がんの治療には主に、手術、化学療法(薬物療法・抗がん剤治療)、放射線治療の3種類があります。
(近年、免疫チェックポイント阻害剤を第4のがん治療と呼ぶこともありますが、薬物療法として分類することも可能です)
これらをどんな風に使い分けるかを知っていますか?
私が患者さんと話をしていて思う、一般的なイメージとしては、
「手術ががんを治すのに最も有効な治療である」
「化学療法はつらい治療で効き目も弱そうだからあまり受けたくない」
「放射線治療は体に負担があまりない治療。がんを切らずに治せるいい治療」
こんな感じではないでしょうか?
実は私たち医師は、全く違った感覚を持っています。
今回この記事で書く主なポイントは以下の3点です。
・手術は一定の条件を満たすがんに対してしか適用できない限定的な治療
・化学療法は目に見えないレベルのがんにまで効く治療
・放射線治療は手術と同じく、決まった範囲にしか効果を有さない局所療法
適切なイメージを持っていただくことを目的に、簡単に解説してみます。
※胃がんや大腸がんのような固形がんをイメージして書いています。
手術は最も限界がある治療
手術のメリットは、がんを全て切除して体からなくしてしまえることです。
がんをかたまりのまま体から取り去ることができるので、微小ながんが残っていない限り、治癒が期待できます。
これが手術の最大のメリットです。
こうした事実から、手術は最も有効で最もいい治療だと思っている方が多いはずです。
実際、がんを抱えた患者さんにとって、「手術」はがんを治せるかもしれない非常に大きな希望です。
しかし私たち外科医にとっては、手術という治療は「一定の条件を満たすがんに対してしか適用できない限定的な治療」という認識です。
なぜでしょうか?
手術には、「人間の目で見えないがんは取れない」という非常に大きなデメリットがあるためです。
がんを見つける、という点において「人間の目」はきわめて無力です。
およそ2mmのサイズのがんには100万個のがん細胞がいるとされています(*)。
ところが、お腹の中に2mmのがんの転移があったとしても、人間の目で発見して切除するのは非常に困難です。
「がんを手術したあとに再発した」という話をよく聞きますね。
なぜ、がんが再発するか知っていますか?
再発とは「手術で全てのがんを取り去ったのに、また新たにがんが現れることだ」と誤解している人はいませんか?
再発したということは、手術後の時点ですでに目では見えないサイズの小さながんがお腹の中やリンパ節に「残っていた」ということです。
それが大きくなり、画像検査などで検出できるようになったものを「再発」と呼ぶわけです。
これは外科医の腕に問題があるわけではありません。
手術という治療そのものの宿命であり、限界です。
そこで、手術を行うには、
「目で見える範囲のがんを全て切除すれば、がんを体からなくすことができる」
ということが事前に予測できることが条件になります(※)。
過去のデータから、
「この範囲を超えているとがんが目に見えないレベルで残る可能性が高い」
と判断される時は手術を適用できません。
目で見えないレベルでは、外科医が「がんが残っているか残っていないか」を判断できないからです。
もちろん手術では、がんを含む広い範囲を余裕を持ってごっそり切除します。
しかし、がんが細いリンパ管や血管に入り込んで遠くに飛んでいたり、目に見えない小さながんの粒がお腹の中に散らばっていれば、それがのちのち大きくなって再発として認識されることになります。
そしてこのことを事前に予測できないことが多くあるため、再発をゼロにすることはなかなかできません。
さらに手術には、
・体に大きな傷をつけるため、全身の回復に時間がかかる
・臓器を切除するため、身体機能を損なう
・術中、術後の合併症リスクがあり、中には命に関わるものもある
といったデメリットもあります。
手術を行う前には、こうした手術の特性やデメリットを十分説明し、患者さんにご理解いただくことが大切になります。
では、放射線治療はどうでしょうか?
(※)進行がんに対する手術として、バイパス術など「がんを切除しない手術」もありますが、これはがんの治癒を目指すものではないためここでは含みません。
放射線治療も局所治療
放射線治療では、治療前に画像検査でがんの広がりを確認し、放射線を当てる範囲を決めます。
その上で、狙った部位に集中的に放射線照射することで、がんをやっつけます。
放射線治療のメリットは、体に傷がつかず、臓器を切除することがないため、手術より負担が少ないことにあります。
手術で切除が難しいような、重要臓器に浸潤した(食い込んだ)がんに対しても、放射線治療が効果を発揮することがあります。
こうしたことから、放射線治療に対して、がんを「切らずに治す治療」、という良いイメージを持っている方が多い印象があります。
しかし、放射線治療もまた、手術と似た限界を持っています。
当然ながら、
「放射線を照射したところにしか効果がない」
という弱点があります。
放射線は、画像検査でがんだと認識できる範囲にしか照射できません。
したがって、その部位以外に転移したがんに対しては、全く効果がありません。
画像では写らない、ごくわずかな他臓器への転移や、遠く離れた部位のリンパ節転移があった場合、放射線を当てた部分だけでがんが死滅しても、体にがんが残っていることになります。
これらはそのうち大きくなり、全身をめぐることになります。
こうした点は手術と似ているため、手術と放射線治療をまとめて「局所療法」と呼びます。
局所的にしか効果を発揮できない治療、という意味です。
なお、放射線は当然、正常な臓器に対しても悪影響を与え、これが副作用になります。
照射した部分の炎症などの放射線障害が現れたり、吐き気や全身倦怠感、食欲不振などの全身症状が現れたりすることもあります。
適応には慎重な判断が必要ですし、患者さんは治療を受ける前にこうしたデメリットを十分に理解していただく必要があります。
さて、では局所にとどまらない領域に広がったがんにまで効かせる方法とは何でしょうか?
それが化学療法です。
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化学療法は目に見えないがんもやっつける
化学療法(薬物療法・抗がん剤治療)の最大のメリットは、目で見えないレベルまで広がっているがんに対しても効果がある、ということです。
全身に薬を投与するため、目で見えるがんにも見えないがんにも一様に効果を与えます。
目で見える範囲のがんを手術で切除し、残っているかもしれない微小ながんを化学療法で叩く、といった方法もよく行います。
これを「術後補助化学療法」と呼びます。
同じく、放射線治療で局所的にがんを攻撃し、それ以外の範囲に広がっている可能性のあるがんを化学療法で叩く(あるいは放射線治療との相乗効果を狙う)方法もあります。
「化学放射線療法」です。
手術や放射線治療がいずれも適用できない場合は、化学療法だけを行うこともあります。
一方、化学療法のデメリットは、がんを薬だけで治癒させてしまえる可能性が、一般的には高くない、ということです。
(血液の悪性腫瘍やリンパ腫など、化学療法だけで治癒が目指せるがん腫ももちろんあります)
投与した抗がん剤ががんを構成する全てのがん細胞に効くとは限らず、一部に残った、薬が効かなかったがん細胞が再度増大する、ということが起こり得ます。
よって薬の種類を変えるなどしながら治療を継続していく必要があります。
また、がん細胞以外の、全身の正常な細胞にも影響を与えるため、副作用が現れます。
吐き気や全身倦怠感、脱毛、皮疹、白血球減少など、様々な副作用(有害事象)が生じるため、対策が重要になります。
かつてはこうした副作用への対処法が限られており、抗がん剤への根強い不安感や恐怖心の原因になっているのですが、今ではかなりうまくコントロールできるようになっています。
また近年では、外来通院で化学療法を行うケースが多いため、化学療法を受けながら仕事を続ける方も大勢います。
ちなみに「抗がん剤」というと点滴のイメージを持つ方が多いのですが、実際には飲み薬(内服薬)タイプもかなり多くあります。
内服薬でも、点滴と同様に血液中に入って効果を示すため、剤型によって効きやすさに違いがある、というわけではありません。
患者さんによっては、「点滴の方が効く気がする」と思っている人もいますが、そうとは限りませんのでご注意ください(これは抗がん剤以外にも当てはまりますが)。
今回は、手術、化学療法、放射線治療の位置付けについて簡単に説明しました。
がん種によっては、ホルモン療法やラジオ波治療など、ここには書ききれない様々な種類の治療があります。
それぞれの治療の詳細については、他の機会に解説することにしたいと思います。
こちらもどうぞ!
ステージ4の胃がんや大腸がんはなぜ手術できないのか?(参考文献)
(*)がんの時間学と栄養障害/静脈経腸栄養 Vol.26, No.5, 2011