ダヴィンチを用いたロボット手術は、食道、肺、胃、直腸、膀胱、前立腺、腎臓、子宮の手術において現在広く保険が通っています。
ダヴィンチは現在、世界で3000台以上、日本で200台以上あります。
現場で普通にロボット手術に接する私たちにとっては、
「人知を超えるスーパーロボットの登場!」
という空気には違和感を抱くほど、ありふれたものになっています。
大切なことは、そもそも「ロボット手術」ではなく、あくまで「ロボット支援下内視鏡手術」であるということです。
ダヴィンチはあくまで、「内視鏡手術を支援するロボット」です。
これを聞いて、
ロボット支援?
内視鏡?
腹腔鏡と何が違う?
と思う方も多いでしょう。
みなさんもいつかは病院で内視鏡手術やロボット手術を受ける可能性があります(すでに経験済みの方もいると思いますが)。
今回は、ロボットを含むこれらの手術の位置付けについて、図解付きで分かりやすく解説してみたいと思います。
難しい話は全くありませんので、ご安心ください。
開胸・開腹手術から内視鏡手術へ
胸の中の病気、つまり肺や食道の病気は、以前は全員に胸を大きく切り開いて開胸手術をしていました。
同じくお腹の中の病気は、全員にお腹を大きく切り開いて開腹手術をしていました。
ところが、大きな傷の割に、切除して取り出すものといえば胆のうや虫垂といった小さな臓器や、切除したがんを含む比較的小さな組織です。
数センチ程度しかないものを取り出すために大きな傷を付けるのは患者さんへの負担が大きすぎる、傷を何とか小さくできないか、という発想が生まれます。
そこで登場したのが内視鏡手術です。
内視鏡手術のしくみ
2017年春の医療ドラマ「A LIFE」では、木村拓哉さん演じる外科医沖田が、小児の腹腔鏡手術をするシーンがありました。
「なぜ心臓外科医が腹腔鏡の小児外科手術を?」
という不思議はさておき、沖田が鉗子(かんし)を操作しながら手術を行うシーン自体は非常にリアルでした。
内視鏡手術とは、胸やお腹に小さな穴を数カ所あけ、細いカメラを挿入し、画面を見ながら手術する方法のことです。
たとえば胆のうを摘出する手術では、以下のような傷の大きさの違いがあります。
傷が小さい分、回復も早くなります。
胆のう摘出術なら、開腹手術では1週間程度の入院が必要だったものが、腹腔鏡手術だと2、3日の入院で済みます。
胃カメラや大腸カメラも内視鏡と呼ぶので、混同する人は多いでしょう。
そこで、胸の中の病気に使う場合を「胸腔鏡(きょうくうきょう)」、お腹の中の場合を「腹腔鏡(ふくくうきょう)」と呼ぶのが一般的です。
内視鏡手術はあくまで「手術」の一つの形ですので、全身麻酔が必要である点は開胸・開腹手術と何ら変わりません。
一方、胃カメラや大腸カメラなどの内視鏡は、体に傷はつきません。
口から、あるいは肛門から長いカメラを挿入し、消化管の中を見る道具です。
腹腔鏡や胸腔鏡とは見ている部分が全く違うことに注意が必要です。
(図の黄色い部分は腹腔鏡で、赤い部分は胃カメラや大腸カメラで見る部分)
胸やお腹の中の病気を手術するには、中でピンセットを使ったり、電気メスやハサミを使ったりする必要があります。
小さな穴から手は入りませんので、内視鏡手術用の長い鉗子(かんし)を使って手術をします。
私は患者さんにこの鉗子の説明をするときは、いつも「高枝切りバサミ」に例えます。
要するに、先がピンセットになっていたりハサミになっていたりする長い道具を穴から入れて操作するということですね。
精細な画像という新たなメリット
かつては、ブラウン管のモニターを見ながら内視鏡手術をしていた時代がありました(私が医師になる前)。
次第に画像技術が進歩し、現在は4Kなどの精細な映像や、特殊なサングラスをかけて3D映像を見ながら手術ができるようになりました。
また内視鏡手術では、胸やお腹の奥深いところにまでカメラが潜り込めます。
開胸、開腹手術では外科医が一生懸命のぞき込まないと見えなかった部分まで、よく見えるようになりました。
さらに、開胸、開腹手術では、操作しているものを大きく見るためには、顔を近づけるかルーペを使うしかありません。
内視鏡手術では、カメラを近接させて映像を表示すれば、対象物を容易に拡大することができます。
これを「拡大視効果」と呼びます。
こうなると、実は「傷が小さいこと」は、内視鏡手術のメリットとしては「些細なこと」であったことに外科医は気づき始めました。
たとえ奥深くて見えにくいところであっても、精細な画像を見ながら手術ができる。
これが大きなメリットであることが分かったのです。
新しい技術が急速に普及するのは、従来の技術を大きく上回るメリットが、市場に出て初めて明らかになった時です。
これは医療現場以外でもよくあることでしょう。
こうして内視鏡手術は広く普及することになったのです。
むろん、大きな病変や、周囲の臓器も一緒に切除するような進行した病気では、今でも開胸、開腹手術は必須です。
さて、ではロボット支援下内視鏡手術では、手術のどの部分をロボットが支援するのでしょうか?
広告
内視鏡手術からロボット支援手術へ
まず大切なことは、ここまで書いてきたメリットは内視鏡手術のメリットであるということです。
つまり「ロボット支援下」内視鏡手術でも、普通の内視鏡手術でも同じです。
少なくとも、
「こんな小さな傷で手術できてしまうのか!」
というのは、20年以上前に内視鏡手術を見た時の外科医のリアクションで、ロボットのメリットではありません。
精細な画像や奥行きのある3D映像も同じです。
では、普通の内視鏡手術を上回るロボット手術のメリットとは何でしょうか?
これは、従来の内視鏡手術の弱点を考えるとわかります。
内視鏡手術の弱点は、鉗子の動きに制限があることです。
開胸、開腹手術であれば、手を自在に動かし、あらゆる角度から道具を使うことが可能です。
ところが内視鏡手術では、胸やお腹に開けた穴の部分を軸に、直線が動く範囲でしか鉗子は動かず、やや不自由さがあります。
また、画面を拡大すればするほど、細かい手のブレが画面上では大きく映ります。
これらの弱点をカバーするのがロボットです。
鉗子を全てロボットアームの先端に取り付け、それぞれの鉗子に関節を付けます。
あたかも人間の手が動くかのように、関節によって鉗子の先端が自在な角度で動きます。
(図はイメージです。実際には関節は複数あります)
また手ぶれ補正機能があるため、操縦席の外科医の手の細かな震えは、先端の動きに全く反映されません。
鉗子だけでなく、カメラもロボットアームに取り付けられます。
従来の内視鏡手術では、カメラを持つ「スコピスト」と呼ばれる人が一人必要ですが、ロボット手術ではカメラアームも操縦席(サージョンコンソール)から操作します。
普通の内視鏡手術では、
「もっと右見せて!」
「もっと拡大して!」
と術者がスコピストに指示するのですが、ロボット手術ではこの手間がなくなります。
自分で見たいところにカメラアームを動かせば良いだけです。
(いつもの癖で術者が「もっと拡大せんかい!」と言ってから「あ、ロボットだった」となるシーンは「ロボット手術あるある」です)
当然人間の手より安定しているので、カメラを持つ手がぶれず画面も安定します。
こうした利便性が、ロボットのメリットです。
圧倒的にロボットの方がいいじゃないか!
もう普通の内視鏡手術なんていらないのでは?
と思う方がいるかもしれません。
ところが現場では、ロボットが圧倒的に有利だと思っている外科医はそれほど多くありません。
なぜでしょうか?
ロボットの方が有利とは限らない?
まず、すでにわが国では内視鏡手術が普及し、その教育システムによって質の高い安全な手術が実現しています。
ここにロボットの支援をプラスしても、おそらく手術成績や安全性は大きくは変わりません。
外科医は少し楽になるかもしれませんが、患者さんに大きなプラスが還元される、というわけではないでしょう。
その一方で、ロボットは非常に高価です。
また、現場で実際に使用するには、外科医だけでなく、看護師や臨床工学技士、清掃やメンテナンスに関わる人員への教育が必要で、作業コストも増えます。
ロボット手術をどの病院でも積極的に運用しよう、というわけにはいかないわけです。
これがロボットの一つのデメリットであり目下の課題です。
もう一つは、ロボット手術で何か不測の事態が起こった時、すぐに通常の内視鏡手術に切り替える、あるいは従来の開胸・開腹手術に切り替える必要があることです。
2018年春の医療ドラマ「ブラックペアン」では、ロボット手術のプロフェッショナルが出てきましたが、突然の不測の事態が起こった途端に手に負えなくなってしまいました。
当然ながら、新しい技術を使いこなすには不測の事態を従来の技術でリカバーできる力が必要です。
そしてもちろん、最初から開胸・開腹手術が必要、という状態の患者さんは今でもたくさんいます。
どれだけロボットが普及しても、従来手術のトレーニングは絶えず必要です。
よって現場では、患者さんの特徴に応じて、ロボットを使うか、普通の内視鏡手術や、開胸、開腹手術を行うかを選んでいます。
患者さんが得られるメリットを考えた時に、ロボット手術は選択肢の一つになりうる程度と考えるのが良いでしょう。
広告
ロボット手術の未来は?
今後ロボットの技術が発達するにつれ、人間の動作を支援できる範囲が広がってくるでしょう。
たとえば、術前のCTやMRI画像から、切るべき安全なラインをロボットが指し示してくれたり、その動きを半自動的に補助したりできるかもしれません。
目指すのは、ちょうど自家用車のクルーズコントロールシステムと似た位置付けです。
最近の車は、前の車と適切な車間距離を保って自動走行ができますが、高速道路の出口を出る、信号で止まる、駐車場で駐車券を取る、といった手動操作が必須な場面がまだまだ多いですね。
また、ロボットは教育ツールとしての使用が広がると思われます。
すでに複数のダヴィンチを有している施設では、ビギナーと先輩医師がそれぞれ別のサージョンコンソールに座り、お互いが画面を見ながら手術指導が行われています。
ビギナーが手術をしていて、危ない場面では、
「ここからは僕がもらうよ」
といって、医師が移動しなくてもアーム操作をビギナーから先輩医師に切り替えることが簡単にできます。
これもちょうど、教習所の車にたとえることができます。
助手席にもブレーキがついていて、危ない場面で教官もブレーキを踏むことができる、という状況に似ているでしょう。
助手席にハンドルまで付いている状態と言って良いかもしれません。
質の高い教育なくして、多くの患者さんを継続的に救うことはできません。
安全かつ効率的な若手教育に、ロボットの寄与する部分は大きいでしょう。
全自動手術が可能なスーパーロボットの登場は、それよりはるかに先の未来です。
外科手術において、「人間対ロボット」という構図は、少なくとも今は全く現実的ではないと言って良いだろうと思います。
外科技術は日進月歩です。
今後どのように発達していくか、非常に楽しみなところです。
こちらもどうぞ!