初めて手術を受けられる予定の方は、手術前は不安で仕方がないと思います。
そこでその不安を解消するため、今回は手術前に非常によくされる質問をまとめ、その全てにお答えしておきたいと思います。
事前にこれを読むことできっとリラックスできるはずです。
もちろん手術を受ける予定がない方も、ぜひ参考にしてみてください。
手術に関して日頃から不思議に思うことが含まれているはずです。
目次
麻酔から覚めないことはないでしょうか?
これまで数えきれないくらい聞いた質問です。
全身麻酔が初めての方にとっては、こう考える気持ちはよくわかります。
昔の医療ドラマや小説などでは「麻酔から覚めない」というストーリーがありましたね。
現代の医療では、まずあり得ないことです。
全身麻酔手術を受ける方は必ず、手術前に担当の麻酔科医から注意点やリスクをたくさん説明されます。
その中に「麻酔から覚めないかもしれません」はありません。
心配はご無用です。
私も医師になってから全身麻酔手術を受けましたが、流れがよくわかっているせいか、かえってすごく不安でした。
しかし結局寝ている間に終わり、起こされた時には何も覚えていませんでした。
何の苦痛もありませんし、感覚的には普通の入眠、覚醒と同じです。
もし全身麻酔手術を受ける方は、その点も踏まえてじっくり解説している以下の記事を読んでみてください。
全身麻酔手術、方法/前日の準備/麻酔の影響など体験談を交えて解説
途中で目が覚めてしまうことはないでしょうか?
似た質問に、
「私は麻酔がかかりにくいですが大丈夫でしょうか?」
というのもあります。
これも非常に多いです。
これらには以下の異なる2つのパターンがあります。
一つは大酒呑みの方で「飲酒量が多い方は全身麻酔がかかりにくい」ということを調べてこられたケースです。
確かに、普段から飲酒量の多い方は全身麻酔に必要な麻酔薬の量が多いことがありますが、
「麻酔がかかりにくくて困る」
「途中で冷めてしまう」
ということはまずあり得ません。
全員がすぐに寝てしまいますし、途中で起きることもありませんので安心してください。
もう一つは、歯の治療や皮膚の傷の治療などで受けた局所麻酔と混同されているケースです。
こういう方は、
「これまでに麻酔が効きにくくて痛い思いをした、という経験があったけど大丈夫か?」
と聞いてこられます。
局所麻酔薬の必要量には個人差がありますし、傷の部位や状態によっては誰でも効きにくいケースがあります。
しかし局所麻酔と全身麻酔は全く別物です。
使う薬も違いますし、神経を麻痺させて表面の痛みだけをとる局所麻酔と、鎮痛に加えて鎮静(眠らせる)と、筋弛緩(体が全く動かないようにする)が必要となる全身麻酔とでは、その概念が根底から全く違います。
ですから、局所麻酔で体験したことは全身麻酔では無関係ですので、ご心配はいりません。
風邪気味なのですが大丈夫でしょうか?
手術に対して不安になるあまり、手術前に少し頭が重かったり、喉が痛かったりするのが気になる方が多くいます。
よほど咳や痰がひどい、熱が出ているといったケースでは手術は延期です。
インフルエンザにかかった、といったケースでは、そもそも入院すら延期です。
しかし、「風邪かな?」という程度のほんの軽い症状であれば、予定通り手術を行うことがほとんどです。
この程度で手術のリスクに影響はないからです。
ことさらに不安になることはないでしょう。
ただ、もちろんこれはその時の患者さんの病状次第です。
体温、血圧、脈拍や術前の血液検査などを見て、最終的には麻酔科医と相談して外科医が判断します。
主治医陣がベストな判断をしてくれますので、全てお任せしましょう。
脂肪もついでに取ってくれませんか?
これが最も多いかもしれません。
もう数えきれないくらい言われています。
冗談半分の方もいれば、切実なお願いとして言われることもあります。
冗談で言う方は、
「脂肪もついでに取ってくれませんかね(笑)」
と突き出たお腹をさすりながら言います。
本気で言われる方は、
「せっかくお腹を開けるのだから、脂肪も切除するなり吸着するなりしてほしい」
と真剣です。
しかし残念ですが、いずれにしても答えは「不可能」です。
体を構成する脂肪には「皮下脂肪」と「内臓脂肪」があります。
一般的に、女性は皮下脂肪が多く、男性は内臓脂肪が多いという特徴があります。
同じ体重の方でも、CT検査の断面図で皮下脂肪と内臓脂肪の量のバランスを見れば、見慣れた私たちなら男性か女性かはすぐにわかります(乳房や生殖器が写っていなくても)。
そのくらい特徴的に違います。
お腹の壁は、地層のように何層もの異なる組織でできた層が重なってできています。
皮下脂肪はこの中の一つの層として皮膚の下に張り巡らされています。
実際の地層を想像していただければ、
「3番目の層だけ抜いてきてください」
などというわけにはいかないということがわかるでしょう。
一方、お腹の中を見たことがない方にとって内臓脂肪ほど想像しにくいものはないと思います。
お腹を開けると、すぐに見えるのは内臓とそれを取り囲む黄色い内臓脂肪です。
内臓脂肪は腸管などの臓器に広くくっついていて、その中を血管が張り巡らされています。
たとえは悪いですが、関西風のお好み焼きを想像してみてください。
黄色い部分が内臓脂肪、肉やエビ、イカなどの具が臓器です。
この具だけを取ることはできますし、生地といくつかの具をまとめてとることはできますが、生地だけを取って具を残すことはできませんよね?
お好み焼きの角の具のない部分を少しだけなら削り取れるかもしれませんが、できたとしてその程度です。
よって、内臓脂肪だけを取る、ということはできないのです。
ちなみに臓器を摘出する時には、周囲の内臓脂肪は一緒に取れます。
お好み焼きからエビを取る時に、それを包む周囲の黄色い生地も一緒に取るようなイメージです。
ですから、お腹の手術をすると必然的にある程度の内臓脂肪が減ることにはなります。
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盲腸もついでに取ってくれませんか?
よくある「ついでに取って」の2つ目は盲腸です。
そもそも「盲腸」という言葉は誤りで、正確には「虫垂」ですね。
(「外来でよく見る患者さんの間違った言葉の使い方を集めました」参照)
虫垂は確かになくても困らない臓器で、かつ虫垂炎の原因となりますから、一見すると「百害あって一利なし」のように思えます。
しかしこれを切除するというのは、大腸の一部を切ってその切り口を縫い閉じるということです。
出血のリスクや、縫い口がうまく治らないリスク(縫合不全=便が漏れて腹膜炎を起こす)など、余計なリスクが増えます。
虫垂に病気があるなら切除することのメリットがありますが、病気でも何でもない臓器にメスを入れることはやってはいけません。
そこで、このお願いに対しても残念ながら答えは「ノー」です。
ただ、虫垂に病気がなくても、その周囲に病気があるために虫垂を一緒に切除することはありえます。
大腸がんや憩室炎など大腸の病気がそうですね。
手術前に飲んではいけない薬はありますか?
手術までの間に、普段飲んでいる薬をどうすべきか心配になる方がいるでしょう。
一般的に、手術前に中止しなければならない薬として最も多いのは、抗血小板剤や抗凝固剤、すなわち、「血をサラサラにする薬」です。
(例:バイアスピリン、ワーファリン、プラビックス、プラザキサ、エリキュース、リクシアナ、イグザレルトなど)
そのほか、ステロイドを内服している人は、容量調節が必要なこともあります。
当然これらは、患者さんにお任せすることは決してありません。
それぞれの薬で、減量または中止するタイミングが違いますので、医師から説明が必ずあります。
それまではいつも通り飲んでいただいて構いませんので、ご心配はいりません。
それ以外に、普段みなさんがドラッグストアで手に入るような、風邪薬や痛み止め、サプリメントなどで飲んではいけないものは基本的にありません。
医師から特別な指示がない限り、いつも通りの生活をしていただければと思います。
先生お疲れでしょうけど大丈夫ですか?
最後はこれです。
これもものすごく多いです。
1日2件、3件手術がある時の、後半に当たった患者さんのケースです。
1日に何件も手術をする外科医を気遣って下さっているのですが、もちろん本心は、
「自分の手術は、できれば疲れている時にやってほしくない」
ですね。
この心配も全くありません。
私たち外科医は、毎日数えきれない件数の手術をしています。
私も過去を振り返ると、多い年では年間250〜300件くらい手術をしていて、うち50-60件くらいが緊急手術という感じでした。
手術が日々の生活の一部ですので、1日の何件目が疲れているとか疲れていないとか、そういう感覚は特にありません。
ですから、自分が何件目の手術に当たってとしても、気にせず受けていただければと思います。
以上が手術前によくされる質問集でした。
ここに書かれていないことで、疑問点がまだ残っているかもしれません。
手術前は全ての疑問や不安を解消しておくべきですので、担当医に何でも質問すべきです。
上に書いたことでも、どんな答えが返ってくるか試しに聞いてみてもらっても構いませんよ。
たぶん、おおむね私と同じ答えが返ってくるはずです。