何かの症状があって病院に行き、診察や検査を受け、結果として「何も薬は必要ない」と医師に判断されて診療を終えられると、
「何もしてもらえなかった」
と思ってしまう方が一定数います。
「薬をもらうこと=治療」と考えていると、薬の処方がない時に「何も治療されていない」と思ってしまうのです。
実際には、医師が薬を処方しない時はむしろ「薬を飲んではいけない時」と考えた方が良いでしょう。
では薬を飲んではいけないケースとはどんなものでしょうか?
具体的には以下の2パターンあります。
治療介入をしない方がいい時
一つ目は、何も薬を飲まずに経過を見なければならないケースです。
病状がどんな風に変化するかを観察するためには、時に薬による余計な介入を避けなければなりません。
何もせずに経過を見て、診察した所見や検査結果の変化、自覚症状の変化を正確に見ることで、次の一手を考えるわけです。
効果が期待できるわけでもないのにむやみに薬を処方すると、病状が薬によって微妙に変化してしまい、最適な治療手段を見出すチャンスを失ってしまいます。
中途半端に症状が改善してしまい、はっきりした原因がつかめないまま治療を中断し、結果として再び同じ症状で苦しむことになるかもしれません。
その点で、「何もせずに様子を見る」というのは、医学的には非常に重要な診療行為と言えます。
私たちはこれを「経過観察」と呼び、ある意味で一つの大切な「治療行為」とも見なしています。
デメリットがメリットを上回る時
二つ目は、薬を飲むことのメリットよりデメリットの方が大きいケースです。
あらゆる薬は、容量によっては毒にもなります。
よって、薬から得られるメリットが、毒としての副作用から受けるデメリットより上回ると判断される場合のみ、薬の処方を行います。
病気が自然に治ると期待されるケースで、薬の処方が病状の改善にあまり寄与しないと考えられる時にむやみに薬を処方すると、副作用のみが目立つことになります。
こういうケースでは薬の処方を行ってはいけません。
例えば、風邪に対する抗菌薬(抗生物質)がいい例です。
風邪の原因はほとんどがウイルス感染なので、細菌感染に用いるべき抗菌薬はほぼ無効です。
よって、風邪と判断された場合には「抗菌薬を処方しない」というのが望ましい治療です。
(もちろん風邪に似た「風邪ではない病気」を疑う場合は別です)
一方で、抗菌薬にはアレルギーや下痢といった副作用があります。
効果が期待できない時に抗菌薬を使用するなら、こうした副作用リスクだけを背負うことになります。
さらには、必要のない抗菌薬使用は耐性菌を生むリスクをもたらします。
これは、本当に抗菌薬が必要な重篤な細菌感染症に対し、貴重な武器を失うことを意味します。
まさに薬の処方のメリットよりデメリットの方が上回る場面と言えるでしょう。
私たち医師にとっては、いつもたくさんの薬を患者さんに処方する方が、「薬を処方すべきでない」という判断をするより遥かに簡単で気楽です。
「薬が欲しい」と考える患者さんにも喜んでもらえますし、医師としての信用も保てるかもしれません。
しかし、真に有能なのは、予想されるメリットとデメリットを天秤にかけ、丁寧に患者さんにその結果を説明し、「何も処方しない」という選択ができる医師だとも言えます。
この実現には、患者さんの薬に対する十分な理解も必須なのです。