疑問を言い当てているとは限らないじゃないか!」
と思ったでしょうか?
実は、疑問を完全に言い当てる必要など実際にはありません。
こちらが、
「胆石を薬で治せないの?・・・と思ったかもしれませんが」
と言った瞬間に相手は無意識的に、
「あ、確かにそうだな。手術なんてしたくない。薬で治らないもんだろうか?」
と0.5秒くらい疑問に思い、それが随分前から自分の中にあった疑問であるかのように錯覚するからです。
そしてその直後に相手の口から答えが聞けるので、
「なるほど」
と心地よく続きを受け入れることができます。
実際に私たちは、「新しい話を聞いて感じた疑問を次々に口にする」ということはできません。
たいてい本当に疑問が浮かぶのは、話を聞き終わってしばらくたってからです。
したがってこの「先回り法」の効果は、
「本当は疑問に思ってはいなかったことで、これから疑問に感じるかもしれないこと」を、「その瞬間感じた疑問」に変えること
にあるということです。
私は学会のプレゼンテーションでもよくこの方法を使います。
スライドを使ったプレゼンでは、「次のスライドへの遷移」のタイミングで最も聴衆の意識が離脱しやすくなります。
聴衆は、一つのスライドを見ながらがんばって話を聞き、そのスライドが終わると一旦ホッとします。
そして次のスライドに変わるタイミングで聴衆の意識は一瞬プレゼンから離れます。
ここでもし次に情報量の多いスライドがドンッと表示されたら、もうその時点でゲームオーバー。
離れた意識は二度と戻って来ず、集中力はもはや切れてしまいます。
そこで、「スライドの遷移」のタイミングでこの「先回り法」を使います。
たとえば、
「このグラフのこの部分で死亡率が急激に高くなっています。なぜこんな不自然なことが起こっているか?ということなんですが・・・」
といって一旦話を止めて、聴衆のリアクションを見ます。
ここで特に疑問を感じていなかった人たちも、
「確かに、グラフに急な変化があるな。なぜだろう?」
と瞬時に疑問がわき、次のスライドを待ちます。
この気配を感じたところですかさず、
「その原因は大きく分けて2つあるんです。」
と上述した「アウトラインの提示」を使います。
これによって、ネックとなるスライドの遷移での離脱を克服し、さらに次のスライドで話される内容へ頭をセットアップできるわけです。
どんな話し方をしようと、次のスライドの内容はもう決まっています。
しかし、次のスライドが「聴衆の感じた疑問の答え」であるように誘導していくことで、プレゼンがより「動的」になり、聴衆は退屈しなくなるのですね。
外来やプレゼンに限らず、誰かに何かを説明するときには必ず使えるポイントではないかと思います。
人に話をするときは、ここに書いた「アウトラインの提示」と「先回り法」の2つの方法を使えば、伝わり方は随分変わってきます。
職場でのプレゼンや、営業などで話をしなくてはならない方は、ぜひ参考にしてみてください。