私は医療ドラマが好きでよく見ている。
理由は単純で、ドラマに出てくる医師が現実よりずいぶんカッコいいからである。
医療ドラマは非現実的なことが多いが、実際には医師の仕事はかなり地味で、現実に即してドラマを作ってもちっとも面白くないに決まっている。
面白いドラマにするならしっかり脚色した方が良い。
だが、あまりに非現実的だと患者さんに誤解を与えることも多く、外来で「あれはドラマの中だけの話ですから」と諭したことは数え切れないほどある。
よってこのブログでも、時々「本当は違うんですよ」と突っ込んでおいた方が良いと思ってドラマの話を書いている。
ところで、
医療ドラマやCMでよく見る「教授回診」や「総回診」は、本当にあるのか?
という質問を受けることが多い。
教授を先頭に、扇状に部下たちが広がり、廊下の端から端まで占領してずらずらと大名行列のように歩く、アレである。
誰もが一度は見たことのあるシーンではないかと思う。
ドラマで出てくる教授回診は、どれも驚くほど似ている。
大体、医師はみんな、患者さんが怖がりそうなほどのしかめ面を作っている。
この行列に患者さんや看護師さんが頭を下げたりするシーンすらある。
大学病院では「教授回診」、市中病院では「部長回診」と呼ぶが、その科のトップを含む医師ら全員で行う回診、というのは確かに存在する。
病院にもよるが、週に1回決まった曜日の決まった時間に、ということが多い。
だが、ドラマで見るような回診とはかなり異なる。
決定的な3つの違いを述べてみたいと思う。
あんなに広がらない
当たり前のことだが、廊下を医師らが広がって歩くとかなり邪魔になる。
そもそも病棟はベッドの出入りが激しい。
外科系の病棟なら、手術室に向かう時はベッドを持っていかなくてはならない。
手術室からの帰りも、患者さんは麻酔から覚めていてもまだ歩けないため、ベッドに寝た状態で帰って来る。
むろん外科系に限らず、内視鏡やカテーテルなど、患者さんに様々な検査を受けてもらう必要のある病棟は、全て同じ状況である。
病棟によっては、ICUや透析室など、他の部署とのベッドの往復も頻繁にある。
その上、病棟の廊下は、毎日リハビリでゆっくり歩いている患者さんが多い。
リハビリが必要なのは、整形外科などの、骨や筋肉の怪我をした人だけではない。
入院患者は高齢の方が多く、どんな病気であっても、入院してベッドに寝ているだけで身体機能が落ちてしまう。
そのため科を問わず多くの方がリハビリをしているのだ。
患者さんの横で理学療法士や看護師がついて体をサポートしながら歩いたり、歩行器を使って歩いていることも多い。
以上の理由で、廊下を端から端まで広がって歩いている人たちがいると、邪魔なことこの上ない。
よって回診のときは、大体が廊下の端によって、細長く列を作ることが多い。
うっかり医師同士が横に並んで話をしながら歩いていると、看護師さんに「先生邪魔!」と叱られることも多々ある。
トップは先頭を歩かない
大学病院なら教授、市中病院なら部長がトップだが、回診の際に先頭を歩かないことも多い。
その場合、先頭はたいてい看護師や若手の医師である。
次に回診する部屋のドアを先に開けたり、診察に先立って服を脱いでもらったり、傷のガーゼを取ったり、など、診察前の下準備をする人が先頭を歩く必要があるからだ。
ドラマのように先頭をトップが歩いていたら、トップが全ての準備をしなくてはいけなくなる上、診察の効率も悪い。
したがって、トップは列の真ん中あたりにいる方がスムーズである。
ときどき老け顔の若手医師が先頭にいると、患者さんに教授だと間違えられることがある。
必ずカルテが同行する
回診は、その場で患者さんを診察して終わりではない。
その患者さんが最近どんな経過をたどっているかを確認することが大切である。
たとえば、3日前から熱が出ている、血液検査やレントゲン検査で異常がある、などの情報を確認してから診察である。
そのため、カルテを運んで、その都度カルテを確認しながら回診する。
(患者数が少ない病棟なら、回診前に全員の情報を確認してから回ることもあるが)
以前、紙のカルテが主流だった時代は、全員分のカルテのファイルを可動式ラックにどっさり詰め込んで、医師らがラックごと押して回っていた。
最近は電子カルテを導入している病院が多いため、ノートパソコンをパソコン台に乗せて、医師らがパソコン台を押しながら回診する。
このカルテ隊が、大体列の真ん中、あるいは先頭あたりにいることが多い。
以上をまとめると、細長い列を作って、トップは真ん中あたりにいて、カルテを運びながら回診している、というのが現実の教授回診である。
地味すぎてドラマのワンシーンにもならない。
しかしこの方が、常識的で、医学的にも意味のある診療方法ではないかと思うのだが、どうだろうか。
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