『すばらしい医学』シリーズ累計23万部

国際学会で起こった大事件、海外渡航時に知っておくべきこと

私はこれまで海外の学会で何度か演題発表した経験がある。

最も印象に残っているのが、パリで行われたとある学会に参加した時のことだ。

あの大惨事は、二度と忘れられない。

 

もう3年ほど前のことだ。

パリで行われた大きな学会に仲間と共に参加した。

学会に参加して勉強しつつ、観光を楽しむ時間もあった。

シャンゼリゼ通りを歩き、名門「フーケ」でケーキを食べながら後輩を前にプレゼンの練習をしたり、夜はストリップショーを楽しんだりもした。

 

誤解のないように書いておくが、パリのストリップに「エロティック」な要素はなく、むしろ格式高い、由緒あるナイトショーという位置付けである。

「ムーラン・ルージュ」「リド」「クレイジーホース」など、名高いキャバレーが街中の目立つ位置にある。

後輩や指導医たちとともに、ディナーを食べながら美しいショーを満喫した。

 

自分の発表も満足のいく結果が得られ、質疑応答でも問題なく対応でき、非常に満足度の高い学会になった。

ここまでは良かった。

帰り道で大事件が起こったのである。

 

帰宅の途につく日、私は後輩と二人でホテルから空港バスのターミナルに向かって走っていた。

地下鉄の時間を見誤り、空港バスが出る時刻ギリギリになりそうだったからだ。

二人で一緒に地下道を走っている最中、同じ方向に向かって走っている一人の若い男性がいることに気づいた。

私たちとほぼ並走するような形だった。

現地の人かと思ったが、急いでいる様子だったので、「彼も空港バスに乗るために走っているのだろう」としか思わなかった。

何より、私たちも遅れるわけにはいかないので、自分のことで必死だった。

 

何とか無事に間に合ってターミナルにたどり着き、二人ともリュックを下ろした途端、背筋が凍りついた。

二人のリュックの全てのポケットがフルオープンになっていたのである。

瞬時に「やられた」と思った。

間違いなく彼の仕業だ。

 

「パリにはスリが多いから気をつけろ」と散々言われていた。

それまで観光する時はいつもリュックを前に背負っていたし、地下鉄の人混みでも細心の注意を払っていた。

ところがその時だけは、バスの時刻に間に合わないかもしれない、という焦りが油断を生んだ。

今思い出せば情けない話だが、なぜか二人とも「走っている時なら背中に背負っていても大丈夫だろう」と無意識に思っていた。

だが、走っているとリュックは大きく上下に振動し、むしろポケットを開けられても全く気づけない。

完璧に無防備な私たちを彼は狙っていたのである。

 

ポケットには、パスポートや財布、携帯電話を入れていたはず。

二人とも冷や汗をかきながらポケットの中を探った。

案の定、二人とも携帯電話がなくなっていた。

パスポートと財布が無事だったのは不幸中の幸いだったが、携帯電話が海外で使用され、多額の通話料を請求されてはたまったものではない。

すぐに使用を停止しなくてはならない。

しかし二人とも同時に通信手段を奪われている。

周囲には外国人のみ。

とにかく空港に向かい、空港から妻に連絡しようと決め、バスに乗り込んだ。

 

シャルル・ド・ゴール空港に到着した時は、まだ飛行機の出発まで1時間半ほどの時間的余裕があった。

まずはインターネットを使ってパソコンで妻にメールを送ろうと試みたが、Wi-Fiが使用できず、ネットが繋がらない。

そこで公衆電話を探し出し、ようやく連絡が取れると安堵したのもつかの間、今度は使い方がさっぱりわからない。

日本の公衆電話のように小銭の投入口もない。

果たしてどうしたものか。

 

インフォメーションセンターに行って窮状を英語で伝えるも、肩をすくめるようなリアクションをされるばかり。

心配する様子がないどころか、「意にも介さない」といった様子だ。

さすがにこちらも焦っているので、声を荒げて状況を必死で伝えると、ようやく、

「売店に行けば番号が購入できるので、それを入力したら電話が使える」

というようなことをぞんざいな口ぶりで言う。

 

すぐに売店に向かい、番号の書かれたレシートのような紙切れを10ユーロ分ほど購入。

再び公衆電話に向かい、書かれた番号を入力しようとするのだが、どうにもうまくいかない。

番号は入力されたようなのだが、電話ができないのだ。

公衆電話の前でひたすら15分粘った挙句、ついにタイムオーバー。

止むを得ず、乗り継ぎをするアムステルダムに希望を託し、不安を抱えたまま飛行機に乗り込んだ。

 

アムステルダム・スキポール空港に到着してすぐインターネットに接続し、妻にメールで連絡。

すぐに妻が携帯ショップに走ってくれ、ようやくここで携帯電話の使用を止めることができたのだった。

その間、携帯電話が使用された履歴はなかった。

何とも恥ずかしい体験だが、とにかく生きた心地がしなかった。

 

さて、この被害に直面して私が行ったことで、参考にしていただけることがあるとすれば以下の2点。

 

一つは、クレジットカードに付帯する携行品損害保険を利用し、5万円ほどお金が返ってきたこと。

使ったことがない人も多いかもしれないが、クレジットカードには旅行の際に使える保険が付帯している。

もちろんきっちり書類を準備し、しかるべき手続きを踏んで被害を証明しなければならないが、こうして盗難に遭った際には利用を検討できる。

 

もう一つは、iPhoneには遠隔操作で内部のデータを全て消去できるシステムがあること。

「iPhoneを探す」というアプリを使い、インターネットを経由してデバイス内の全データを消去し、個人情報を守ることができる。

盗難時の強い味方である。

事前に設定しておかないと有効にならないため、普段から必ず設定しておいた方が良いだろう。

 

海外に出かけた時、「盗難に気をつけよう」だけでは限界がある。

どれだけ注意していても、盗難リスクをゼロにすることはできない。

よって「盗難にあった時にはどう対処するか」に関しても、事前に対策を考えておくことが万が一の時の救いになると思う。

私の失敗をぜひ参考にしていただければと思う。