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新聞の広告表現に批判殺到、SNSの役割と広告のあるべき姿

先日、朝日新聞に掲載された書籍の広告に批判が殺到し、それを受けて同社広報部が、

「媒体として十分な検討を行うべき」だった

と公表しました。

本件では、広告された書籍の内容に医学的な誤りがあり、読者に健康被害を与えかねないとの懸念から、Twitterで複数の医師がその危険性を指摘。

この情報が広く拡散され、結果として新聞社が公式に声明を発表した、という流れでした。

 

私もこれまで、新聞やテレビといった影響力の大きなメディアで医学的に誤った情報が発信された際、その誤りをウェブ上のフォーム等を通して何度も指摘したことがあります。

しかし、レスポンスがあったことは一度もなく、今回の対応には大変驚いています

 

Twitterでは、医師をはじめ多くの専門家たちが、パトロール隊のような役割を果たしています。

ネット上で誤った情報が発信された時に、専門家らが注意喚起を目的にこれらを取り上げ、それが拡散した結果、発信源が謝罪、訂正する、といった事例は日常茶飯事です

この「自浄作用」は、多くの専門家の監視にさらされたSNS(特にTwitter)という場の特徴だと言えます。

 

しかし今回の件で対象になったのは、ネット上の情報ではなく、新聞というオールドメディアの広告でした。

 

一人の医師の発信が拡散

事の発端は、11月12日午後8時17分、以前から医療情報発信を継続されている勝俣先生が行った、以下のようなツイートでした。

 

本件に限らず、そもそも新聞には以前から医学的根拠のない書籍の広告は多数あったため、一般論として私も簡単な注意喚起を行いました。

 

その後、この広告に対する批判はあっという間に広く拡散します。

特に今回の件は、書籍で取り上げられた人物が独自の治療法を用いて複数の患者を死に至らしめ、過去に禁固刑を受けていたことが問題視されました

このような人物に関わる書籍を、公益性の高い新聞で大々的に宣伝することの倫理観が問われた、というわけです。

 

すると、翌13日午後5時、朝日新聞広報のTwitterアカウントが、以下のような反応をします。

 

そして11月14日午後6時台に、同社公式ウェブサイトで、以下のような文言で見解を発表しました。

広告表現は広告主の責任においてなされるものですが、「ガンは真菌(カビの一種)だ」などとする表現は媒体として十分な検討を行うべきでした。

(中略)

出版物の広告は、できる限りその表現を尊重していますが、 掲載判断にあたっては、内容に応じて慎重なチェックに努めてまいります。

 

Twitterで話題になってから、たった2日足らずの迅速な対応でした。

SNSでの専門家の批判を収集し、それを社内で吟味して公式の声明として発表する、という一連のフィードバックが、このスピードでなされたことには驚嘆します。

古く、かつ大きな会社であるほど、こうしたフットワークは得てして重いものでしょう。

この公表に至るまでに、社内の裏方で必死で戦った良心ある人たちが多くいるということです。

 

SNSで専門家が声を上げれば、紙媒体にも適切なフィードバックがかかる、というのは、メディアとして極めて健全な姿だと思います。

SNSは情報の拡散スピードが非常に速く、かつ、どの専門家がどのような見解を述べているかがよく分かるツールです

むろん、時にデマやフェイクがとめどなく広がってしまうリスクがあるのも事実です。

しかし新聞社のようなオールドメディアも、こうしたSNS発信の情報を積極的に取り入れた方が、質の改善には明らかに有効だと考えます

 

新聞広告に求められること

これまでも、新聞広告の中に、医学的根拠に乏しいものや、医学的に明らかに誤りだと考えられるものは多数見受けられました。

一般社団法人日本新聞協会が定める「新聞広告掲載基準」では、「以下に該当する広告は掲載しない」として、

「非科学的または迷信に類するもので、読者を迷わせたり、不安を与えるおそれがあるもの」

と明記してあります。

 

むろん、広告の内容が「科学的に誤りがないかどうか」を、常に正確に審査するのは難しいでしょう

また、「明らかに誤りだ」と言えるものはともかく、

「現時点では科学的根拠は十分ではないが、今後その根拠が明らかにされるかもしれない」

といった、将来性のある情報まで過度に規制することは、科学の進歩を妨げる行為とも言えます。

 

しかしながら、広告の内容に慎重さを欠くことで、主たるコンテンツ自体の価値を毀損するリスクがある、という点も、媒体は十分に認識する必要があります

特に医療に関する広告は、それが医学的に大きく誤った場合、読者に健康被害を与える恐れがあります。

 

したがって、今回のような迅速な対応が今後の一つの規範となるのが理想だと考えます。

むろん、新聞紙面上で公表しない限り、ミスリードされた新聞読者には届かない、という声もあるでしょうが、今回の動きは今後に向けての第一歩と考えていいのではないでしょうか

(追記:11月21日の朝日新聞朝刊記事下に同様の声明が掲載されました)

 

また、本件において忘れてはならないのは、勝俣先生のツイートが発端であったということでしょう。

勝俣先生は私などより遥かに前から、SNSで誠意ある情報発信を熱心に行い、信頼を積み重ねてきました。

その勝俣先生のツイートであったからこそ、多くの人が拡散しようと考えたのだと思います。

私たち医師もまた、情報の発信源として信頼を損なわないよう、慎重に、地道に努力していく必要がある、という観点から、我が身を振り返る重要な機会であったと思います