近年、外科領域では内視鏡手術が大きな進歩を見せました。
しかし内視鏡手術がテレビなどで紹介される機会が増えるにつれ、「名前は知っているが具体的な仕組みについてはあまりよく知らない」という方が増えています。
例えばよく患者さんから聞く誤解に、
・内視鏡手術は胃カメラや大腸カメラを使ってがんを治療すること
・ロボット手術はロボットが自動で手術してくれるもの
・自分は傷が大きくてもいいから安全な開腹手術の方をお願いしたい
といったものがあります。
今回は、これらがなぜ「誤解」と言えるのかを説明しつつ、内視鏡手術やロボット手術の正確な知識を紹介します。
内視鏡手術と内視鏡治療の違い
まず、「内視鏡手術」とは、内視鏡(カメラ)を使って行う「手術」の総称です。
「手術」ですので、これを行うのは外科医です。
従来から行われてきた手術は、皮膚を大きな傷で切り開き、肉眼で病巣を見て治療する、というものでした。
この方法の代替として、小さな傷をつけて細長い筒状のカメラを入れ、モニターに映し出された映像を見ながら手術をする、というのが内視鏡手術です。
例えば、胃や大腸の病気に対する腹腔鏡手術、食道や肺の病気に対する胸腔鏡手術は、内視鏡手術の代表的な存在です。
体の中で行われていることは、従来開腹手術や開胸手術で外科医の手で行われていたこととほぼ同じです。
小さな穴から手は入らないため、細長い道具(内視鏡手術用の鉗子:かんし)を挿入して行います。
私はこれを患者さんに、「高枝切りバサミ」とたとえて説明します。
がんの患者さんは比較的ご高齢の方が多いため、この説明でよく理解してくれます。
細長い鉗子の先がハサミやピンセットになっていて、数10センチ離れた手元で操作ができる、というわけです。
以下のInstagramにアップしたイラストも参考にしてみてください。
一方、「内視鏡治療」とは、胃カメラ(上部消化管内視鏡)や大腸カメラ(下部消化管内視鏡)を使ってがんを削りとる治療です。
医療機器の発達により、従来胃や大腸を観察する道具でしかなかった胃カメラや大腸カメラに、小さながんやポリープを切除できる機能が備わったもの、と考えれば分かりやすいでしょう。
厳密に言えば「手術」ではありませんし、行うのは一般的に外科医ではなく内科医(消化器内科医)です。
また、内視鏡治療が適用できるのはごく初期のがんだけで、それ以外は手術による切除が必要です。
内視鏡手術とは相手にしているがんの進行度が違う、ということに注意が必要です。
なお、胸腔鏡や腹腔鏡手術では全身麻酔が必要ですが、内視鏡治療は胃カメラや大腸カメラの延長なので全身麻酔は不要です。
内視鏡手術のメリット
内視鏡手術は前述の通り、皮膚に小さな穴を開けるだけで行える手術であるため、痛みなど体への負担が軽く済みます。
ただ、このことを知っている患者さんの中には、
「小さな傷で窮屈な手術をするくらいなら、多少痛くてもいいから大きな傷でやってほしい」
という発想を持つ方が多くいます。
実際には、「傷が小さいこと」は内視鏡手術のメリットのごく一部に過ぎません。
それに、窮屈でやりづらいのを外科医が我慢しているとしたら、これほど内視鏡手術が普及することはなかったでしょう。
新しい外科技術の普及は、それが患者さんに対してだけでなく、外科医に対しても大きなメリットがない限り実現しないからです。
では、内視鏡手術の真のメリットとは何でしょうか?
それは、
・人間の目を超えた精細な画像で、対象を大きく拡大して手術ができること
・従来は懸命に覗き込まないと見えなかった体の奥深くまで潜水カメラのように内視鏡が入って行って自由な視野で手術ができること
です。
近年、映像の進歩は著しく、人間の目では見ることが困難だった、非常に細かな血管や膜の構造まで、精細な映像で拡大して認識できるようになりました。
これは、外科の教科書がより詳しく書き換えられるほどの影響を現場に与えました。
また、開胸・開腹手術よりはるかに少量の出血で手術ができるようになりました。
肉眼では確認しづらい細かな血管を認識し、それを事前に凝固することができるためです。
胸腔鏡手術、腹腔鏡手術では、胸やお腹の中に二酸化炭素ガスを注入し、スペースを広く取って手術を行います。
このガスの気圧により、細かな毛細血管からの出血が抑制されるのも、出血量の減少に寄与します。
出血が少ないことは、体への負担を減らしますし、一つ一つ止血する手間がなくなることで手術時間の短縮につながるという利点もあります。
また、直腸や子宮、卵巣、前立腺などの骨盤内の臓器は、お腹を大きく開いてもなお、外科医が一生懸命覗き込まないと見えにくいスペースにあります。
大きな骨に囲まれた骨盤内の空間を、奥深くまで直接目で見るのは大変なのです。
同様に、食道や肺も、肋骨に囲まれた空間の奥深くで作業をする必要があります。
内視鏡手術では、カメラがこのスペースの奥深くにも潜り込んで行き、肉眼では実現できない視野を画面に映し出してくれます。
これによって、よりスムーズな手術が可能となるわけです。
もちろん、内視鏡手術にはそれなりの修練が必要ですし、進行したがんの中には、まだ内視鏡手術の安全性が示されていないものもあります。
ある一定の進行度の範囲内で、患者さんにより大きなメリットを与えられる、ということが十分分かっている場合に、大きな威力を発揮する治療だと言えるでしょう。
さて、ではロボット手術はどうでしょうか?
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内視鏡手術とロボット手術の違い
「ロボット手術は、ロボットが自動で手術してくれるもの」
と誤解している方がいますが、実際には内視鏡手術の一つの形式です。
前述の「鉗子」がロボットアームの先についているため、この鉗子を遠隔操作できるようになっています。
つまり、外科医が扱っている道具が違うだけです。
カメラも、内視鏡手術と仕組みの似たものを挿入しています。
ロボット手術の利点としては、
・ロボットアームを遠隔操作する過程で手ぶれ補正が効き、細かな操作が容易になること
・カメラもロボットアームが持っているため、画面のぶれがないこと
・外科医が座ったまま手術できること
・患者さんから2、3メートルほど離れた操縦席(サージョンコンソール)に座って手術するため、厳格な清潔さが求められないこと
などが挙げられます。
ロボット手術であっても外科医は同じ部屋にいて手術をするのですが、患者さんに直接触れないため、滅菌ガウンを着て入念な手洗いをする必要がなくなります。
滅菌された手袋も不要、素手で機械を操るだけです。
外科医にとっては快適に手術できる、というわけですね。
なお、ロボット手術では奥行きのある3D映像で手術ができますが、これはロボット手術特有のメリットではありません。
一般的な内視鏡手術であっても、専用のカメラを用い、外科医らが特殊なメガネをかけて手術をすることで、3D映像での手術が可能です。
2018年4月に保険適応される術式が大幅に増え、今後さらにロボット手術件数は増えていくでしょう。
しかし「ロボットでなければできない手術」があるわけではない、ということには注意が必要でしょう。
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